加速するイノベーションと求められる人との触れ合い

2022年12月07日

毎年秋に開催される、ギグエコノミーの最新トレンドと今後の動向を紹介するCollaboration in the Gig Economy。2022年は9月21日、22日の2日間、テキサス州ダラスの会場とストリーミング配信のハイブリッドで行われた。
本コラムでは、同時進行セッションで興味深かった内容と、シャークタンクの模様を取り上げる。

変化する働き方と新たな課題

リモートワークはワーカーに働く場所と時間の柔軟性を与える非常に便利な働き方である。しかし、マイナスな側面が少なくないこともわかってきている。たとえば、企業文化の維持が難しいこと、ワーカーのエンゲージメントが低くなること、共に支え合って働くという一体感が薄れること、などである。最近、問題になっている「静かな退職」も、エンゲージメントの欠如の表れだと考えられる。初日の同時進行セッションの1つ、「新しいリモート&ハイブリッド・ノーマル」では、リモートワークやハイブリッドという働き方によって生まれた新たな課題について議論が進んだ。

「新しいリモート&ハイブリッド・ノーマル」のパネルディスカッションの模様「新しいリモート&ハイブリッド・ノーマル」のパネルディスカッションの模様
写真左から、モデレーターのJohn Schroeder氏(SIA)、パネリストのTyler Hagood氏(Southwest Airlines)、Vidhya Srinivasan氏(Magnit)、Scott Stenclik氏(Aleron)

ここに挙げた問題点はいずれも、コミュニケーションや人と人との触れ合いが限られることで起こっていると言えるだろう。パネルディスカッションではSIAのJohn Schroeder氏がモデレータを務め、パネリストのSouthwest Airlines、Magnit、Aleronの3社が、新しい働き方がもたらす不都合にどのように対応しているかを話し合った。

企業文化の維持についてSouthwest AirlinesのTyler Hagood氏は、同社は約60年前の創業以来、感謝(appreciation)、表彰(recognition)、お祝い(celebration)の3点を柱にすることで企業文化の共有と維持に努めていて、そのために、全社員を対象に定期的にアンケート調査を行い、彼らの声に耳を傾けるようにしていると話した。また、社員がリモートであっても一体感や帰属感を保てるよう、記念日を共に祝うことを実施しているという。社員へのアンケート調査はVMSやMSPを手掛けるMagnitでも行っている。同社では、Monthly Winner(月間優秀社員)を表彰して、社員のモチベーションを高めるようにしているが、それによって社員のエンゲージメントが向上し、ポジティブな文化が形成されていると、同社のVidhya Srinivasan氏は言う。労働力コンサルティングやエグゼクティブサーチを事業とするAleronも、アンケート調査の実施をし、社員の考えを聞いて要望に応えることでエンゲージメントの維持を図っている。

「ヒューマンタッチ」はこれからも重要

ここ数年、ギグエコノミーのコンファレンスで毎回議論になる話題の1つは、デジタルトランスフォーメーションである。人材派遣業界においても、デジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組む企業は多く、これまで候補者と密接つながりを保つことが求められていたリクルーターの役割は徐々に変化しつつある。テクノロジーの導入によってリクルーターの事務作業にかかる時間は短縮されたが、テクノロジーの利用にはある程度の教育訓練が必要であり、どの企業もリクルーターが効率的かつ効果的な訓練を負担に感じることなく、楽しく受けられるよう工夫しているようである。

モデレーターをSIAのUrsula Williams氏が務め、Adecco、Randstad、 IDRといった大手人材派遣会社のトップたちがパネリストとして参加した、同時進行セッション「未来の派遣会社を構築する」では、このテーマについて活発な議論が交わされた。大手人材派遣会社IDRのAshley Holahan氏は、教育訓練はリクルーターとの信頼関係を築くためにも不可欠だと述べた。また、デジタル化が進み、接続性が高まったことで、パンデミック下においても教育訓練をスムーズに実施することができたとAdeccoのJonathan Stokoe氏は強調した。

デジタルトランスフォーメーションが進むことで「ヒューマンタッチ」(人との触れ合い)は必要でなくなるのか、という議題でもディスカッションが白熱した。セッション「未来の派遣会社を構築する」では、これからも「ヒューマンタッチ」はなくならないということでパネリストの意見が一致した。AI化が進み、人間同士の触れ合いなしにほとんどの作業ができるようになったとしても、コミュニケーションをゼロにすることは不可能であり、逆にあらゆる側面で円滑なコミュニケーションを保つことがワーカーにとっても会社にとっても重要である。なぜなら、コミュニケーションはワーカーのエンゲージメントや帰属感の維持、企業文化の継承などに大きな影響を与えるからである。派遣会社のトップたちは、AIとヒューマンタッチをいかに共存させていくかが今後の課題になると考えている。

「未来の派遣会社を構築する」のパネルディスカッションの模様「未来の派遣会社を構築する」のパネルディスカッションの模様
写真左からモデレーターのUrsula Williams氏(SIA)、パネリストのAshley Holahan氏(IDR)、Alan Stukalsky氏(Randstad)、Jonathan Stokoe氏(Adecco)

イノベーションが競い合うギグエコノミー・シャークタンク

Collaboration in the Gig Economyで好評のコンペティション、「シャークタンク」が開催された。今年は史上最多の30社が応募し、そこからイノベーションのレベルや市場潜在性を考慮して選ばれたファイナリスト5社が当日のプレゼンテーションに挑戦した。ファイナリストはそれぞれ5分の制限時間で自社製品をアピールし、審査員の質問に答える。全ファイナリストの発表が終わった後、4人の審査員が優勝を決める。また、会場の聴衆も発表の内容と製品の出来栄えなどを比較して、どの会社が優秀だったかを投票し、最も多くの票を集めたファイナリストは「聴衆のお気に入り賞」を獲得する。ファイナリストは次の5社であった。

① Ascen
② eTeki
③ Gigged.AI
④ Shiftfillers
⑤ ThisWay® Global

「シャークタンク」の審査員

以下、プレゼンテーションの内容を簡単に紹介する。

① Ascen

Ascen CEO Francis Larson氏2018年創業のEOR(Employer of Record、雇用代行)。同社は、モダンバージョンのEORで、コンプライアンスから、ペイロール、タイムカード管理まで一切を請け負う。また、ホワイトラベル仕様のプラットフォームとRest APIをクライアント企業に提供する。企業はペイロール、資金繰り、コンプライアンスを自由に設定するだけで、あとはAscenに任せて事業に専念できる。近年は14カ月連続で65%成長。2022年の投資総額は1億ドルに達する見込み。

② eTeki

eTeki 副社長のAmanda Cole氏とCEO Hans Bukow氏2014年創業の面接プラットフォーム。イノベーティブな面接プラットフォームを提供し、面接過程にかかる時間を半分に短縮する。IT採用チーム向けのコーチングを行い、技術面接官の養成・認証も行う。現在、110カ国で面接を実施。2022年の収益は100万ドル弱。2023年はベンチャーキャピタルの投資を予定しており、収益は250万ドルとなる見込み。顧客数は100社以上。

③ Gigged.AI

Gigged. AI CEOのRich Wilson氏2021年創業のオープンタレントマーケットプレース。本社はスコットランド。最新のAIを使って、企業ニーズに合った人材を素早く見つける。フリーランサーのコミュニティ・ポータルで、メンタリングなども行う。2023年には履歴書に代わるGigChain IDを提供開始予定。2022年の市場価値は100万ドル以上、利用者数は1万人を超える。

④ Shiftfillers

Shiftfillers 社長のRoderick Smyth氏とCOOのKaren Febus氏2020年創業の軽工業を対象とする派遣会社。顧客企業はMSPや大企業。特徴はデータを重視した効率的な派遣、データを使ったオートメーション戦略による分析を繰り返して、コンプライアンスを重視する。候補者の応募書類を整理するのにかかる時間はわずか1.3時間、仕事をスタートするまでに要する時間は2~3日、求人広告にかかる費用は21ドル、充足率は97%。

⑤ ThisWay® Global

ThisWay® CEOのAngela Hood氏2015年創業。多様性とワークライフバランスを重視したソーシングを実施。IBM Watson Orchestrate とパートナーシップを組み、オートメーションを実行。現在、8,500名のタレントパートナーと、1億6,900万人の候補者データ(LinkedIn以外)を保有する。
ホワイトラベル仕様のプラットフォームを5,000社以上に提供。
同社を利用することで、通常なら30時間かかる作業を3分で終え、収益を38%アップできるというのがセールスポイント。

審査員は10分程度の審査を行い、Ascenの優勝を決定した。審査員は、AscenについてEORの新しい可能性を感じ、グローバルに活躍できる要素が多い点が優勝につながったとコメントした。それと同時に「聴衆のお気に入り賞」の得票結果が公開された。聴衆が選ぶ「聴衆のお気に入り賞」は、34%の票を集めたThisWay® Globalが獲得した。

図表1 「聴衆のお気に入り賞」の投票結果

図表1 「聴衆のお気に入り賞」の投票結果

司会のBrian Wallins氏(SIA)と優勝を喜ぶAscenのFrancis Larson氏  司会のBrian Wallins氏(SIA)と優勝を喜ぶAscenのFrancis Larson氏

今年のギグエコノミー・シャークタンクは、レベルの高い戦いだった。何より、ファイナリストのプレゼンテーションレベルがこれまでよりも数段上がっていたことに驚いた。たとえば、スコットランドから参戦した Gigged.AIのRich Wilson氏は、民族衣装のキルトを着て登場し、聴衆の目を惹きつけたが、似たり寄ったりのプレゼンテーションが続く際には、このような方法で視覚に訴えるのも効果的かもしれない。しかし、今年のファイナリストのなかでは、優勝したAscenと「聴衆のお気に入り賞」のThisWay® Globalのプレゼンテーションが、秀逸であった。5分という短い時間で、スライドをうまく使い的確でわかりやすい説明がなされていた。いずれの受賞も筆者が予想した通りであった。

最後にギグエコノミー・シャークタンクのファイナリスト、審査委員、司会の面々で記念写真最後にギグエコノミー・シャークタンクのファイナリスト、審査委員、司会の面々で記念写真

TEXT=Keiko Kayla Oka

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