パンデミック下で医療専門職の派遣事業が大躍進

2021年06月16日

2021年3月9日から11日にかけて、Staffing Industry Analysts(SIA) 主催のExecutive Forum North America が開催された。今回も昨年と同様、バーチャルでの開催となった。スポンサーは35社、セッション数は約100で、いずれも昨年より大幅に増加し、充実した内容になっていた。

セッションは基調講演、基調パネルに加えて、同時進行セッション、テーマごとの座談会などが多数準備されていた。同時進行セッションは「セグメント&セクター・トラック」「機会&挑戦トラック」「リーダーシップ・トラック」に加えて、「考えを実行に移す」という業界のリーダーへのインタビュー形式のセッションが2種類あり、合計5つのセッションが各時間帯に同時進行で進められる形であった。また、最終日には、中小規模スタッフィング会社向けとスタッフィング・テクノロジー向けの「ディープダイブ(深く掘り下げた)」セッションがあった。
米国では、一部の地域では依然として多数の新型コロナウイルスの新規感染者が出ているものの、全体的にはワクチン接種が進み、パンデミックは沈静化しつつあるようにみえる(図1)。そのせいか、今回のコンファレンスは、昨年と比較して、明るくポジティブな雰囲気であった。

前編では、SIAのAsin社長の基調講演などから、スタッフィング業界の現況と、パンデミック下のリモートワークについて報告する。

図1 米国の新型コロナウイルス感染症新規感染者数(2021年4月27日現在)米国の新型コロナウイルス感染症新規感染者数(2021年4月27日現在) 出所:New York Times, as of May 29, 2021
https://www.nytimes.com/interactive/2021/us/covid-cases.html

スタッフィング業界は順調に回復、医療派遣の躍進目立つ

Barry Asin SIA社長Barry Asin SIA社長

SIAのBarry Asin社長は、オープニング基調講演で、人材派遣業は昨年のパンデミック時の落ち込みからV字回復を遂げ、スタッフィング業界全体も2021年はプラス成長が期待できると話した(図2)。人材派遣業のなかで特に好調だったのは、医療専門職やトラベルナースの派遣だった。パンデミックで医療が逼迫するなか、医療現場に多くの医療専門職や看護師を派遣するニーズが高まり、この分野に特化した派遣会社が大躍進した。

図2 V字回復を遂げた人材派遣業V字回復を遂げた人材派遣業出所:米国労働統計局およびStaffing Industry Analysts
2日目の基調パネル「新しい世界のリーダーシップ」に登壇したAya Healthcareは2001年に南カリフォルニアで創業した医療派遣会社だが、パンデミック下で記録的に業績を伸ばしている。2019年に6億ドルだった収益は、2020年に15億ドルと大幅にアップした。同社のパンデミック当初の派遣稼働者数は5000人弱だったが、2021年3月には2万人前後にまで増えている。特にトラベルナースの派遣が桁違いのレベルで増加した。同社で取り扱っている職種で最も需要があるのがトラベルナースだが、非常勤医師の派遣も増えているという。2021年は全米各地で新型コロナウイルスのワクチン接種が行われているため、接種会場への看護師や非常勤医師の派遣オーダーが多いと、同社CEO兼創業者のAlan Braynin氏は話す。

基調パネル「新しい世界のリーダーシップ」筆者によるスクリーンショット

リモートワークの実態

Asin社長のオープニング基調講演をはじめ、いくつかのセッションでリモートワークについての議論が白熱した。米国では、パンデミックへの対応で、リモートワークへの移行が大きく進んだという印象が強いが、全般的にこの移行は好意的に捉えられているようだ。Asin社長はスピーチでPwCの調査結果を引用して、企業の83%、労働者の71%がリモートワークは成功だったと評価していると述べた(図3)。また、いわゆる正社員だけでなく、派遣労働者も約50%がリモートでの就労となったことを明らかにし、就労形態にかかわらずリモート対応が可能であると述べた。各企業がどのようにリモートワークに対応したかといった点については、初日の同時進行セッション「リモートワークの世界のリーダーシップ」で興味深い話が聞けた。

図3 COVID-19によってリモートワークへ移行したことをどう評価するかリモートワークは大成功だった出所:PwC’s US Remote Work Survey January 12, 2021
https://www.pwc.com/us/en/library/covid-19/us-remote-work-survey.html

このセッションは、フリーランス・プラットフォーム大手のUpwork上席副社長をはじめとするスタッフィング業界の異なった事業者が登壇して、自社のリモートワーク体験談を披露した。

Upworkでは創業以来、積極的にリモートワークの導入を進めてきていたため、パンデミック時の対応でも大きな混乱なくリモートワークを拡大することができたと話した。一方、医療派遣会社のHealth Carouselは、パンデミック以前はほぼ100%の社員が伝統的な働き方だったため、そこからリモートワークへの移行は難航したと話す。同社は、医療機関が正規社員以外の人員が必要になったときに臨時のスタッフを派遣することを主としているため、全米の医療機関が非常事態になった2020年は非常に忙しい年となったが、その対応を不慣れな働き方であるリモートワークで行わなければならず、当初は戸惑いや苦労が多かった。しかし、複数のデジタルプラットフォームを利用して何とか乗り切ることができたという。リモートワークへ切り替えてから約1年が経過した現在は、パンデミックのおかげで思いがけずデジタルトランスフォーメーションができて良かったと受けとめているようだ。

Upwork 上席副社長のTim Sanders氏は、リモートワークのリーダーシップについて、これまでのように就業場で社員を見ながら管理することはできないので、異なった資質が必要となると話す。米国企業ではこれまで数十年もの間、社員を日々監督する際、Attendance(出欠)、Attitude(態度)、Aptitude(能力)の3点をベースに管理する、トリプルAモデル方式が一般的だったが、リモートワークにおいては、同モデルを実行するのが難しいため、結果と業績で管理することになる。また、独立したプロフェッショナルを管理するには、きわめて明確な目標設定が必要となるため、リーダーには高いレベルの明確性が求められる。さらに、デジタルツールに精通して、ウェブ会議を使いこなせるのもリーダーの必須条件である。

Executive Forumのバーチャル会場筆者によるスクリーンショット

ハイブリッドモデルを採用しているというITスタッフィングのGenesis10 CEOのHarley Lippman氏は、リモートワークの難点について意見を述べた。同氏によると、リモートワークの難点の1つは、メンタリングするのが非常に難しいという点、もう1つは、ブレインストーミングがないという点だという。就業場で仕事をしていると、廊下で同僚とすれ違った時の雑談などで、新しいアイデアを得ることも少なくないが、リモートワークではそれがない。表面的には、人は柔軟性を求めている、リモートで仕事をする方がモチベーションが上がる、通勤時間にかかる費用と時間が節約できるなどと言うが、実際にはどうか。パンデミックで家にいる時間が長くなったせいで、離婚する夫婦が増えたという話やシングルペアレントの負担が倍増しているという話も聞く。つまり、良いことばかりではない。同氏は、非常時に最も大事なことは、お互いにより深い思いやりをもつことだと強調した。そして、UpworkのSanders氏が言ったように結果を重視することは重要だが、それと同時に、社員が責任とアカウンタビリティをもつことも重要だと語った。

最終日に行われたスタッフィング・テクノロジー「ディープダイブ: 破壊された世界に向けてのテクノロジー戦略」 でもリモートワークに話が及んだ。 Adecco Groupの 最高デジタル責任者Teppo Paavola氏は、リモートでできることは思った以上に多い、ということを多くの人が学んだが、今後は法規制もこれに対応して変わっていかなければならないと強調した。たとえば、ID確認がその1つで、現時点においては、仕事をする場所や国で就労できることを証明し、ドラッグテストを受けるために、派遣労働者はその地の支店に出向く必要がある。しかし、ニューノーマルの時代には、このような手続きの煩雑性は変わらなければならない。

どの働き方にも利点と欠点はあり、リモートワークもそれは同じだ。ただ、パンデミックによってリモートワークがフレキシブルワーキングの選択肢の1つとして定位置を確保したことは間違いなく、リモートワークやバーチャル対応は今後も続くというのが大筋の見解のようだ。

TEXT=Keiko Kayla Oka (客員研究員)

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