SIAエグゼクティブフォーラム2020 参加報告(HRテクノロジー編)

2020年09月07日

2020年4月16日から始まったStaffing Industry Analysts(SIA) 主催のExecutive Forum North America は、新型コロナウイルス対策のため、バーチャルでの開催である。前回の参加報告では、スタッフィング会社のパンデミック対応を中心に報告した。今回はHRテクノロジーの現状について報告する。

スタッフィング業界におけるデジタルトランスフォーメーション

SIAエグゼクティブディレクターの John Nurthen氏によるテックスタックについての基調スピーチでは、「リクルーティング・デジタル時代にいかにして成功するか」をテーマにデジタルトランスフォーメーション(DX)やオートメーションのトレンド、スタッフィング会社のテクノロジー戦略が紹介された。 

DXには4つの波があり、「アナログ」時代を起点とし、製品独占権から解放された「デジタル」時代、物理的制限から解放された「インターネット」時代を経て、現在は時間やスペースの制限から解放された「モバイル」時代に入っているという解説があった(図表1)。具体的には、スタッフィング会社のほとんどがクラウドストレージを利用できるMicrosoft365やGoogle G Suiteを導入しており、いつでもどこでも業務ができる状態を維持している。

図表1 DXの4つの波

7-1図版.jpg出所: Digital Transformation, Jo Caudron & Dado Van Peteghem

オートメーションについては各社が独自に戦略を立てている。たとえばAdeccoは、顧客対面活動に焦点を絞るためにビジネスサポートを産業化し、2020年までに収益の1%相当の生産性向上を達成することを目標に、テクノロジーへの投資とプロセスの最適化を行ってきた。またRandstadは、デジタル基盤、クラウドネイティブの基礎設計、データパワーの活用を強化し、同社のデジタルファクトリー、地元の市場先導イノベーションチーム、イノベーション基金と協同で、各プロセスをデジタル化している。  

スタッフィング会社におけるオートメーションが進むにつれ、候補者が自身で行えるファンクションも大幅に増えている(図表2)。「レジュメ書類の提出」は候補者の90%以上が自分でオンライン上で行い、「仕事の検索」や「仕事への応募」も80%以上の候補者が自分でできる環境になっている。「シフト勤務への応募・選択・確認」や「希望の職種を表示する・派遣の仕事を自動的に受ける」といったファンクションは、派遣会社の介入や了承を必要とするケースがほとんどであるが、これらも将来的にはオートメーションされる可能性がある。

図表2 候補者が自分でできるファンクション

7-2線グラフ.jpg出所: Staffing Industry Analysts

テクノロジーがもたらす変革

あらゆる業界でテクノロジーの重要性は増している。外食産業においては、2020年4月現在米国のピザ店で売上高1位を誇るDomino’s Pizzaが、一時期売上げが落ち、低迷したことがあった。しかし、CEOが指揮して客が使いやすいテクノロジーを開発したことによって、業績が劇的に回復した。「これは、テクノロジーをうまく利用すれば、企業、顧客ともに“win-win”の状態に到達できるという見本である」とBullhorn地域担当副社長のGretchen Keefner 氏は述べる。 

7-1 Keefner.jpgテクノロジーの可能性について話すKeefner氏

Keefner氏によると、リクルーティングの世界で、テクノロジーとオートメーションはビジネススタイルを大きく変えている。1970年代、求人広告は新聞に掲載するのが主流であった。このスタイルは20年近く変わることはなかったが、1990年代にはインターネットの普及によってオンラインのジョブボードが始まった。そして2020年現在、リクルーティング会社のほとんどは少なくともプロセスの1つをオートメーションしている。一例を挙げると、1990年代にわずか22%だったオンラインでの仕事への応募は、2010年代には90%にまで拡大している。 

リクルーターの仕事もオートメーションが進んでいる。仕事の発注、ATS(応募者追跡システム)上の入力、候補者から送られてきた情報の整理、VMS(ベンダーマネジメントシステム)メトリクスのトラッキングといった業務は、オートメーションが比較的容易である。また、スタッフィング会社ではバックグラウンドのチェック、ソーシング、オンボーディングといった分野でオートメーションが進んでいる。スタッフィング会社の多くは、求人の充足率が向上し、時間やコストも節約できたと評価する。

Bullhornの試算によると、リクルーター・営業担当者が100人いるスタッフィング会社の場合、オートメーションによって節約できる生産性コストは年間250万ドル以上、節約できる時間は6万6,500時間で、業績は年間210万ドル以上アップするという。

AIの効率的活用

Mya Systems共同創業者兼CEOの Eyal Grayevsky氏はSIA社長のBarry Asin氏のインタビューを受けて、同社開発の会話型AIの効果について「リクルーターの多くは膨大な業務に追われて悲鳴をあげているが、AIを活用することで仕事に優先順位をつけて、業務量を軽減できる」と述べる。リクルーティングにおけるAIには、マッチングテクノロジー、マシーンラーニング、ワークフローオートメーション、予測分析、スキルアセスメントなどが含まれる。同社が開発した会話型AIは、チャットボットと異なり人間レベルの理解力を有するので、リアルな会話やパーソナライゼーションが可能である。したがって会話型AIを活用することで、候補者を適切な仕事へ導くこともできる。 

7-2 Mya CEO.jpg会話型AIやオートメーション化の効果について話すGrayevsky氏

パンデミックが収束し、経済が再開すれば、より多くの候補者が仕事を求めるのは間違いない。同時に多くの企業は、さらなるコスト効率化を目指すため、AIやオートメーションの需要が拡大すると考えられる。現在、候補者が仕事に応募してから仕事に就くまで1カ月以上の時間がかかるというが、AIを活用することでその時間を短縮できる。「AIが人間の仕事を奪うというわけではなく、AIの必要性が増すというスペクトラムと、人間と人間の関係の構築を求める需要が増すというスペクトラムの両方が共存する」とGrayevsky氏は説明する。 

Mya Systemsのケーススタディによると、あるスタッフィング会社の場合、候補者のソーシングはジョブボードに大きく依存し、大量の応募への対応にコストがかさんでいる状況だった。Mya Systemsのリクルートメントプロセスオートメーションを同社の倉庫、コールセンター、製造部門に導入することで、スクリーニング達成率が37%から87%に改善、相互端末間の会話が2.5倍アップ、面接にかかる時間が79%削減、充足率が15%アップ、リクルーターの生産性が123%上昇した。

同社の会話型AIの顧客満足度も高いという。会話型AI導入前と導入後では、候補者がリクルーターから連絡がなく放置される状態(ブラックホール)に陥る可能性がほぼゼロになり、求職の応募から次の段階のスケジュールが組まれるまでの平均時間が劇的に短縮され、仕事に就く候補者の割合も大幅に上昇している(図表3)。特に候補者は、リクルーターからの連絡を待たずに仕事に関する情報がもらえる点を高く評価しているようである。

図表3 Mya Systemsの会話型AIの効果

7-3表.jpg出所: Grayevsky氏のセッションを基に作成

HRテクノロジーへの参入拡大

スタッフィング会社の吸収合併は以前から活発であるが、最近ではHRテクノロジーを買収するケースが多い。2014年以降のスタッフィング会社による企業買収では、タレントアクイジション・テクノロジーのカテゴリーが全体の36%を占めている(図表4)。 

図表4 スタッフィング会社による企業買収(2014年以降、カテゴリー別)

7-4円グラフ.jpg出所: Staffing Industry Analysts

HRテクノロジーに関心を寄せているのはスタッフィング会社だけではない。ベンチャーキャピタルによるHRテクノロジーへの投資総額は2019年第1四半期で17億ドル以上と過去最高を記録し、同年第2四半期も14億ドルという高い数字であった(図表5)。特に多いのがAIリクルーティング・プラットフォームやソーシャルメディア・リクルーティング・プラットフォームなどへの投資だが、ギグワーカーの管理ツールを提供するスタートアップ、そしてスキル&ラーニング開発分野も注目度が高いようである。スキル&ラーニング開発分野への関心が高いのは、多くの企業が「Future of Work(未来の働き方)」を見据えてその準備を進めているからであろう。また、タレントアクイジション・テクノロジーの分野もイノベーションがさらに進むと期待されており、ベンチャーキャピタルの投資が拡大すると予想できる。

図表5 HRテクノロジーに参入するベンチャーキャピタル

7-5複合グラフ.jpg出所: HRWins 2019 Q3 HR Tech Global Investment Update

TEXT=Keiko Kayla Oka (客員研究員)

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