仕事という「シャボン玉」に部署を超えて人が集まる 生成AIが変える組織の姿とは

国分グループ本社株式会社 執行役員 情報システム部長 兼 サプライチェーン統括部 業務改革推進部長 兼 デジタル推進部長 酒井 宏高 氏/執行役員 社長室長 兼 経営統括本部部長 野間 幹子 氏

2025年02月14日

酒類や食品の卸売会社である国分グループは、需要予測やアイデア創出など多くの領域で生成AIの活用を推し進めている。情報システム部長として導入の旗振り役を務める酒井宏高氏と、仕事における幸福度向上の推進を担う経営統括本部部長の野間幹子氏に、生成AIが組織に与える影響や、マネジャーの役割にもたらす変化を聞いた。

機械と人の領域を明確化し生成AIを導入 需要予測やアイデア創出

―生成AIをどのように活用しているかを教えてください。

酒井:私たち国分グループは食品を全国に届け「食のインフラ」を支える企業であり、人手不足は経営の致命傷になりかねません。そこで2017年くらいから、機械に任せる仕事と人が担う仕事を明確化することに取り組み、機械に任せる部分に関してはAIやデジタルソリューションを戦略的に活用しようとしています。

2021年には企業のDXを支援するスタートアップ企業のデータフラクト社と資本業務提携し、2024年にはAIによる需要予測システムを対象となる倉庫すべてに導入しました。既に劇的な効果を得られており、将来的にはこのシステムを通じて、発注業務の90%をAIに置き換える予定です。また、開発事業者と連携してグループ内向けの生成AI活用プラットフォームを導入し、文書の作成や各種資料の要約、アイデアの創出などに活用する社内専用の生成AIアプリケーション「KAIWA(KOKUBU Artificial Intelligence Workplace Assistant)」も全社的に展開しています。

―「KAIWA」導入にあたってどのようにプロセスを踏み、どのような活用事例が生まれていますか。

酒井:生成AIをスマホ同様に「普段使い」できるようになるという中間目標を設定し、全国の事業所で操作説明会も開きました。現在、社員約5,000人のうち3,000人が利用しており、たとえば顧客あての書面作成が苦手な営業社員が、生成AIを使って簡単に文章を作れるようになるなど、効率化と業務の質に変化が表れています。私自身、メンバーと行っていたブレストを生成AIとの「壁打ち」に置き換えることで、数十分ほどでアイデアをまとめられるようになりました。アイデアの要約をもとに、メンバーと一段上のステージから議論を始められるので、生産性も向上しました。生成AIの利用によって、求める情報にたどり着く時間を50%短縮することも目指しています。

課題を解決できたら、内容を社内に共有することも重視しています。デジタル技術の普及は民主的であるべきですし、社員が「あの人の方法を試したら、自分も業務を3時間短縮できた」という体験をすることで、利用者の数以上の相乗効果を期待できるからです。 

野間:私たちは創業313年になりますが、明治維新や関東大震災、第ニ次世界大戦などで何度もビジネスが断絶し、ゼロから復活を遂げてきました。社会の激変に対応するため新しいことに思い切って挑戦するというDNAが、生成AIの活用にも活きていると思います。

また酒井のチームが、社員目線で勉強会や情報提供を行ったことで、生成AIに対する関心も急速に広まりました。職場の至る所で「もうKAIWAを使った?」といったやりとりが聞かれますし、シニア層にも「KAIWAを使うのは敷居 が高いと思ったけれど、使ってみると意外と簡単」という声も聞かれます。国分グループの社員は責任感が強い半面、仕事を抱え込み縦割りに陥りやすい気質もあるのですが、生成AIの知見を共有することが、水平展開の機運を醸成するのではないかとも期待しています。

機械化で生まれた時間は「人にしか生み出せない価値」の創造へ

―生成AIの活用で、人がやらなくてもよくなった仕事はありますか。

酒井:人がやらなくてもよくなった仕事は、基本的には「ない」と思います。生成AIの活用で業務遂行のスピードが爆発的に上がりましたが、同時に潜在的な課題に対する気づきを得られるようになり、新たな仕事も生まれたからです。

生成AIは人の問いに答えを出してくれるツールだと思われがちですが、実は機能が高まるほどさまざまな問いが投げかけられ、人が判断すべきことは増えます。このとき、どの問いにどのような判断を下すか、戦略を持ってコントロールしないと、人がAIに使われてしまいかねません。

また人のしていた仕事を機械に任せたとしても、その分、人を減らすという発想は、ありません。生成AIの活用で生み出された時間を、顧客との心情的なつながりを作ったり、生産者の畑に足を運んで土に触れ、おいしい野菜が育ちそうか判断したりといった、人にしか生み出せない価値を創造することに使ってもらおうとしています。

―生成AIを導入すると、社員がAIの出した答えをそのまま提示し、自分で考えなくなるという指摘もあります。

酒井:生成AIに触れていない人はそう思うでしょうが、生成AIの「言葉の紡ぎ方」を体感している人は、生成AIの作った文章を見分けられるし、周りの人も見分けられることを知っているので、そのまま外に出すようなことはしません。また人間が適切な指示を出せないと、生成AIの回答も的外れになってしまうので、普段使い込んでいる人ほど、回答をうのみにせずチェックするようになります。

逆にいえば、部下に的確な指示を出せるマネジャーや経験豊富なベテラン社員ほど、生成AIから的確な答えを得られることになります。このためシニア層には「皆さんこそ、AIを使いこなせるはずだ」と伝えていますし、若手もAIから的確な答えを得ようとする中で、適切な指示を出す力が養われるといえます。

部署で生成AI活用へ 組織はタテ・ヨコの二次元から「立体」へ

―生成AIが、組織に及ぼす変化についてはどのように見ていますか。

酒井:社員個人に、生成AIの活用を自分ごととして捉えてもらうステージには来たので、次は部署やチームなどの単位で、組織としても活用し価値を生み出そうとしています。さらにその次には、他部門や顧客などとも生成AIを挟んで協働し、部署の外にも変化をもたらしたいと考えています。

そうなった場合、組織の姿も縦割りの部署に横串を刺すといったタテ・ヨコだけの世界観ではなく、立体的なものに変わると思います。仕事が生まれるたびにシャボン玉のようにコミュニティが生まれ、社員は部署の仕事と並行して、社内フリーランスのような形でコミュニティに関わる。その中で組織としてもパワーが生まれるといったイメージを描いています。

野間:社員の仕事における幸福度向上という視点でも、生成AIのスキルを身につけることで、能力を最大限発揮できるように環境を整えていくことが大切だと考えています。またお取引先も巻き込んで複合的なシナジーを生み出すという未来像も描いています。地方の昔ながらのスーパーや酒販店など、今はあまりDXの進んでいないお取引先にも、時間が経てば必ず技術は浸透するので、共創の活動を進めていくことができると思っています。

組織については私も酒井と同じように、マトリックス型やプロジェクトベースのあり方へ転換していくと考えています。そうなれば従来の日本型の人的雇用管理は大きな変化を迫られることになり、理想と現実のギャップをどう埋めるかを模索しているところです。

判断とエビデンス管理がマネジャーの仕事に 経験は通用しない

―マネジャーの役割やマネジメントはどう変わると思いますか。

酒井:業務のスピードが上がる中で、マネジャーにはスピード感を持って判断すること、判断の立脚点となるエビデンスを管理することが、求められるようになるでしょう。部下にどのような情報を提供するとどんなアウトプットがもたらされ、次の行動を促すにはどんな声かけをすべきかといった活動のマネジメントを、スピーディーに進める力を身につける必要があると考えています。また感覚を業務に活かすなど、「人にしかできない」仕事を重視する視点も重要です。

野間:事業環境も顧客のビジネスも急激に変化する中、「自分の時代はこうだった」という経験ベースのマネジメントは通じなくなってきています。マネジャーたちが、生成AIを通じて自分のやり方の限界を知ることは、変わらなければという危機感をもたらし、数値やタスク管理に偏る既存のマネジメントから脱却するきっかけになると期待しています。タスク管理のあり方も、プロジェクトが組織の内外に及ぼす影響を想定し、それに対して必要な対策をとるといったスタイルに変わるのではないでしょうか。

AIの活用が進めば、若年層の判断にも今以上に広い裁量が生じます。このためマネジャーには、部下に何かを命じるのではなく、問いを投げかけ考えさせるスキルも求められるようになります。AIを組織として使いこなすためには、マネジャーにこうしたスキルを習得させる育成・教育体系を構築することも不可欠だと考えています。

酒井:社長の國分晃は、ドラッカーの「すでに起こった未来」という言葉を引用し、現状を把握したうえで、未来に向けた行動を起こすことの重要性を発信しています。「生成AIの導入は『異星人』が入社するようなもので、迎え入れる社員も変わらなければいけない」と私は思います。私たちも変化対応力を高めて、AIという異星人を平常心で、かつ積極的・戦略的に受け入れる組織でありたいと考えています。

Hirotaka_Sakai酒井 宏高  氏

国分グループ本社株式会社 
執行役員
情報システム部長
兼 サプライチェーン統括部 業務改革推進部長 兼 デジタル推進部長


1994年に現・国分グループ本社へ入社。経理財務、グループ企業出向、経営企画など多岐にわたる業務を経験。2015年には卸基盤再構築プロジェクトに参画。現在は情報システム部・デジタル推進部・業務改革推進部の3部門を統括し、食品卸売事業における強固な業務オペレーションの構築に取り組んでいる。

Mikiko_Noma野間 幹子  氏

国分グループ本社株式会社 
執行役員
社長室長 兼 経営統括本部部長

国分グループ本社執行役員・社長室長兼経営統括本部部長として、仕事における幸福度担当を務める。1995年に現・国分グループ本社入社後、人事総務部で労務や人事制度設計などに従事。2021年に第11次長期経営計画推進委員を務め、2022年より現職。社員が自身の価値観を尊重し、生き生きと働ける職場づくりを推進している。

聞き手:武藤久美子
執筆:有馬知子

武藤 久美子

株式会社リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント(現職)。2005年同社に入社し、組織・人事のコンサルタントとしてこれまで150社以上を担当。「個と組織を生かす」風土・しくみづくりを手掛ける。専門領域は、働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョン、評価・報酬制度、組織開発、小売・サービス業の人材の活躍など。働き方改革やリモートワークなどのコンサルティングにおいて、クライアントの業界の先進事例をつくりだしている。2022年よりリクルートワークス研究所に参画。早稲田大学大学院修了(経営学)。社会保険労務士。

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