記録の自動化からハンズフリーまで。AI・介護記録ソフトが実現する未来の介護(さくらコミュニティサービス)
【Vol.8】さくらコミュニティサービス 代表取締役 中元 秀昭(なかもと ひであき)氏/ 介護サービス事業部 本部 成田 真智(なりた まち)氏
厚生労働省の調査によると、介護職員1人あたりの職務時間に占める記録業務の割合は7.3%。残業の主要因となり、作業の煩雑さも現場職員に負担感を与えているが、その自動化を実現するAI・介護記録ソフト「CareViewer(ケアビューアー)」を開発、全国の介護事業所に提供しているのが北海道・札幌を拠点とするさくらコミュニティサービスである。介護職員の働き方を変える革新的なソフトはどのような発想で生まれ、今後どう進化していくのか。代表取締役の中元秀昭氏に開発の経緯や今後の構想、介護サービス事業部本部の成田真智氏に現場の使用実感を聞いた。
グループホームで年間4590時間の削減。煩雑な記録業務から職員を解放
さくらコミュニティサービスがケアビューアーを開発する契機となったのは、外国人実習生の受け入れだった。介護業界は慢性的な人手不足が続いているが、同社は介護事業所のほか養成校も運営するため、「入学者および介護の世界に入る卒業生が年々減っていく状況は肌で感じていました。介護業界は業務量に比して賃金水準が低いことが多く、近年では資格を取得する人も減ってきています。このままでは人材は間違いなく枯渇する。そこで外国人に目を向け、7~8年前から技能実習生の受け入れを開始したのです」と中元氏は振り返る。当初は言葉の壁を懸念して多言語に対応するコミュニケーションツールを開発・導入したが、「それを作る過程で明らかになったのが、むしろ受け入れる側の介護職員たちを取り巻く問題です。特に記録業務がかなりの負担となっており、新人教育に費やす余裕がない。最も着手すべきは介護記録の自動化であると、発想を変えるきっかけになりました」(中元氏)。介護記録とは、介護者が利用者に提供した介護サービスや、利用者の健康状態、経過観察、活動状況などを記録するもので、種類も多岐にわたる。事業所の形態を問わず、その作成と保存が介護保険法によって義務付けられており、いまだに多くの事業所が紙に手書きする形で記録している。
「例えば利用者さんの日常生活を残すケース記録は、夜勤も含めて毎日書かなければなりません。グループホームの場合だと、夜勤では1人の職員が1ユニットあたり9人を担当するので、個人差もありますが1日に1~2時間程度はケース記録の作成に時間を取られていました。業務中にメモを取ったのちにそれを転記しているので、手際がいい人は時間内に終わるのですが、そうでない人は1時間程度残業をして記録するというようなことも起きていました」と中元氏。
そこで、同社は紙での記録からケアビューアーでの記録に移行した。記録業務に関わるすべてのフォーマットを作成し、ケアビューアー内のサーバーに格納。スマホにインストールしたアプリ上で操作できるので、介護ケアの合間にも必要な情報をそのつど入力できる。さらにケアビューアーは血圧測定器やパルスオキシメーター、体温計といった医療デバイスとも接続しているので、利用者の最新計測時のバイタルデータが自動で取り込まれ、各種フォーマットに合う形で反映される。
「これにより一例ではありますが、記録にかかる時間は85%削減できました。2時間が18分に圧縮されたということです」と中元氏。標準的な2ユニット・18人のグループホームの場合だと、職員の記録に費やす時間は年間4590時間削減された。このケアビューアーは2019年からアプリとして外販も開始し、これまで全国で千を超える事業所が導入している。
ウェアラブル端末でハンズフリーに。「未来の介護」が実現する
ケアビューアーはリリース後も機能改善を繰り返して進化しているが、特に開発の最前線である同社の事業所では現場の要望に応え、ハイペースな改善に取り組んでいる。主だった改善点の1つは音声入力が可能になったことで、既に同社の職員の7~8割は音声入力を使用している。言語処理技術も進化したため、「介護の専門用語など、普段は使わない言葉もほぼ正しく変換されます。ご家族や病院の医師とのやりとりといった、細かく引き継がなければならない内容も音声入力で問題なく対応できます」と使用感を語るのは介護現場に従事する成田氏。ケアの合間に小刻みに入力した情報は時系列でまとめることもでき、最後に確認・修正する機能もある。最終的に責任者の承認をもらって終了というフローが確立されている。
また「LINE WORKS」や「Chatwork」など外部のチャットツールとも連携。職員間で共有したい項目があればボタン1つでチャットツールに送ることができる。これによって、例えばこれまでノートを使って行っていた申し送りについても、チャットツールを使うことで簡単に共有できるようになっている。また、職員間のコミュニケーションを強化する目的のほか、介護保険やケアプランの更新時期を忘れないためのアラーム、業務引き継ぎ用のタスク登録ボタンなど、チャットツールにも便利な機能が次々と搭載されている。
さらに全国の事業所から蓄積したデータを活かし、産学連携で共同開発を行っているのがケアプランの自動作成機能である。ケアプランとは利用者個々に提供すべき介護サービスの目標と内容をまとめた計画書で、有資格者のケアマネージャーが作成する。これをAIに任せ、細かな見直しや最後の修正をケアマネが行う構想で、従来、現場の介護職員への聞き取りも含めて7~12時間かかっていた作成時間が大幅に短縮される見通しだ。既にAIが設計するプロトタイプは完成しているが、現在は現場で確実に使えるよう高度な改良を進めている。
またAIを搭載した機能では、もう1つ「行動予測」を開発中。利用者の過去データに基づいて転倒リスクや脱水症状、排泄時間など30以上の項目を予測するもので、間もなく実証実験を行って市場に出す予定である。「介護スキルはこれまで人によるといいますか、個人の意識や経験によってパフォーマンスが違ったので、それを標準化することが目的です。勘や感覚に頼るのではなく、データを積み上げていくことにより予測の確度が上がり、医療のようにエビデンスに基づいた介護が実現します。ベテランも若手も同じ対応ができるとともに、介護の専門性を確立する方向に向かうため、介護職員の地位の向上につながると期待しています」(中元氏)
さらに間もなくリリースされるのがメガネ型ウェアラブル端末。装着した職員が、「ハロー、ケアビューアー」と声を出すとナビゲーションが作動し、「○○さんの今の体温は何度です」といった職員の音声がデータとして端末に映し出され、システムに自動で記録される。過去の記録を呼び出し表示することもできる。完全なるハンズフリーで利用者対応が可能になるわけで、まるで未来の介護を見ているかのような光景が出現する。
介護記録アプリは無償で提供。「事業所の紙ゼロ」も目指す
現在、ケアビューアーは廉価なサブスクリプション制で提供しているが、「より多くの事業者さんに使っていただきたい、また紙の書類を事業所からなくしたいとの思いから、介護記録の部分については音声入力機能も含めてフリープランにする予定です」と中元氏。
チャットツールとの連携やケアプランの自動作成機能、ハンズフリー機能は有償だが、導入のハードルはぐっと下がる。競合他社も少なくない分野で、中元氏が普及に自信を見せるのは、「おそらく日本で最も使いやすいシステムだと確信しているからです。とりわけUI(ユーザーインターフェイス)とUX(ユーザーエクスペリエンス)に関しては、スマホのスワイプ機能など便利なものは残す一方で、複雑な機能は極力カットするなど、年配の介護職員でも直感的・感覚的に使える設計を意識しました」という理由からである。「ITリテラシーの低い方でも使っているうちにできる、というのが私たちの設計思想の1つ。事実、最初は抵抗があった年配の職員も、使ううちに『もう手放せません』と馴染んでいます」(中元氏)
導入にあたって課題となるのはITやデジタルに対するリテラシー。PCやスマホによる業務に抵抗感を持つ人も一定数存在し、介護事業者もITやデジタルに対する理解に濃淡がある。コスト面での課題も大きい。事業所の短期的な利益を圧迫する設備投資に躊躇するところも少なくない。IT導入補助金など国の補助金制度も一定の効果を上げているところではあるが、記録業務の自動化推進に向けた課題は多い。
また、ほかのアプリケーションとの連携も大きな課題だという。「介護系のアプリケーションは様々なものが出ています。私たちのような記録系のものから人事・労務系や会計系のアプリケーションなど、そこをいかに連携させていくかも今後を考えるうえでは大きな課題でしょう」(中元氏)
「紙の書類をなくしたい」と語るように、中元氏は「事業所の紙ゼロ」も目指している。介護記録は年度ごとにこれまでの書類をさらにまとめ、しかもそれを7年間保管することが法で定められている。「利用者さん1人につき1日のケース記録だけでも最低1枚で、年間にすると365枚、それを年度ごと利用者ごとにしっかりと管理しないといけません。入退去など利用者の変動もありますし、それを管理するのも、年度末に締め作業を行うのも現場にとって相当な負担感でした」と成田氏も語る。それがデータ化によりゼロになり、標準的な利用者18人のグループホームでは年間にして約300万円のコストカットを実現した。法令上、紙に出力する機能さえあればデータ上での保存で問題なく、また同社はデータをデュアル管理しているので紛失のリスクも低い。
膨大な介護記録の自動化と紙書類の一掃。これにより職員の働き方はどう変化したか。
「最も大きな変化は、利用者さん一人ひとりと関わる時間が圧倒的に増えたことです」と成田氏。「以前は記録を書くことも介護職員のメイン業務の1つでしたが、それが軽減されたことにより、利用者さんとの時間を集中して持てるようになりました。介護職員の多くはお年寄りを支えたいという思いからこの仕事を志望し、利用者さんから温かい言葉をいただいたり触れあったりした経験をモチベーションにして頑張っています。職員が本来やりたいことができているということは、利用者さんにとっても受けたいケアが受けられているということ。やりがいが増すとともに、介護のプロとして誇りを持って働き続ける未来に直結しています」と成田氏。
介護人材の確保や定着に貢献するシステムの1つという意味でも、バージョンアップしたケアビューアーがどこまで全国に普及するか注目したい。