LDLC 減給せずに週休3日制導入を大成功させたその背景

2024年08月07日

グループ・エルディーエルシー ローラン・ド・ラ・クレジュリ氏

ニューノーマル時代の新しい働き方『週休3日制』への挑戦は、働く世界を再定義するために導入を決定しました。リヨン郊外から世界へメッセージを発信し続けます

LDLCは1996年に設立された大手ハイテク機器販売会社で、本社はリヨン近郊にある。グループは現在7つのEコマースサイトを含む16のブランドを展開し、100以上の直営店舗と1000人以上の従業員を抱え、2022/2023年の売上高は5億7150万ユーロである。

創設者兼会長であるド・ラ・クレジュリ氏は、2021年に週休3日制を導入した。この決定はパンデミック中の不安定な状況下において、労働時間を増やす他社競合からみても予想外だった。週休3日制はオフィス勤務の従業員にだけでなく、店舗や物流倉庫で働くすべての従業員に適用されている。週35時間もしくは39時間働く全従業員の労働時間を、給料を下げずに32時間に統一したことが、メディアでも注目された。LDLCは、週休3日制以外にも、従業員のワーク・ライフ・バランス向上に向けた斬新な制度を導入しており、その取り組みがGreat Place To Workなど多くのラベルや賞で評価されている。

ド・ラ・クレジュリ氏は週休3日制のオピニオンリーダーとして、カンファレンスでのスピーチや、メディアからのインタビューなどで多忙な日々を送っている。今回のインタビューでは、リヨン近郊のLDLC本社で、週休3日制の導入経緯と、そのメリットについてお話を伺った。

従業員にとっての本当の福利厚生とは

LDLC社屋のミニチュアモデル

「フランスの起業家は、他国の起業家にはないハンディキャップをこれ以上抱えることはできない」。この言葉は、左派政権下で週35時間労働制の第2弾が発表された際に、企業連盟の当時の会長であるエルネスト=アントワーヌ・セイリエール氏がメディアに対して語ったものです。当時の私は28歳で、立ち上げたばかりの会社の成長に集中していたため、週35時間の3倍以上働いていました。労働時間を減らすというアイデアに賛成できなかったのは言うまでもありません。

その後、株式公開を果たし、多くの目標を達成しました。経営者としての成功を手にしたと言っても過言ではありません。当時はインターネットがビジネスの中核になっていなかったため、携帯に仕事のメールが届くこともなく、従業員たちは仕事が終わったらオフィスを出てオフにリセットできていました。また、ワーク・ライフ・バランスやクオリティ・オブ・ライフといった概念もまだ一般的ではありませんでした。

インターネットの普及により、私たちのビジネスモデルや働き方は大きく変わりました。デジタルツールの発展により、利便性は向上しましたが、同時に従業員のウェルネスは低下していきました。そこで、会社経営の方向転換を図り、従業員のウェルネス向上を優先事項としました。2017年にオープンした現在のオフィスは、7000m²のワークスペースを持つ近代的なキャンパスタイプの社屋です。食堂、劇場、ボウリング場、スポーツ施設などがあり、従業員に快適なオフィス環境を提供しています。2015年にローンチしたデジタルトレーニング施設である「Ecole LDLC」のキャンパスには、研究開発のためのラボなども併設しています。

しかし、従業員のウェルネスを改善するためには、これらの「枠組み」だけでは不十分であることに気づいたのです。当時の私は、働くことを喜びと捉えられるような従業員の働き方とは何であるのか、と日々自問していました。そして、仕事で充実している人間は、幸せな人生を送っているのでしょうか。いや、充実した人生を送れている人間だから、仕事でも充実できるものだ、という結論に至ったのです。そんな折に、ニュースで日本のマイクロソフトが週休3日制を導入したことを知ったのです。

パンデミック時のロックダウンがきっかけ

週休3日制を導入する際、最初に取り組んだのは、会社全体の組織を見直し、作業時間の無駄を徹底的に削減することでした。週休3日制によるコストを詳細に計算した結果、給与総額の5%に相当することが判明しました。この5%は会社にとって痛手でしたが、従業員のウェルネス向上を考慮すると、無駄ではないと確信しました。

しかし、従業員に導入の可能性を伝えた際、喜んだ従業員とは対照的に、マネジャーたちは強い懸念を示しました。まず、経営的観点から採算性が取れなくなるリスクがあるという点でした。さらに、週2回のテレワーク(現在は週1回)と併用することで、対面時間が減り、部下が怠けてしまうのではないかという心配もありました。マネジャーは部下の仕事の進捗を確認できない状況で、作業内容や成果を最大限可視化する必要がありました。また、各チームが高い信頼感と自主性を持ち、最適な運営方法を見つけるために多くの議論が行われました。采配は通常、マネジャーに委ねられています。

こうした懸念を払拭する転機となったのは、2020年のロックダウンでした。オフィスワークはフルテレワークでも円滑に進み、チームコラボレーションも自主性と信頼感に基づいてスムーズに行われました。ロックダウン中は家族と過ごす時間も増え、従業員たちは幸せそうでした。従業員のワーク・ライフ・バランスを抜本的に見直すことが、本当の福利厚生につながると確信したのです。このような状況からマネジャーの心配も徐々に軽減していきました。2021年6月に、全従業員を対象に、減給なしで週休3⽇制を導⼊することを決定しました。トライアル期間を設けなかった理由は、一度週休3⽇を経験したら、以前の働き方に戻るのは難しいということがわかっていたからです。

オフィス従業員の大半は、幼稚園や学校がお休みの水曜日か金曜日のどちらかを3日目の休日に選んでいます。各部署はそれぞれの必要性に応じて組織の編成を任されています。唯一の条件は、組織の変更が顧客とのやりとりに影響がでないことでした。一方、店舗スタッフなどはローテーションで3日目の休日の曜日を決定しています。週休3⽇制の導入に際して最も注意したのは、物流倉庫で働くスタッフへの配慮でした。オフィスでの1時間と、現場での1時間の肉体労働は同じ基準で測ることはできません。1⽇のパッキング量を30箱から35箱へ増やす必要があり、生産性を大幅に向上させる必要がありました。

LDLCのオフィス

すべての項目でポジティブな結果。唯一想定していなかったこととは…

実際に週休3⽇制を導⼊したところ、週3日しっかりと休むことができた従業員の作業効率は⼤幅に向上し、1日に35箱以上のパッキングが可能になりました。週休3日制に移行してすぐに、働く日数を増やすことが生産性の問題解決につながるわけではないということがわかりました。解決策は「より少ない日数で働く」ことにあると気づいたのです。

週の労働時間が32時間でも35時間でも39時間でも、仕事の完成度は変わりません。また、導入以前に懸念された追加コストについては、発生しないどころか、逆転してプラスの利益が出たほどです。従業員がきちんと休めることで生産性が高まることは明らかです。病欠率も2019年の6%から2021年は5%に低下し、現在はまったく発生していません。

導入当初、顧客を失う可能性を心配しましたが、実際はまったく逆でした。従業員のウェルネスを考慮する企業のイメージは非常に良く、週休3日制を導入したことを知った多くの企業が新たに顧客となりました。これは想定していなかったポジティブな側面の一つです。導入から2年が経過した現在でも追加コストを発生させず、前年比6%の成長を達成しています。経営は順調で、従業員への還元として2%の昇給も検討しています。

従業員の生活を変えたのは、1週間のうち1日自由な時間が増えることで得られる幸福感です。これは、体験した人でなければ理解できません。週休3日制をより多くの企業に導入することで、社会をより良くすることができると確信しています。ワーク・ライフ・バランス向上、環境配慮、男女平等、ストレス軽減、労働生産性の向上、ウェルビーイングなど、週休3日制の利点は数え切れません。雇用主や管理職は、企業や従業員、そして社会全体のために、労働時間の短縮を真剣に考えるべきです。

週休3⽇制は企業にとって長期的に必ず有益であると確信しています。ただし、唯一想定していなかったネガティブな側面があります。それは、導入以来、あまりの快適さから離職する人が減り、ターンオーバーが極端に減ってしまったことです。ターンオーバーは、ある程度は健全な組織運営に必要な要素であり、一定のバランスを取ることが不可欠と考えています。ターンオーバーがまったくない環境では、従業員がキャリアの成長や発展を感じにくく、組織内での競争が生まれません。こうした状況を改善するために、たとえば従業員のスキルアップや、キャリアパス開発として研修プログラムを導入することなどが考えられます。プロジェクト別にコンサルタントなどの外部の専門家を投入して活気づけることも考えられます。

男性従業員の育児休暇大幅延長、ノンテレワーカーへの手当

ド・ラ・クレジュリ氏

週休3日制を導入した後も、従業員への福利厚生の改善は続いています。2023年6月には、男女問わず育児休暇を延長しました。法定では、母親には10週間、父親には25日間の産後休暇が与えられていますが、LDLCでは母親の産後休暇を10週間追加して合計20週間に延長しました。男女平等の観点から、父親には16週間の追加休暇を提供しています。私は、産休と育休が短すぎると考えています。生後2カ月半で子供を預けなければならない現状は、若い親にとって大きな不安の種だと思います。従業員が新生児を迎えた新たな生活や職場復帰を、心落ち着けて迎えることができるのは大きな違いです。

また、業種間の公平性を保つため、テレワークが不可能な業種に就く従業員に対して、月50ユーロの手当を支給することを決定しました。店舗や物流倉庫で働く従業員は、会社機能の維持に貢献し、必要不可な重要なサービスを提供してくれています。こうした従業員の福利厚生は、従業員側から求められたわけではなく、経営側で率先して決められたものです。

取材・TEXT田中美紀(客員研究員)、村田弘美(グローバルセンター長)
PHOTO=小田光(photographer)

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