スキルテクノロジーが解決するHRの課題~Josh Bersin氏が語る最新の組織モデル~
後編では、Josh Bersin氏の講演からスキルテクノロジー(Skills Tech)に焦点を当てる。スキルテクノロジーは欧米のHRテクノロジー業界で注目を集めており、採用、ラーニング、要員計画、報酬などの分野で、スキルやコンピテンシーの分類、可視化、スキルギャップ分析などの機能を提供している。従来、HRや管理職は肩書や職種、それらに準じた経験を基に人事の意思決定を行っていたが、現在は従業員のスキルや知識、能力を基に意思決定を行う「スキルベース組織」への転換が進んでいる。Bersin氏は、複雑化するスキルテクノロジーの市場を整理し、組織の課題に応じて適切なテクノロジーを選定することが重要だと強調した。
スキル可視化の目的を明確にすることが鍵
Bersin氏は、スキルテクノロジー市場での企業の混乱を解消するためには、テクノロジーを利用する目的を明確にすることが重要だと述べた。「多くの企業のHRがスキルタクソノミー(スキル分類法)の構築や購入に時間と労力を費やしているが、それが問題解決に直結していないことが多い。スキルの管理はシンプルで実用的なものにするべきだ」と指摘した。
また、社内のスキルを網羅した一貫性のあるデータベースを作りたいと考える企業が多いが、Bersin氏はその実現可能性と必要性に疑問を呈している。スキルベース組織への転換は目的ではなく、組織の課題解決のための手段であり、特に下記の3つの課題に対して、スキルテクノロジーが有効だと述べた。
- パフォーマンス改善 … スキル不足が原因で業績が低迷している部門に対して従業員をアップスキリングし、成果を向上させる。
- スキルギャップの解消 … 新しい事業分野に進出する際に必要なスキルを特定し、従業員のリスキリングや新規採用を通じてギャップを埋める。
- トランスフォーメーション … 企業買収や新規事業への進出に伴う組織再編で、既存の人材のスキルを把握し、適切に再配置する。
それぞれの課題に応じた領域のスキルテクノロジーを活用することで、より柔軟で効率的な組織運営が可能となる。またBersin氏は、企業の事業領域に精通しているスキルテクノロジーを選定することの重要性にも言及した。
職務(ジョブ)ベースからスキルベースへの転換
Bersin氏は、従来のHRシステムが「ジョブ」という概念に依存していることが、多くの企業にとって制約となっていると指摘した。日本で「ジョブ型雇用」と呼称されるこのシステムでは、従業員は定義された役割に基づいて配置され、その枠内で業務を行い、昇進や異動が行われてきた。しかし、技術の進化や働き方の多様化により、この固定的な枠組みは人材の流動性を妨げる要因となっている。
Bersin氏は、組織のフラット化が進み、従業員が部署を超えて複数のプロジェクトに参加することが増えたと述べた。HRと管理職が既存の部署やジョブにとらわれず、個人のスキルセットを基に人材管理を行うことで、より効率的かつ効果的に人材を活用できるという。「人はそれぞれ独自のスキルを持っており、ジョブディスクリプションに縛られるべきではない」とBersin氏は強調する。スキルベースの組織に移行することで、下記のようなメリットが得られるという。
- キャリアパスの多様化 … 従業員が持つスキルを生かして新しい分野に挑戦でき、エンゲージメントが向上する。
- 社内の流動性の向上 … 適した組織に従業員を迅速に再配置できる。
- イノベーションの促進 … 異なるスキルを持つ従業員が協力し、新しいアイデアが生まれる。
Bersin氏は、スキルベース組織を実現するために「タレントマーケットプレイス」ツールの重要性を強調した。このツールは、従業員のスキルデータを活用して、適切なプロジェクトやキャリア機会とマッチングするものである。GloatやFuel50、eightfold.aiなどが代表的なベンダーで、従業員と企業のニーズをつなぎ、ジョブ中心の管理モデルを変革している。多くの企業のCHROもこのツールの導入に関心を持っているという。
まとめ:スキルを基盤にしたHRの未来
Bersin氏の講演は、スキルテクノロジーがHRにとって単なるツールではなく、変革の推進力となることを示した。ジョブベースからスキルベースの組織への転換は、従業員一人ひとりの才能を最大限に生かし、企業全体の競争力を高める鍵となる。HRテクノロジーの導入責任者は、まず人材に関する課題を明確にし、目的に応じてスキルテクノロジーを選定することが重要である。たとえば、パフォーマンス改善を目指す場合はアップスキリングの支援機能が充実したツールを、スキルギャップを解消したい場合はリスキリングに対応したシステムを選ぶとよい。また、ツール導入後は、従業員がその価値を理解し使いこなせるよう、教育やサポート体制を整えることも欠かせない。HRは、適したスキルテクノロジーを活用して、従業員と組織の可能性を広げることが求められている。
(※1)Systemic HR: What's It Mean for HR Leaders? : https://www.visier.com/blog/systemic-hr-functions/
TEXT=石川ルチア