労働者寄りのバイデン政権、焦点は最低賃金の値上げ
2021年3月9日から11日にかけて開催された、Staffing Industry Analysts(SIA) 主催のExecutive Forum North America。後編では、セッションで議論された、パンデミックがデジタルトランスフォーメーションに与えた影響と、政権交代によって米国の雇用・労働がどう変わるかについて報告する。
パンデミックによって加速したデジタルトランスフォーメーション
今回のエグゼクティブフォーラムでは、デジタルトランスフォーメーションやテクノロジーに関するセッションが数多く準備されていた。筆者もいくつかの「テクノロジー系」セッションに参加したが、皆が共通して言っていたのは「パンデミックによってデジタルトランスフォーメーションが加速した」ということだ。リモートワークを可能にするにはテクノロジーを利用するしかない。これまでデジタルトランスフォーメーションに消極的だった会社も、否が応でもプラットフォームやツールを導入しなければならなかった。そして、多くの場合、導入前にはデジタル化に否定的だった会社の幹部が、導入後にはその考えを改めるような成果がもたらされた。
初日の同時進行セッション「最先端のテクノロジーとデジタルトランスフォーメーション」では、デジタルトランスフォーメーションがスタッフィング会社の職場にどのような変化を与えたかについて議論が進んだ。ブルーカラー派遣大手のPeopleReadyでは、JobStackというモバイルアプリケーションを導入して社員の事務作業を軽減することで、顧客対応や打ち合わせの時間を増やすことができた。また、同アプリケーションの導入でオンボーディング手続きをデジタル化したため、派遣労働者の負担も減ったという。同社ではJobStackを導入する以前、仕事が欲しい人は同社の支店に行って応募書類に記入してからでないと仕事を紹介してもらえなかったが、現在は支店に行かなくてもモバイルアプリケーション上でどのような仕事があるかがすぐにわかるようになった。派遣会社の多くはオフィス内にリソースライブラリーを設置して、そこに行けば、アプリケーションの使い方を含む、あらゆる情報が入手できるようにしているようだ。各社とも、テクノロジーに詳しくない人でも楽しめるようなショートビデオやデジタルアニメなども準備して、社員や派遣労働者のデジタルリテラシーを高める努力をしている。
2日目の同時進行セッション「テクノロジー第一の世界におけるリクルーターの役割」では、AIやオートメーション化でリクルーターの仕事がなくなるかどうかについて活発な意見が交わされたが、これを肯定する意見は皆無だった。タレント・アウトソーシング会社Yohの副社長Tom Enright氏は、テクノロジーは多くの部分で働く人を手助けしてくれるのは間違いないが、それだけでは十分ではなく、人間の感情も重要だと話す。プロフェッショナル・スタッフィング会社Signature Consultantsの上席副社長Lydia Wilson氏も、Enright氏に同意しつつ、テクノロジーと人間のブレンドが重要で、問題はどのようなブレンドにするかということだが、それを決める要因の1つは費用対効果だと力説した。たとえば、テクノロジーを利用して、派遣労働者の派遣期間と派遣期間のギャップをできるだけ短くすることができれば、会社にとっても労働者にとってもプラスになるというわけだ。
スタッフィング業界全体をみると、テクノロジーが原動力となった変化が激しくなっていると、SIAのAsin社長は話す。オープニング基調講演で同氏は、Upworkやfiverrのようなテクノロジー先行型の会社がスタッフィングサービスを提供する別会社を設立するケースと、RandstadやKellyのような伝統的な派遣会社がプラットフォームを立ち上げるケースが乱立しているが、さらに最近では、これまで人材紹介を中心としてきたスタッフィング会社もプラットフォームモデルに参入し始め、コンバージェンスの状態になっているという。
政権交代がスタッフィング業界に与える影響
2日目の同時進行セッション「バイデン政権下の法律とコンプライアンス」では、共和党のトランプ政権から民主党のバイデン政権に代わり、それがスタッフィング業界にどのような影響を与えるかについて、スタッフィング専門の弁護士らが見解を述べた。
全米スタッフィング協会(American Staffing Association)の最高法務責任者であるStephen Dwyer氏は現況について次のように述べた。「バイデン大統領は強い労働寄りのアジェンダを用意しているが、現在の連邦議会は上院も下院も、共和党と民主党が拮抗しており、バイデン大統領が立法化したくても、それは容易ではない。現時点では、最低賃金の値上げが焦点になっていて、バイデン大統領は連邦最低賃金を15ドルにしたいと考えているが、その実現は難しいだろう。一方、有給の傷病休暇の法制化も焦点になっているが、これについては産業界や商工会議所の賛同を得る可能性がある。たとえ、連邦レベルで法案が可決しなくても、複数の州で有給の傷病休暇を法制化するところが出てくる可能性もある。また、省庁レベルの動きにも注意する必要がある。労働安全衛生局などが、職場における労働者の安全を強化する指針を出しているのを筆頭に、各省庁が労働よりの行動をとっている」
Tannenbaum Helpern Syracuse & Hirschtritt法律事務所のJason Klimpl弁護士も、Dwyer氏に同調しつつ、労働安全衛生局が出している、職場での労働者の安全に関する指針は、スタッフィング業界にも大きく影響するが、良い方向に進むのではないかと予想した。パンデミック発生以降、労働安全衛生局は、その職場で働くすべての労働者に安全な職場環境を提供する責任を顧客企業がもつということを強調しているため、スタッフィング会社としては、顧客企業に対して派遣労働者の安全に責任をもつよう主張しやすくなり、コンプライアンスが改善されると期待できる。
数年前に連邦労働省がホワイトカラー・エグゼンプションの報酬基準改正を試みた際、テキサス州最高裁が、報酬基準の変更が適切ではないため、同改正案は違法だと判示し、改正が実現しなかったことがあった。この問題についてDwyer氏は、新しく連邦労働長官に任命されたMarty Walsh氏がホワイトカラー・エグゼンプションの報酬基準を再検討する可能性があると示唆し、ホワイトカラー・エグゼンプションの報酬基準を上げて、より多くの労働者が時間外労働手当を受け取ることができるようにするのではないかと述べた。
なお、バイデン大統領は、去る3月31日、2兆ドルの予算をもってインフラストラクチャーを抜本的に整備するという米国雇用計画を発表したが、同計画には、労働力開発プログラムへの1000億ドルの投資も含まれている。次にバイデン政権がどのような雇用労働政策を打ち出してくるかに注目したい。
TEXT=Keiko Kayla Oka (客員研究員)