ギグエコノミー パンデミックからの回復と今後の懸念
毎年秋に開催される、ギグエコノミーの最新トレンドと今後の動向を紹介するCollaboration in the Gig Economy。2022年は9月21日、22日の2日間、テキサス州ダラスの会場とストリーミング配信のハイブリッドで行われた。スタッフィング・インダストリー・アナリスト(Staffing Industry Analysts、以下、SIA) が主催する同コンファレンスのテーマは、「テック、タレント、サプライヤーが融合するところ」。セッション数は23、スポンサー数は38社で、参加者数はこれまでで最多の880名だった。
コンファレンスは、SIA社長Barry Asin氏とリサーチディレクターBrian Wallins氏のオープニングスピーチで始まり、ギグエコノミーの代表的企業のトップによるパネルディスカッションや、「新しい仕事の世界をリードする」「ギグエコノミーの重要課題」「スタッフィング&タレント・プラットフォーム・テクノロジー」の3つをテーマにした同時進行セッション、11社のサプライヤーが製品をスピーディに紹介するセッション、そして恒例のコンペティション「ギグエコノミー・シャークタンク」といった、多種多様なアジェンダに従って進められた。
オープニングスピーチでは、ギグエコノミーのトレンド35項目が紹介されたが、ここでは特に注目すべき内容をいくつか取り上げる。
ギグエコノミーは過去最高の売上高を記録
世界のギグエコノミーの売上高は過去最高となる5兆ドル超を記録した。それと同時に、米国内では労働市場に占めるコンティンジェント労働力のシェアが拡大している。2009年にはわずか12%にすぎなかったシェアが、2022年には21%にまで増え、さらに2032年には28%にまで拡大すると予測されている(図表1)。
図表1 米国におけるコンティンジェント労働力のシェア
米国の人材派遣市場も2022年の売上高(推定)が1,880億ドル超と堅調だが、分野別にみると医療の勢いが2020年以降止まらない。2022年の売上高は医療が551億ドルと最も多く、以下、417億ドルのIT、402億ドルの工業と続く(図表2)。この上位3分野が米国人材派遣売上高の4分の3近くを占めている。
図表2 2022年米国人材派遣の売上高
昨今の特徴としては、ギグエコノミーにおけるAIの利用があげられる。人材派遣会社のフロントオフィスシステムでは57%が既にAIを利用しているか、近い将来に利用を予定しているという。また、リモート対応で面接用プラットフォームを導入する会社が増えており、ビデオ面接自動化プラットフォームを利用する人材派遣会社は2017年には25%だったが、2021年には36%にまで増えている。さらに、Asin氏は最近の人材派遣会社のなかには、派遣の業務が終了する前に派遣社員に賃金を支払う企業や派遣社員への融資を積極的に行う企業が出てきており、人材派遣会社のFinTech化が進んでいると言及した。
すべてがプラットフォーム化される
フリーランサーのマーケットプレースであるUpworkやFiverrに代表されるタレントプラットフォームの業績も非常に好調である。世界のBtoBプラットフォームの総売上高は、2019年以降右肩上がりで、パンデミック下においてステイホームを余儀なくされた人たちが在宅の仕事を探す手段として利用したため、業績が上がったという側面がある。
タレントプラットフォームの特徴は、そのプレーヤーが少なく、少数の企業が市場を支配している点にある。図表3が示すように、上位5社が総売上高の市場シェアの50%を占めている。
図表3 総売上高によるタレントプラットフォームの市場シェア(2021年)
Asin氏によると、派遣会社でもプラットフォームを導入している企業が増えている。特に医療の分野では、プラットフォーム化が進んでおり、それが医療派遣の好業績を支えているという。2021年の医療分野の売上高をみると、プラットフォームを導入していない従来のモデルでは、前年比61%アップであったのに対して、プラットフォームを導入しているモデルは前年比317%アップであった。パンデミック下において、プラットフォームを利用してトラベルナースの配置を大量かつ迅速に行えたことがこの差に表れているようである。過去に類を見ない大量のオーダーを従来の方式で賄うのは困難だったといえる。
また、プラットフォーム化は他の専門派遣の分野にも影響を与えている。これまで、プラットフォームは、スキルが一定で対象を絞りやすい工業派遣や医療派遣には向いているが、高度で複雑なスキルを取り扱うIT派遣などには向いていないといわれていたが、最近になってプラットフォームを導入したIT派遣会社が出てきており、今後はさらに広がっていくと予想される。
働き方はますます柔軟に、人材はますます多様に
パンデミックが人の働き方に与えた影響は大きい。米国ではリモートワークが定着し、派遣社員のリモートワークも珍しくなくなった。大量自主退職や大量リタイアメントによって労働力不足に拍車がかかっているが、移民の受け入れ、女性や高齢者の労働力参加または復帰、生産性向上といった従来の解決策があまり期待できない以上、ワーカーが求める働く時間や場所の柔軟性を提供することは、企業が必要な人材を獲得するうえでのマスト事項になっている。
もう1つの潮流は、DE&I(Diversity, Equity and Inclusion)である。Asin氏によると、米国企業の59%は既に「候補者のダイバーシティを奨励するプログラム」を導入しており、36%は「今後2年以内に導入する予定」だという。また、コンティンジェント労働力をダイバーシティ目標に含めるプログラム」を導入している企業は35%、今後2年以内に導入する予定の企業は52%、さらに「サプライヤーのダイバーシティに関するプログラム」を導入している企業も69%である(図表4)。ダイバーシティの裾野は確実に拡大しつつある。
図表4 企業のDE&I労働力戦略(2022年)
パンデミックから回復するも、懸念材料は山積
米国はパンデミックから復活したようにみえる。パンデミック初期の2020年4月に14.7%にまで悪化した失業率は、2022年10月時点で3.5%にまで改善し、雇用は順調に伸びている(米国労働統計局雇用統計)。しかし、米国内と世界の状況をみると、懸念材料は多い。
長期化するロシアによるウクライナ侵攻をはじめとする不穏な地政学的環境、インフレーション率8%超という急激な物価高と世界通貨不安、新たな変異株の出現が続き、依然として予断を許さない新型コロナウイルス感染症。さらに労働市場に目を向けると、大量自主退職や静かな退職(※1)を含む人材危機など、Asin氏は「クレージーな時代に私たちは生きている」と言ったが、まさにその通りである。近い将来の経済と雇用の先行きはけっして明るくない。
その一方で、驚くほどのスピードで開発された新型コロナウイルスワクチン、日進月歩のテクノロジーと、それを活かしたデジタルトランスフォーメーションなど、危機を乗り切るための技術と英知が溢れていることも忘れてはならない。つまり、私たちが変えられない部分は多いが、変えられる部分もあり、一人ひとりが良い方向に変化を起こそうとリーダーシップを発揮するところに希望が生まれる。オープニングスピーチは、そのような楽観的視点で締めくくられた。
(※1)必要最低限の仕事のみを行う熱意の低い働き方のこと
TEXT=Keiko Kayla Oka (客員研究員)