生成AIはマネジャーの役割を変えるのか

2024年09月27日

組織は戦略に従うのか、組織は生成AIに従うのか

生成AIの存在が、AIの専門家ではない一般のビジネスパーソンにも知られるようになって、約2年経った。毎週のように生成AIを用いた新しい商品・サービスが発表されている。書店には、Chat GPTなどの対話型の生成AIの使い方を教える書籍など、生成AI関連の本がたくさん並んでいるし、メディアやプレスリリースでは、生成AIを活用して業務効率化を図ったり、新たなアイデアを形にしたりする企業の事例が連日取り上げられている。この現状を捉えて、生成AIは産業革命級の変化だという声や、日本経済を回復させる千載一遇の機会だという人も現れている。

組織人事やマネジメントの在り方・やり方は、ビジネスモデルや業務プロセス、仕事の進め方など、事業の影響を受ける。生成AIが産業革命級の変化であるならば、それに呼応して組織人事やマネジメントも変化するはずだ。

しかし、マネジメントがそんなに変化するだろうかという反論もすぐに浮かんでくる。

これまでにも、IT革命やDXなど、技術の進化が事業を変えてきたし、人々のコミュニケーションの手法も手紙や電話からメール、さらにはチャットというように変化してきた。しかし、こと組織の在り方はどうか、という点に関しては、たとえば、一定規模以上の多くの企業は長らく官僚型組織を維持しているし、マネジャー一人あたりのメンバーの人数にもあまり変化がないようである。

また、個々人が技術の進化を受け入れて適応するスピードは、技術の変化のスピードと比べると概して遅い。リクルートワークス研究所が約1万人を対象に行った調査(以下、「ワークス1万人調査」)※1の結果では、2023年10月時点では日常的に生成AIを用いて文書作成、翻訳、画像生成、プログラミングなどで活用している就業者はわずか8%であった※2。調査から1年近く経過しているので、活用者の割合は増えているだろうが、皆が活用しているという状況ではないといえるであろう。

マネジャーに注目した理由 

①メンバーの直接マネジメントを行う組織長という位置づけ

生成AIには非常に大きな可能性があるといわれているのに、企業はそれを本当に実感し、その変化に備えているといえるのだろうか。そこで今回、リクルートワークス研究所では、「生成AIが変えるマネジメント」というテーマで研究することとした。中でも「生成AIはマネジャーの役割や業務を変えるのか」を最初に取り扱う。まずマネジャーについて取り上げる理由は3点ある。

1点目は、生成AIの組織人事やマネジメントへの影響を考えるうえで、課やグループといった組織図上の最小単位であり、直接マネジメントを担うマネジャーを扱うことで見えてくることが多いと考えたからである。マネジャーは、業務改革やメンバーとの日常的なコミュニケーションに直接携わっている(直接マネジメント)。そこで、マネジャーの役割変化を追えば、生成AIの存在によって、今後重要性が増すこと、不要となること、さらに新たに生まれるものがビビッドに見えてくると考える。

情報収集など、マネジャーがメンバーを通じて実施していたことを、マネジャー自身ができるようになっていく。メンバー自身が生成AIによってできることが増えたり効率化したりすることによって感じる、物理的・心理的変化もあるだろう。加えて、生成AIが業務プロセスや仕事の進め方を変えれば、チームのつくり方も変わるかもしれない。たくさんの人で業務を分担せずとも、生成AIを相棒にすれば多くのことが一人でできるようになる可能性もある。生成AIの活用や、それに伴う事業側の変化が、マネジャーやメンバーの仕事の進め方や意識を変え、チームの在り方も変えていくのであれば、マネジャーの役割や業務もそれに呼応して変化していくことは想像に難くない。

②マネジャーのなり手がいない状況

2点目は、マネジャーになりたくない就業者が多いという事実を重く見ているからである。昨今の働き方改革で、管理職層でない層は働きやすくなっている。しかしその実、業務改革が行われないまま、単にメンバーが行ってきた業務をマネジャーに移しただけのケースも見られる。1on1ミーティングや、コンプライアンス対応など、マネジャーのなすべき業務自体も増えている。以前ほどではないかもしれないが、いつでも・どこでも・なんでもするのがマネジャーの仕事だと思われている節もある。

女性活躍推進の文脈においても、マネジャーのなり手がいないという話はよく聞かれている。多くの企業で、女性社員を管理職に登用する取り組みが行われているが、管理職になる手前で、活躍できる居場所と良好な人間関係の中で働きやすさを実感している人にとって、その状況を手放して管理職になるメリットはあまりないと思われているというのだ。

加えて、ジョブ型採用を取り入れる企業が増えてきたことを背景に、専門性を身につけて、スペシャリストやプロフェッショナルとしてビジネスキャリアを進めたいという志向の人も増えている。

こうしたマネジャーのなり手がいない状況が、生成AIによる業務の効率化や進化とあいまって、マネジャーの必要人数を減らしていく方向に働く可能性は十分に考えられる。

一方で、マネジャーは、本来醍醐味ややりがいがある仕事であろう。実際、「メンバー時代よりも自分でコントロールできる範囲が増えて、仕事が面白くなった」「メンバーの成長を支援して、組織として成果をあげていくことにやりがいを感じる」というマネジャーはいる。生成AIの力を借りれば、マネジャーは、業務負荷を軽減し、より仕事の成果やメンバーとの豊かな関係を生み出せる役割や業務に注力できるかもしれない。そうなればマネジャーの役割や業務の中身が変わるだけで、マネジャーの必要人数は今とあまり変わらない可能性もある。いずれにせよ、マネジャーそのものの人数はどうなりそうかは、本研究の関心の1つである。

③新しいマネジャー研究の必要性

3点目は、マネジャー研究は前世紀のものをベースとしているということである。古くはファヨール※3からミンツバーグ※4の「マネジャーの役割」、PM理論※5など、今でも用いられるマネジャー研究は、20世紀初頭から後半のものである。もちろん、これらが本質的なことを示唆しているからこそ、現代でも通用していることは事実だ。しかし、現代のデジタル時代には、新しいマネジャー像、新しいマネジャー理論があってもしかるべきだと考える。本研究プロジェクトにおいては、生成AI時代は、マネジャーの役割や業務は変わるのではないか、という視点で現状と未来を見つけたい。

なお、生成AIと一口にいっても、人々が想像することはさまざまである。文書生成を想像する人もいれば、画像生成を想像する人もいる。活用方法一つ取っても、自覚的に生成AIを使っている場合もあれば、生成AIが使われていることを意識せずにツールやサービスを利用している場合もある。それらのすべてが何らかの形で組織人事やマネジメントに影響をもたらす可能性があるので、本研究では扱う「生成AI」を限定しない。

今後、本研究プロジェクトでは、生成AI関連事業者へのヒアリングをスタートする。生成AI関連事業者は、その名の通り、生成AIの技術・力が、何らかの経営課題や事業、組織人事課題を解決できると見込んでいるからこそ、生成AIをいち早く取り入れて事業を展開しているはずだ。生成AIの可能性を広く、深く見ている人々が、何を思い、組織人事やマネジャーに与える変化をどのように捉えているかをじっくり聞いてみたい。

※1「ワークス1万人調査」調査概要 調査目的:キャリア選択に伴う意思決定、仕事観の多様性について、就業経験のある個人(有効回答数10000人)を対象にその実態把握を目的とした調査。調査時期は2023年9~10月。調査対象者のサンプリングにあたり現在の就業状況4セル(正規社員、非正規社員、その他の就業者、非就業者)×20~69歳男女・年代10セルで割付を行った。
※2 リクルートワークス研究所「今から触っても遅くない ~生成AIの「今」の活用状況とその特徴の調査を通じて~」
※3 アンリ・ファヨール(1985)『産業ならびに一般の管理』山本安次郎訳、ダイヤモンド社
※4 ヘンリー・ミンツバーグ(1993)『マネジャーの仕事』奥村哲史・須貝栄訳、白桃書房
※5 三隅二不二(1978)『リーダーシップ行動の科学』有斐閣

武藤 久美子

株式会社リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント(現職)。2005年同社に入社し、組織・人事のコンサルタントとしてこれまで150社以上を担当。「個と組織を生かす」風土・しくみづくりを手掛ける。専門領域は、働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョン、評価・報酬制度、組織開発、小売・サービス業の人材の活躍など。働き方改革やリモートワークなどのコンサルティングにおいて、クライアントの業界の先進事例をつくりだしている。2022年よりリクルートワークス研究所に参画。早稲田大学大学院修了(経営学)。社会保険労務士。