生成AIビジネスの中の人に訊く 生成AIがもたらすマネジャーの役割の変化 Vol.6
ギブリーは、AIを使った業務改革支援ならびにデジタル人材の採用・育成支援といった事業を行っている。ChatGPTなどの生成AIを活用して法人の業務効率化を目指すサービスを数多く展開・開発中である。同社の株式会社ギブリー 取締役 オペレーションDX部門管掌で、企業における生成AI活用の現状にも詳しい山川雄志氏にお話を伺った。
生成AIの普及により組織全体の能力が底上げされた
――生成AIが登場したことで変わったことは何ですか。
まず挙げられるのは、生成AIのおかげで大量のアウトプットを生み出し続けられるようになったことです。たとえば、経営者が社内の部門ごとにアレンジされたメッセージを出そうとするとき、以前なら、部門の数だけメッセージを作成する作業が必要だったはずです。ところが生成AIを使えば、元になるメッセージを一つ作り、あとはそれを自動的に整理・展開できるようになりました。多彩なパターンのコンテンツを作れるようになったことで、人材の配置や育成、業務フローなどにポジティブな変革が期待できます。
もう一つは、組織全体の能力が底上げされたことでしょう。もちろん、現段階の生成AIに人間以上のアウトプットを求めるのは難しいです。しかし、全く経験のない人間が独力では20~30点の成果しか出せない分野でも、生成AIの助けを借りれば60~70点くらいとれます。もしソフトウェアエンジニアではない人がプログラムを書きたいと思ったら、従来は社内エンジニアなどに依頼しなければなりませんでした。その結果、システム部門がパンクするといった状況がよく起きていたわけです。しかし生成AIの登場によってどんな人にも平均点程度のアウトプットが出せるようになり、一部の専門家に過大な負荷がかかるような事態は減りました。
――生成AIの助けを借りることで、経験の浅い人でも水準以上の力が発揮できるようになったわけですね。
そうです。優秀で経験豊かな人のノウハウや考えていることを生成AIのプロンプト(AIに出す指示や質問のこと)に落とし込めば、営業トークでも、商品ごとに発信する案内メールの内容でも、大幅にブラッシュアップできます。少し前まで、20~30点しかとれない新人に研修などを施して60~70点レベルまで引き上げるには、ものすごく時間がかかっていました。これが短期間で済むようになったのは大きな変化だと感じます。
なお、今後さらに技術が進化すれば、新人でも100点がとれるようになるかもしれません。そうなれば理想的ですが、実現するためには生成AIが進化するだけでなく、企業のナレッジをはじめとするさまざまなデータと連結させたり、学習させたりする必要があると思います。
――生成AIは、どのように職場の風景を変えそうですか。
今の職場では「Use AI」が始まっています。すなわち、人が生成AIの使い方を考えなければなりません。そこでは、現場で働く人の工夫が強く求められるのです。しかしいずれは、裏で動いている生成AIを人々が特に意識することなく使う「With AI」の時代がやってくると思っています。
普段から創意工夫できる人は、いろいろ試しながら生成AIのよりよい活用法を見出していきます。しかしそういうタイプは、現段階ではそれほど多くありません。そのため、一部の工夫できる人のやり方を横展開していくのが正攻法です。もちろん、生成AIを創意工夫しながら使えるタイプの人が増えればいいのですが、それはかなりハードルが高い。少なくとも、技術サイドでどうにかできる部分は少ないのです。私たちが目指すのは、人が生成AIと一緒に仕事ができる「With AI」の仕組みを、技術の力で実現することです。
現在、資料や議事録を作るなどの業務で生成AIを使うときは、人から生成AIにプロンプトを提示します。でも今後は、生成AI側から人間に話しかけてきたり、気づかぬうちに生成AIが隣にいたりするようになるでしょう。その変化は急激に起きるというより、シームレスに、いつの間にか変わっていたということになるだろうと私は見ています。
生成AIに任せる仕事と人がやるべき仕事を仕分ける
――生成AIによって、組織の形も変わるのでしょうか。
変わると思います。これまでの組織づくりでは、専門性を深掘る職種の人とゼネラリストという役割に分けて、それを業界ごとのビジネスモデルに合わせて組み合わせていくのが基本でした。人間のできることには量的な限界があるので、相似形のチームがいくつもできるということもありました。しかし、生成AIの力がさらに伸びて人を強力に支えられるようになれば、人間一人ができる仕事の量は格段に増えます。そうすると、組織はよりミニマルになっていくでしょう。また生成AIは、会社の意思を組織に浸透させようとする際の伝達コストも下げてくれます。そのため、一人の上司が管理できる人数が増える可能性もありそうです。
経営者の判断の質にも大きな影響を与えるでしょう。経営者が意思決定をするとき、以前なら、必要な情報を十分に集めてから判断する必要がありました。ところが生成AIが普及すれば、普段の業務をこなす中で、必要な情報が自然と生成AI側からサジェストされるようになります。当然、意思決定のスピードと質は飛躍的に高まるはずです。また、経営者と労働者、自社と顧客などの関係性に生成AIが潤滑油的に入ることになれば、これも組織の形に影響を与えそうです。
――なるほど。ところで、生成AIが60~70点の仕事をこなせるようになると、それまで若手社員が担当していたような仕事を奪ってしまう危険性はありませんか。
あると思います。ただし、それは必ずしも悪いことだとは思いません。従来は、上司やベテランがやらない仕事を若手に振り分けるという側面があったと思います。しかし、今後は若手の成長につながる仕事とそうでない雑務とを切り分け、前者だけを若手に回すことになるのではないでしょうか。
私は若手の育成に際し、「目標-現状=課題」という観点が必要だと考えています。目標設定が具体的で現状把握が的確なら課題はおのずと明らかになりますが、現実には、目標と現状把握のいずれかがあいまいであることが珍しくありません。その結果、課題もあいまいになって成長を阻害するわけです。
また、与えた業務の目的を言語化しないまま、若手社員に仕事をさせるケースも多いですね。そうすると若手は与えられたタスクをただこなすだけになりがちなので、仕事への納得感は得られませんし、モチベーションも上がりません。
若手には、仕事への意義づけをきちんとする必要があると思います。たとえば、議事録作成のような雑務を若手に命じるとき、「議事録を作ると会議の内容を再確認でき、あなたが成長するために役立つよ」などと伝えれば成長につなげることが可能です。若手社員に任せる仕事という意味では、その仕事による成長率で判断することになるのではないでしょうか。一方、どうやっても意義づけが難しい仕事は生成AIに任せればいいでしょう。
――以前私たちが行った企業のムダに関する調査でも、すべての仕事に意味があると思っている人、すべての仕事に学びがあるという姿勢が大事だと考えている人が少なくない数でいました。今のお話を受けると、意味づけさえすればすべての仕事は引き続き人がすべきと聞こえますが、そのあたりはいかがでしょうか。
若手社員であっても、同じような仕事ばかりをやってもらっていると、仕事から得られる成長率は鈍化します。こうした仕事は人が担う意味付けができない仕事ということになると思います。
自ら工夫しながら生成AIを使える人はまだ少ない
――現時点で、生成AIに対する企業の取り組みは進んでいますか。
お客様によってバラバラです。既にお話ししたように、現場での工夫の有無が生成AI利用の成否を分けるのですが、創意工夫できる人材が足りず、せっかくChatGPTなどのライセンスを購入して従業員に配布してもムダに終わってしまうケースが珍しくありません。私の感覚では、自ら工夫しつつ生成AIを使える人の割合はおそらく10%くらいです。さらに、そこで得たノウハウを一般化し、同僚に横展開できるような人は2%くらいしかいないと感じます。生成AIを仕事に大いに取り入れるというのは、現在のところ案外難しいことなのかもしれません。
生成AIの導入を成功させるには、トップダウン型とボトムアップ型の2通りの進め方があります。トップダウン型の方が短期間で導入できるのですが、現場を上手に巻き込めないと頓挫する危険性が高まります。最初は現場の工夫をうまく吸い上げ、それをきちんと社内に横展開するための仕組みを築くことが大事だと思います。
――工夫しつつ生成AIを使いこなす人が10%しかいないとしたら、残りの90%に対してどのようにアプローチすべきですか。
生成AIを使うと業務が楽になるとリアルに感じてもらうことが、何より大事です。従業員に成功体験を積ませ、その事例を地道に社内共有することが、遠回りに見えて近道なのではないでしょうか。
――これまでの話を踏まえたうえで、マネジャーの役割や仕事はどのように変わりそうですか。
人のマネジャーと生成AIのマネジャーが並立するような状況が訪れるかもしれません。
実は私、生成AIを部下ではなく、上司として扱う方がいいと感じています。生成AIにあれこれ依頼するより、上司や先輩に聞きづらいことや次に取りかかるべき課題を聞いたり、自分のメンタルケアに活用したりする方が向いていると思うのです。
しかし、生成AIがこうした役割を果たしても人間のマネジャーは不要にはならないと思います。もし、部下が人に相談したいと思ったらマネジャーのもとに行けばいいし、生成AIに相談を希望するならそうすればいい。相談相手の選択肢が増えることは、部下にとってはプラスです。また、上司と部下が1on1をするとき、生成AIに入ってもらうことも可能でしょう。「生成AIはこう言っているけれど、君はどう思う?」などと三者面談的に使うのは、とても面白い活用法です。
会社の方向性を示し、心を動かすのはこれからも人の仕事
――人のマネジャーと生成AIのマネジャーが並立するとしても、人のマネジャーの役割はあまり変わらないということでしょうか。
マネジメントの重要な役割として、その会社の存在意義や存在価値を考え、ビジョンやミッションを作ることがあるでしょう。そこはこれからも人の役割だと思います。生成AIにも、市場ニーズや経営環境を分析してビジネスモデルを考えることや、そこにあたかも意思を持っているように見せることができるようになるかもしれませんが、会社や組織の方向性を考えて、それをメンバーに伝えていき、心を動かしていくことは人にしかできないと思います。
生成AIがやろうと提案してきたことと、意思を持った特定の誰かがやろうといったことのうち、どちらがやりたいかと問われたら後者だと思います。私たちは、生身の画家が描いた絵だから感動するし、好きなアーティストが歌っている曲だから心を動かされます。同様に、人を動かすビジョンやミッションも、人が考える方がいいと思うのです。
評価という領域についても、マネジャーのやるべきポイントは変わらないと思います。ミッションに基づいた評価を下し、言語化して部下に伝える役割は、今後も求められるでしょう。
一方、業務のマネジメントについては、生成AIがとって代わる部分が大きいと見ています。労働人口自体が少なくなっていますし、生き残るために組織の生産性を上げなければならない環境では、人を増やすというより、半分はAI社員、という感じになっていくのではないか、とも感じています。
また、合理的に判断すればよいところなど、AIによる意思決定でも差しさわりない部分も見えてくると思います。これまでは課長や部長を通じて稟議を上げていたのが、今後は社長の決裁のみで済む、などの変化が表れるかもしれません。
――たくさんのクライアントと日々対峙している中で感じている可能性についてお話しくださってありがとうございました。
株式会社ギブリー 取締役
オペレーションDX部門管掌
2006年中央大学在学中に起業し、広告・採用支援事業を展開。2009年株式会社ギブリー設立、取締役就任。創業以降の連続した事業創出を牽引し、規模拡大に伴う人材採用・組織編成を推進した。現在はオペレーションDX部門を統括、ChatGPT活用プラットフォーム「MANA|法人GAI」の開発・事業化ほか、企業の生成AI活用の第一線に立ち生成AI戦略支援を数多く手掛ける。
聞き手・編集:武藤久美子、石原直子
執筆:白谷輝英
武藤 久美子
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント(現職)。2005年同社に入社し、組織・人事のコンサルタントとしてこれまで150社以上を担当。「個と組織を生かす」風土・しくみづくりを手掛ける。専門領域は、働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョン、評価・報酬制度、組織開発、小売・サービス業の人材の活躍など。働き方改革やリモートワークなどのコンサルティングにおいて、クライアントの業界の先進事例をつくりだしている。2022年よりリクルートワークス研究所に参画。早稲田大学大学院修了(経営学)。社会保険労務士。