営業店は顧客対応に、本部業務は課題解決や企画にシフト(伊予銀行)

【Vol.2】 伊予銀行 総合企画部次長 石川 秀典(いしかわ ひでのり)氏

2022年12月07日

愛媛県松山市に本店を構える伊予銀行は、ICTを活用して業務効率化と顧客の利便性向上を図るとともに、ヒューマンコンサルティングの深化により顧客にさらなる価値を提供する「Digital-Human-Digital(DHD)」をビジネスモデルに掲げている。DHDモデルの構築を推進するのはBPR(業務構造改革)とRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の両輪。改革に取り組んだ背景とその経緯、現在地、将来目標を総合企画部次長石川秀典氏に聞いた。

AGENTタブレットによりテラー業務の中心が事務処理から課題解決に

伊予銀行が目指す「DHDバンク」について石川氏は、「お客さまとのコミュニケーションを従来以上に深め、様々な課題解決につながる提案を行うためにデジタル技術を活用する銀行」と定義する。DHDのH、すなわちヒューマンコンサルティングが真ん中にあるのは、顧客と日々コンタクトする接点の確立としてデジタルタッチポイント、顧客と継続的につながる仕組みの構築としてデジタルオペレーションを両輪にしているからである。

銀行を利用する人は、窓口を訪れる来店客をはじめ、コンビニなどを含めたATMの利用客、また最近では来店不要のインターネットバンキングの利用客と様々。このうち窓口対応に関しては、「AGENTタブレット」を全営業店に導入している。新規口座開設や住所変更など21の手続きに関する情報を客自身がタブレットに入力するもので、UX(ユーザーエクスペリエンス)は一問一答のチャット形式により誰でも簡単に操作できるシンプルな設計。2019年にはBest Use of CX Technology「Silver Award」受賞、Best Customer Experience「Honorary Mention」受賞、グッドデザイン賞も受賞している。タブレットなので、来店しにくい高齢者や営業店が遠い客のもとにも持ち込める。こうしたシステムの取り扱いは全国初で、2017年の試験導入時から話題を呼んだ。

AGENTタブレット

テラー(窓口係)は客の入力後、申し込み内容のQRコードを読み取る。手入力作業からほぼ解放されたことにより、例えば普通預金の口座開設の場合だと、従来は通帳とキャッシュカードを渡すまで平均45分かかっていたのが15~16分に短縮された。「今までは事務を円滑に処理してお客さまに返すのが一番だったのが、その負荷を軽減することにより、お客さまの相談事や困り事をしっかりと聞いて役立つ商品などの提案を行う、本来なすべき業務に集中できるようになりました。銀行の窓口にあえて来られるお客さまは、住宅購入や進学費用などライフイベントの変化がある方が多いので、話を聞ける仕組みが整ったのが1つの転換点と言えます」と石川氏。客との会話内容はCRM(顧客関係管理)に記録し、レコメンド情報を伝えたりローンの案内をしたりと継続的な提案活動にもつなげている。

さらにタブレットの導入には業務平準化の効果もあった。「例えば戸籍謄本を読み込む相続などは、これまで熟練した行員でないと難しいとされていましたが、今はマニュアルに基づき自動入力で書類ができるうえ、ホストにあるお客さま情報を用いて家系図も自動的に完成します。新人行員でも一通り理解すれば利用できるレベルです」(石川氏)

営業店の機能を相談対応に特化。事務の本部集中化を図る

AGENTタブレットは、同行がDHDバンクの実現を支えるデジタル化を推進する過程で、当初、協力パートナーとして連携した総合コンサルティング会社・アクセンチュアと共同開発したシステムの1つ。現在はほかに、法人向けの「AGENT for business」、スマートフォンを通じてビデオ通話で自宅にいながら銀行手続きができる個人向けの「AGENTアプリ」も展開している。

「AGENT for business」ではWeb伝票サービスにより受託振り込み業務の負荷を減らすことから着手し、法人顧客のID管理など順次デジタル化を進めている。「AGENTアプリ」は2021年6月にリリースし、現在は残高照会や入出金・引き落とし予定明細の確認などができ、2022年冬には相続手続き、来春には振り込みと、次々に機能が拡充される。「デジタルタッチポイント」が増えたのはもとより、これらの「デジタルオペレーション」により、顧客の相談対応の時間捻出やリスク管理の面から目標としていた「現金ハンドリングレス化」「業務フローの簡素化」も実現しつつある。現金ハンドリングレス化ではさらに、従来テラーが行っていた現金精査、ATMや両替機の資金装填といった現金管理業務もすべてアウトソースしている。

AGENTアプリ
営業店の行員は、大きく業務係、融資係、営業係に分けられる。同行が目指すのは、営業店の機能を可能な限り「ヒューマンコンサルティング」に特化することで、そのためにデジタル化に先駆けて事務の本部集中化を進めた。業務係はテラーと後方事務処理があるが、後方事務処理は本部に業務サポートセンターを立ち上げて人員を移行。これまで営業店に掛かっていた顧客の電話に対応する電話受付センターも開設した。融資係については、可能な限り判断業務と事務作業を分離し、事務作業のうち委託できるものは本部の融資サポートセンターが行うほか、融資係が携わる事務は融資システムの高度化によって効率化を進めている。営業係も「AGENT for business」などの活用により、顧客対応に専念できる時間の捻出につながった。

これにより営業店で発生する事務量は、2018年3月末で従前の41.1%に減少。配置転換がほぼ終わったこの時点で営業店の業務係は1306人だったことから、この数を初期値として、2024年度末までに650人体制を目指している。「2022年3月末時点でも既に365人減っており、現在も減少トレンドにあります」と石川氏。また融資係も2023年度には350人体制を目標としている。

ただしリストラを進める意向はなく、採用調整と自然減、スキルシフトで対応する。採用調整については、定期的なワークサンプリングとオンラインデータのログ集計によって全営業店の事務量を可視化し、ピーク時やアイドリングタイムの条件もルール化して適正人数を算出。毎年、各店舗に適正人数を通知し、1年かけて見直しを図っている。

10年先を見据えた店舗計画

システム担当者を内部で育成。BPRとRPAにより非定型業務にマンパワーを増強

スキルシフトの最たる例は、生え抜きの行員がシステム開発に携わることだろう。同行では現在、コスト抑制や行員ならではの視点を活かすため、AGENTシステムの改修や保守管理などを内製化するとともに、本部でも業務が増えたことから自動化・機械化による業務改革に取り組んでいる。経営企画部に専任者(Center of Excellence 9名/2022年10月時点)を置き、各部でも業務効率化担当者(27名/同)とRPA開発担当者(20名/同)を育てている。

業務効率化の方針は、定型業務を極小化し、企画業務のマンパワーを増強する方向で、ワークフローエンジンとRPAの両輪による定型業務のデジタル化を推進。RPAは既に100体ほど稼働している。これにより本部行員の働き方がどう改善されたか聞くと、石川氏は「本部行員の業務内容は可視化が難しいのですが、効果として言えるのは1人あたりの年間総労働時間です。2015年には2116時間だったのが、現在は1931時間まで減っています。これも働き方改革の1つの表れではないかと考えています」と答えてくれた。2024年3月までにはBPRとRPAの活用により、本部の業務量を2017年12月比の20万時間マイナス(年単位・約100人分)まで削減するとしている。

自動化・機械化を核とするデジタル改革によりDHDバンクを目指す伊予銀行。営業店も本部の行員も働き方が変わったのに伴い、意識改革も求められている。「これからはビジョンを持って行動できる、実現したい施策を体系化して整理できる、顧客本位の理想を実践できる――など、育成する人材像も変わります。そうした思想や行動様式を企業文化として根づかせていきたいと思います」(石川氏)

(聞き手:坂本貴志村田弘美、高山淳/執筆:稲田真木子)

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