フロントはもちろん客室サービスもロボットに。「変なホテル」の次なる進化(HISホテルホールディングス)
【Vol.7】HISホテルホールディングス 広報担当 松本 真実(まつもと まみ)氏
「史上初、ロボットが接客するホテル」としてギネス世界記録にも認定され、オープン以来、数々の話題を振りまいてきた「変なホテル」。一度聞いたら忘れられないホテルブランド名には、「変わり続けることを約束する」という意味が込められている。誕生から7年が経ち、ホテル業界にも深刻な打撃となったコロナ禍を経験して、変なホテルはどのように“進化”したのか。同ホテルを運営する旅行大手エイチ・アイ・エスの子会社、H.I.S.ホテルホールディングス株式会社の松本真実氏に、変なホテルの現在地と課題、今後の展望を聞いた。
シフトに入る社員スタッフはわずか2名。1ホテル7~8名体制と、通常の3分の1で運営
現在、同社が運営する「変なホテル」は国内外に21棟。初号棟は立地するリゾート施設・ハウステンボスごと外資に売却したが、2022年12月には愛知、鹿児島に新規オープン、2021年には韓国ソウル、米国ニューヨークに初進出するなど気を吐いている。いずれもアクセスのいい都市や観光地にあり、首都圏ではレジャーとビジネス利用が半々の割合だという。ロボットを導入したのは、「単に泊まるだけではなく滞在を楽しむエンターテインメント性と、生産性向上の両方を実現するためです」と松本氏は語る。そのため客室もビジネスホテルより広めで、価格帯は立地にもよるが1万円前後のレンジである。
館内清掃やリネン、アメニティの手配は清掃会社に委託し、レストランのあるホテルもテナント出店が基本。もちろんフロントではロボットがチェックイン手続きを案内、チェックアウトも自動精算機で行うので、運営は社員だけで手が足りる。同社ホテルの標準的な客室数は100室前後で、1つのホテルに勤務する従業員が7名から8名。そのうち各シフト帯で在籍している社員は基本的に2名になる。「他社の場合では同規模で従業員は30名弱と聞いていますので、必要な人員は3分の1ほどになっています」と松本氏。
コスト面に関しては、人型ロボットなどはもともと単価が高く、さらにホテル仕様にしてもらうためのオーダーメイドの発注となっているため、導入にはかなりのコストがかかっている。「それでも人件費とは比べものになりません。初期投資に継続的なメンテナンス費用を含めても、あっというまに回収できます」と続ける。最近ではフロント前の空間に映像を投影し、映し出された恐竜や執事などがチェックインを案内するとともに、客室エレベーターまでの道が浮かび上がる「光のホログラムチェックイン」を新ホテルに導入している。エンタメ性の向上に加え、経営的にもオーダーメイドの人型ロボットより初期投資が少ないのがメリットという。
シフト帯の社員2名は通常、フロント裏のオフィスに常駐している。歯ブラシやタオルなどアメニティを要望される際の客室からの呼び出しやチェックインの非常時対応や電話対応、予約客の部屋割り、OTA(オンライン上で取引を行う旅行会社)に販売する空室の値段設定やキャンペーンの設定なども現在社員が行っている。このほか、ホテルのメンテナンスに絡む取引先とのやりとりや打ち合わせ、今後の集客策の立案などマルチタスクをこなす。
チェックインの非常時対応に関しては、「ロボットはメーカー側が定期的に点検をしてくれますし、ホテルの従業員として特に運用上難しいところはありません。故障も1年に1回あるかないかという程度です。私の知る事例では目の部分の瞬き回数が増えたくらいで、チェックインができない故障ではありませんでした。この時は社員が機転を利かし、『本日のロボットスタッフは目がパチパチ!』という貼紙をして凌ぎました」と松本氏。
「ほかには、お客さまがその場で『もう1泊したい』などと希望されたケース。ロボットはイレギュラー対応ができないので社員が応じます。技術的にはイレギュラー対応も可能ですが、開発費が高いため標準仕様にとどめています」。OTAに関しては、「システムで自動的に値段設定などをすることもできるのですが、現状は社員がやっています。こうした業務を自動化することも今後考えられると思います」(松本氏)
1つ悩ましいのが、法解釈による地域格差だという。ホテルは旅館業法によりフロントを介した宿泊手続きが義務付けられているが、自治体の解釈や条例の中身などでルールが異なる。「ロボットによるチェックインはOKですが人が一緒にいなければならない地域もあれば、人によるチェックイン手続きしか認めない地域もあります。前者はフロントに小さなカウンターを置き、社員がロボットを見守るなど、場所に応じて対応しています」と松本氏。
一方、規制の緩い韓国では館内どころかどこからでもチェックインが可能なため、韓国の変なホテルでは予約客にQRコードを発行して館外でもチェックインできるようにしている。「日本の法律は数十年前に作られたもので、当時はロボットが対応するなんてことは想定していなかったと思います。現状では韓国など先進的な取り組みをする国とはかなりの温度差がありますが、時代の後押しによって日本もいずれは変わると思います。そうなれば『無人ホテル』を運営する考えもあります」と松本氏。
完全無人化に関しては、「客室対応にはまだ人の手がいるので日中は難しいです。お客さまの動きが少ない深夜帯では将来的には可能になってくるかもしれませんが、事故が起こった時に迅速な対応ができるかが鍵になるでしょう。お客さまの安全を守るというのも私たちの大切な使命です。近くの拠点にスタッフを配置してモニタリングを行い、緊急時に対応可能な体制を確立することができれば、深夜の完全無人化が実現するかもしれないと考えています」(松本氏)。
コミュニケーションロボットが活躍。無人ホテルを視野に自動化を試行錯誤
変なホテルでは、フロント以外にもロボットを導入し、トライアンドエラーを繰り返して最適な活用を模索している。最近話題を呼んだのはコミュニケーションロボット「ロボホン」による客室での“おもてなし”で、舞浜、心斎橋、なんば、関西空港の4ホテルに「ロボホンルーム」を設けている。顔認証や音声認知機能を搭載したロボホンは読み聞かせをしたり一緒にダンスを踊ったり、クイズを出したりと、主に子ども向けのエンタメサービスで活躍。
ファミリー客に好評を博しているが、無人化を視野に入れると、ホテル周辺の飲食店情報を提供するといったコンシェルジュサービス機能も見逃せない。さらに照明やエアコンの操作、フロントへの連絡などもロボホンを介すと未来的だが、「例えばロボホンに『明かりを点けて』と頼むと、『明かりを点けるよ』というやりとりを行ってから作動するので、どうしても人がスイッチを押すより一拍ほど遅くなります。もちろんロボホンルームを利用するお客さまはわかっていて楽しまれるのでクレームはありませんが、念のため部屋にはリモコンや電話を置いています。ホテルは様々なお客さまが利用されるので、『客室係』として全室に展開するのはまだまだ難しいですね」と松本氏。
試行錯誤の結果、想定した使い方を断念したのはポーターロボット。客の荷物を運ぶだけでなく、部屋の前に着くとアームを伸ばしてノックするという優れモノだが、「安全上、高速化には限界があり、お客さまからすると、お部屋にチェックインしてからだいぶ後に荷物が届く感覚が強かったようです。試験導入したラグーナテンボスはリゾートホテルですが、それでも『荷物が届かない』との問い合わせが若干ありました。運営上お客さまを待たせるのはよくないので、結局人が対応することになり、現在はケーキやタオルをお持ちするなど、急ぎでないモノを運ぶデリバリーロボットとして利用しています」と松本氏。
同様に、館内清掃における外注費の削減を試みたロボット清掃機も上手くいかなかった。「部屋の隅や、ベッドの下、テーブルと壁の隙間など、やはりロボットでは細部まで行き届きません。ホテルの設計段階から部屋の形状や家具の配置などロボットによる清掃を想定して造らないと難しいと感じました。人とロボットを併用するのはかえってコストも時間もかかるので、今は人の清掃に戻しています」(松本氏)
業績が回復すれば再び攻勢に。当面の課題は人の確保
コロナ禍が起きる前は勢いに乗り、「国内外に100棟」のスローガンを掲げていた変なホテル。世界初のロボットホテルという話題性からインバウンド人気も高く、ピーク時は5割から6割が外国人客だった。フロントのロボットや光のホログラム、ロボホンも英語や中国語など4カ国語に対応している。それだけに渡航制限による落ち込みも大きかったが、一方で人とほぼ非接触で利用できる安全面が新たに注目され、客足は比較的早くから順調に戻りつつある。この12月をもってコロナ前から計画していたホテルはすべて開業し、その後は特に目標を掲げていないが、「今は黒字に戻るまでもう少し我慢の時期ということ。以前の水準に戻れば、また積極的に新規開業を進めていきます」と松本氏。その時はこれまでの試行錯誤を経て得た、知見の数々が活かされるだろう。
当面の課題は人材の確保。ほかより少ない人員で済むとはいえ、コロナ禍による転職者が続いたために1ホテルあたり7~8名の体制を満たせておらず、清掃委託先のスタッフの大幅減も日々の運営に響いている。好材料を探すとすると、同ホテルを志望する人の資質だろうか。「ホテルで働く魅力を『おもてなし』に求める人は、面接でお客さまから呼び出される以外の接客がないとわかると自ら辞退されます。ホテリエとして革新的かつ、今後も新しいことに次々と挑戦するホテルで働いてみたい、という気概のある人、それも若手が集まりやすいので、そこは期待しています」と松本氏。
今後のホテル業界を見渡せば、人による手間暇をかけたサービスを提供する高価格帯のホテルと、先進的な技術を駆使して人に頼らないサービスを提供するホテルとに二分化していくのかもしれない。変なホテルは日本の労働人口減少を見据え、ならば最初から人のいらない業態を開発しようという発想で生まれたという。エンターテインメント性と生産性を担うロボットは、人の代わりではなくあらかじめ組み込まれたパーツで、従来かかった人手を削減する自動化とはそもそもベクトルが違う。デジタル技術の進化によりシステムの自動化が様々に可能になった今、変なホテルに追随する同業他社が現れないこともその証左。独自の道を突き進む変なホテルは、これからも世を驚かせる「変化」を見せてくれることだろう。