SIAエグゼクティブフォーラム2020 参加報告(パンデミック対応編)

2020年08月31日

2020年4月16日からStaffing Industry Analysts(SIA) 主催のExecutive Forum North America が始まった。当初コンファレンスはフロリダ州マイアミで行われる予定であったが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、バーチャル・コンファレンスに変更された。 コンファレンスのキックオフは4月16日に行われたが、セッションはそれ以降も継続的に開催され、2021年3月までオンデマンドでコンテンツを常時見られるシステムになっている。スポンサーは22社、セッション数は25以上である。今回はスタッフィング会社のパンデミック対応について報告する。

スタッフィング業界 2020年は試練の年

6-1. Asin.jpgAsin氏による基調スピーチ

SIA社長のBarry Asin氏は基調スピーチで、2019年のスタッフィング市場について触れた。2019年米国スタッフィング市場は好調で、スタッフィング会社の売上高は平均で5%上昇し、市場全体で1,310億ドルという過去最高の売上高を記録した。2019年のスタッフィング会社調査では、2020年に考えられるグローバルリスクとして異常気象、自然災害、サイバーアタック、テロリストアタックなどが挙げられていたが、感染症については見過ごされていた。よもや新型コロナウイルスによる感染症が拡大し、それが経済と雇用に多大な影響を与えるとは誰も予想していなかったのである。2019年に過去最低となる3%台を記録していた失業率は、過去最悪レベルにまで跳ね上がっている。

Asin氏は自身が経験した過去3回の経済不況と派遣業界の動向を振り返り、1991年の湾岸戦争勃発による不況時の業界の雇用状況はマイナス5%、2001年米国同時多発テロに端を発する不況時の業界の雇用状況はマイナス20%、そして、2008年リーマンショックによる不況時の業界の雇用状況はマイナス34%であったと述べた。1991年の不況時に業界が受けた影響が比較的小さかったのは派遣市場の規模がまだ小さかったためで、市場が拡大するにつれて不況による影響も大きくなっている。したがって、今回の新型コロナウイルスのパンデミックによる不況の影響は2001年時か2008年時と同等レベルになるのではないかと同氏は予想している。 2019年までの数年間、スタッフィング業界では業界内の集約が進む一方で、業界内外の企業による買収が激化したために、サービスラインの多様化・複雑化が高まるという状況になっていた。2020年はさらにパンデミックという要素が加わり、どのような展開になるのか現時点では予想が難しい。

図表1 過去の経済不況と派遣市場の雇用状況
6-1グラフ.jpg

出所:Staffing Industry Analysts/US Bureau of Labor Statistics

パンデミックが米国経済に与える影響

6-2 Rossell-2.jpgRossell氏による基調スピーチ

経済学者・経済予測専門家のMarci Rossell氏は基調スピーチで、パンデミックが3つのチャンネルから米国経済に影響を与えていると説明した。3つのチャンネルとは「雇用喪失による収入の損失」「金融市場の混乱」「あらゆる面での不透明性」である。

第1のチャンネル「雇用喪失による収入の損失」は、2020年3月中旬以降、大規模な集まりが禁止され、レストランやホテルなどが営業停止となり、ホスピタリティ産業を中心に数千万人が一時帰休の処遇を受けた。この時点で2008年から2009年にかけて起こった不況時を超える雇用喪失が発生しているわけだが、Rossell氏はこれが恐慌につながるとは考えていない。というのは、米国政府が即座に対応し、一定の所得水準以下の米国人に対して現金の給付を行うと同時に、失業者向けの救済として、州による通常の失業給付に追加する形で連邦から週あたり600ドルの支給を開始したからである。また、連邦準備銀行が2008~2009年に行った以上の規模でローン救済等を行っていることも、経済の安定化と事態の早期収束に貢献すると期待できる。米国は1930年代初頭の大恐慌時に大きな政策ミスをしたため、不況が長引いたという経験をしている。その失敗を繰り返さないように、早急の対策ができるようロードマップが作られていたのだとRossell氏は評価する。 

第2のチャンネル「金融市場の混乱」についてRossell氏は、現在の状況を見ると、金融市場の転落は、2008~2009年の不況時ほど大きなものではないと述べる。S&P500社の平均的な企業は、約7カ月の運営費を確保しており、Appleなどの一部の企業は数年分の運営費を確保しているため、パンデミックを乗り切れると考えられる。一方で中小企業の10%は現在の状況が1カ月続けば、事業を継続できないと予想される。 

第3のチャンネル「あらゆる面での不透明性」については、パンデミックがいつ収束するのか分からないという不透明性が経済に悪影響を及ぼしているという。経済専門家がこの「不透明性」を解消するために「経済再開のためのロードマップ」を提言しており、これを基に段階的に経済再開を進めていくのが望ましいとしていう。

図表2 経済再開のためのロードマップ6-2図版.jpg出所:Rossell氏のスピーチを基に作成

コロナ禍でのスタッフィング会社の対応

Executive Forum North America 2020 Virtual Experienceでは、Asin氏が複数のスタッフィング会社代表にパンデミックの影響や対策についてインタビューしている。Manpower Groupの会長兼CEOであるJonas Prising氏は、スタッフィング業界は経済サイクルの影響を大きく受けるが、過去の経験を活かして柔軟に対応することができるはずであり、楽観的な展望を持っていると述べている。同氏はパンデミック対策について、社内スタッフの多くがリモートワークを強いられている状況にあるが、リモートワークでは社会的な関わりが制限されるため、それが逆に従業員の精神的負担となることもあると懸念している。 

ITスタッフィング会社ALKUの創業者・CEOであるMark Eldridge氏はインタビューで、社員のほとんどがリモートワークとなっているが、ZOOMミーティングを1日2回行うことで、コミュニケーションを密にして透明性を保つよう心掛けているという。 

Bullhorn地域担当副社長のGretchen Keefner氏によると、パンデミックによってスタッフィング会社のフォーカスは変化しており、社内チームとの関係、顧客との関係、候補者との関係も変わりつつあるという。また、Keefner氏やMya Systems 共同創業者兼CEOの Eyal Grayevsky氏は、今回の事態で、多くの企業がコスト効率についてより真剣に考えるようになっていると感じている。さらにリモートワークの影響で、オートメーション化やAI利用の重要性の認識が高まっていると考える。実際、Mya Systemsの会話型AIなどの利用は急増しているという。

迅速かつ柔軟な対応が経済不況を乗り切る鍵

Asin氏のインタビューシリーズでは、LinkedInサーチ&スタッフィング担当シニアディレクターのKimberly Miller氏の話が興味深かった。LinkedInの利用は2020年現在、約200カ国・地域、6億6,600万人以上に広がっており、米国では30~49歳の年齢層の57%がLinkedInを利用するというくらい浸透している。スタッフィング会社の利用率も高く、LinkedInが保有するスタッフィング会社のデータは1万8,000社にも及ぶ。Miller氏はこの数カ月間、スタッフィング会社がパンデミックにどのように対応するかを見て、規模の大小にかかわらず、会社の行動が3つのタイプに分類できるという。

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Asin氏(左)のインタビューに答えるMiller氏(右)

第1のタイプは「迅速(Agile)」:打撃の大きい産業から打撃の小さい産業へ迅速に転換する。たとえば、旅行産業やホスピタリティ産業を中心に事業展開している中小規模のスタッフィング会社が、対象を医療産業に迅速にシフトするケースがあった。 
第2のタイプは「安定(Stable)」:事業が比較的安定しているため、特に方針転換をせずに、静観する。 
第3のタイプは「実行(Action)」:パンデミックを好機ととらえて、M&Aを実行する。 

パンデミックを乗り切るには、質の高い決定を素早く行い、迅速に行動する必要があるとMiller氏はいう。これまで実績を重ねてきて得意とする取り扱い職種であっても需要が急激に減っていると分かれば直ちに、タレントデータをスキルセットベースに管理しなおし、別の職種に変更して営業するといった対応が功を奏すのを確認できたという。労働市場に話を移すと、このような状況下でも雇用を増やしている企業は少なくない。AmazonやInstacartに加えて、地域のスーパーマーケット、医療機関、バイオテック、政府機関なども雇用を増やしている。 

LinkedInのデータによると、「リモートワーク」「在宅勤務」で検索をかける求職者は42%増え、リモートワークの求人を出す会社も28%増えていることから、求職側、求人側、双方がリモートワークの環境に対応しようとしているのが分かる。また、オンラインラーニングやトレーニングが非常に活発になっており、自粛要請期間を有効に活用してスキルアップに励む人が多いようである。

TEXT=Keiko Kayla Oka (客員研究員)

 

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