自動化できる作業工程は切り分け、ホテリエは顧客サービスに集中(ジェイアール東海ホテルズ)

【Vol.5】ジェイアール東海ホテルズ 企画部 経営企画グループリーダー 沖村 太郎(おきむら たろう)氏

2022年12月13日

ホテルの人手不足はインバウンドの増加を見据えて新規参入が相次ぎ、ホテルが乱立したことにより拍車が掛かっているが、最も大きな理由は長時間労働や休みが少ないといったイメージが若者に敬遠されがちなことである。入社後も予想外に「非効率な雑務」や「重労働」が少なくない点も定着率の低さにつながっている。高級ホテルはとりわけサービスクオリティの高さが求められることから人の確保や育成が重要だが、こうした課題にどう向き合っているのか。東海道新幹線沿線を主な拠点に6ホテルを展開するジェイアール東海ホテルズの企画部経営企画グループリーダー・沖村太郎氏に聞いた。

搬送ロボットを導入してポーターサービスを切り分け、ベルスタッフは接客に専念

充電中の搬送ロボット充電中の搬送ロボット

JR名古屋駅の真上にそびえる「名古屋マリオットアソシアホテル」は、客室774室を有する東海地区最大級のラグジュアリーホテル。地上52階建ての駅ビルの上層階にあるため、特に車で訪れる客の荷物は2階の車寄せから15階のフロントに運ぶまで時間がかかっていた。そこで同ホテルでは2021年から宿泊客の荷物を自動で運ぶ搬送ロボットを導入。ロボットは客のチェックイン前に車寄せ階からフロント階に、またチェックアウト後にフロント階から車寄せ階に運搬する上下2方向の“業務”を担当している。従来は客から受け取った荷物をベルスタッフがそのままエレベーターで運んでいたが、今では指定のスペースに置いた台車に荷物を載せると、ロボットカーが台車の下に潜って自在に操作し、目的地まで行くようになった。もちろんセンサーにより人の動きを妨げることもない。

ベルスタッフはタブレット端末でロボットを操作ベルスタッフはタブレット端末でロボットを操作

ロボット導入のきっかけは、コロナ禍を背景に車での利用客が増加したことである。「車寄せに配置するベルスタッフを増やさねばならないところ、ポーターサービスの一部をロボットに仕分けしたことにより、今までと同じ人数で対応できています」と沖村氏。そのうえで「省力化はあくまでも副次的な効果と捉えています」と続ける。「エレベーターを待って荷物を運ぶという作業はベルスタッフでなくてもでき、また行って帰ってくるまで平均して15分前後の時間がかかります。ベルスタッフが5人とすると、1人が運搬に回る15分間は4人でお客さまに対応しなければならない。これはかねてより、私たちにとっては見過ごせないレベルの、接客の質が落ちる無駄な時間でした。この点を変えるのが一番の導入理由でしたので、『サービスレベルを維持するなかで結果的に人員を減らせた』というのが正確な表現です」(沖村氏)。

無人でカーゴを運ぶロボット無人でカーゴを運ぶロボット

エレベーターの開閉も自動で行うエレベーターの開閉も自動で行う

現在のロボット技術では一連のポーターサービスを完全に自動化し、ベルスタッフをなくすことも不可能ではない。しかし沖村氏があくまで「人」の接客にこだわるのは、名古屋マリオットアソシアホテルがいわゆる“ラグジュアリーホテル”と呼ばれる、高級ホテルであるからだ。「お客さまが当ホテルに求めるのは人による上質なおもてなしであり、当社にも『サービスは人』という意識が根づいています。いくらロボットが優秀になったからといって一律に代替するのは難しい」と沖村氏。人手不足が深刻なホテル業界にあって、高級ホテルはその格式と、人によるサービス品質を保ちながら、どこまで機械化・自動化が可能なのか。同社の取り組みはその挑戦と言える。

顧客との接点はあくまで人。自動化はリネン配送や調理プロセスで検討

名古屋マリオットアソシアホテルでは現在、客の荷物を搬送ロボットが運ぶのはフロント階までで客室までは運ばせていない。ゲスト用エレベーターにロボットが一緒に乗ることには抵抗がある客も多いということ、また業務用エレベーターをロボット仕様に改造するのは費用対効果から難しい、というのが理由だが、「将来的に新しいホテルを作るとなれば、あらかじめバック動線もロボットが行き来できるように設計します。エレベーターの問題さえクリアできればゴーサインが出せます」と沖村氏。「一方で、お客さまを客室まで案内しながら会話を交わすのも、質の高い接客のために大事なプロセス。案内は今まで通り人が行い、荷物だけ全部運ぶというのがロボット活用の終着点になるかと思います」(沖村氏)。その場合、必ずしも人の削減にはつながらないが、「一つ20キロくらいある荷物を複数移動させるのは簡単な仕事ではありません。ジェンダーフリーを含めていろいろな方が働きやすい環境づくりを優先しています。今後は、台車への積み降ろし作業もロボットができるように改良していきます」と語る。

高級ホテルでスタッフが客と接する「表」の業務は、ポーターサービスのほかフロントレセプション、レストラン・宴会場をはじめフィットネスなどホテル内施設でのサービスがあげられる。このうちホテルの顔とされるフロントレセプション(宿泊受付など)は同ホテルの格式に見合うホスピタリティ提供の面から、無人化は考えていない。コンシェルジュサービスも然りである。レストランサービスに関しては一時サービスロボットの導入を検討し、実証実験も行ってみたが、「大規模レストランでは大勢のお客さまが出入りし、物量も多いことからロボットの導入は簡単ではない」と判断した。

現場にはこのほかにも様々な業務があるが、調理を行う厨房スタッフは近年特に新卒の採用が難しいことから、全社的な課題として定着に取り組んでいる。いわゆる“下積み”をなくし、早くからジョブローテーションで和洋中、ホット・コールドなどの全調理部門を経験させ、人事担当も一緒に一人ひとりの適性を踏まえたキャリア形成を考えるほか、新人の技術教育には、料理長ら先輩社員が調理する様子を撮影した「調理動画」を活用して効率的な習得を図っている。今後はARやVRといった先端技術を用いて、より臨場感のある教材に進化させる。

定型業務をRPAにより自動化。確認作業の効率化でサービスの質も担保

客に関わるサービスは人と機械の作業工程の切り分けを進める一方、バックオフィス業務は可能な限り自動化している。社員が使いやすいRPAツールを吟味して導入し、6ホテルすべての宿泊部門と本社の経理部門で運用している。その最たるものは事務のルーティンワーク。「RPAが一番多く動いているのは経理部門で、現状で40~50シナリオほど。経理にはシステムから帳票を毎日出力して加工し、メール送信するといった定型業務が多いのですが、これらが自動化されたことにより、社員は考える業務に取り組む時間が増えました」と沖村氏。

宿泊部門でも200シナリオ以上が稼働。前日の売上データなど、出力しなければならない帳票がかなり多いため、出力作業はすべてRPAに移管した。現場に関係するところでは、予約係がVIPリストを確認するための出力作業、客がリクエストした花束などが手配されているかといったリマインド作業が自動化されている。「妻の誕生日を祝う花をチェックイン前に部屋に飾ってほしい、プロポーズするのでちょうどいいタイミングで花束を届けてほしい、など、当ホテルはお客さまの様々なご要望にお応えしています。確実にサービスを遂行するため、確認作業も非常に多く煩雑です。そういう点ではRPAによって効率化はもちろん、サービスの質も担保されたと言えます」(沖村氏)。

このように搬送ロボットの導入や、現場サービスにも寄与するバックオフィス業務の自動化によって、「省人化はなかなか難しいものの、残業の抑制は確実にできています」と沖村氏。「何より『作業』と『サービス』の切り分けによって、目には見えないサービスというものが何か、今まで漠然としたイメージしかなかったものが、スタッフたちの中でカタチになったようです。楽しく働けているスタッフの姿を目にすることが一番の成果と受け止めています」(沖村氏)。

今後もさらに定型業務の自動化を期し、予約や客室管理を行うPMS(ホテル管理システム)の効果的な運用を考える「新サービス検討会」を社内に立ち上げているが、「特に紙と業務数を減らすには、行政指導の統一化も期待しています」と沖村氏。ホテルは旅館業法により宿泊カードや宿帳などの「台帳への記入」が義務付けられているが、地域により指導に温度差があり、例えば駅構内などホテル外での自動チェックインが認められている市もあれば、必ず館内で宿泊者本人がカードに記載しなければならない地域もある。「ここを全体で最適化していただきたいと願っていますし、さらに規制緩和が進めば、予約から精算までのプロセスはほぼ自動化が可能です。お客さまの選択肢が広がる自動化には、私たちも積極的に取り組んでいきます。同時に、人と触れあうサービスのやりがいと働きやすさを両立して、さらに『選ばれる職場』になることが目標です」と沖村氏。高級ホテルの未来設計図が着実に描かれつつある。

(聞き手:坂本貴志村田弘美、高山淳/執筆:稲田真木子)

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