Lucca 給与の自己申告制など斬新なHRプロジェクトを発信する
給与額を従業員自身が最終決定する『給与の自己申告制度』などをはじめ、革新的な企業の中でも稀な取り組みを行っています。公正性と透明性、従業員の職業人としての生きがいを重要視しています
Luccaは、2002年に設立されたHR業務に特化したSaaS型ソフトウエアのシステム開発会社で、現在は、130カ国で7000の顧客と150万人のエンドユーザーを抱える、業界大手である。従業員数は700人で、2023年の売上高は4250万ユーロ、売上成長率は50%と成長に勢いがある。フランス国内にはパリの本社以外に4つの拠点があり、海外ではスペインとスイスに進出している。Luccaのソフトウエアは、生産性の向上と使いやすさをモットーに開発されており、ユーザーエクスペリエンスを重視している。
Luccaのモットーは、HRテクノロジーを活用して業務の自動化を進め、HR部門がより価値のある人材に関連するコア業務に集中できるようにすることである。Luccaの画期的な人材マネジメントは、全従業員を管理職扱いとし、給料の透明化や自己申告制などのユニークなアプローチを採用している。従業員参加型の経営を重視し、強い企業アイデンティティを形成している。働き方のフレキシビリティを実現するために、テレワークも可能であるが、オフィス出勤が推奨されている理由は、Luccaの企業文化において従業員同士のコミュニケーションが重要視されているからである。
Luccaの人事部長であるド・フレミンヴィル氏はフランスのグランゼコール2校で学位を取得した後、ニューヨークのコロンビア大学で数学を学び、マッキンゼー・アンド・カンパニーでコンサルタントとしてのキャリアをスタートさせた。2016年には従業員のエンゲージメントやモチベーションの測定・分析ソリューションを提供するブルーム・アット・ワークを共同設立し、この会社は2021年にLuccaに買収されている。現在、Luccaの人事部長として、急成長する企業の国際化と強い企業文化の形成に重要な役割を果たしている。ド・フレミンヴィル氏にLucca的ワークスタイルについてお話を伺った。
強固な企業文化を構築する背景
フランスでは、フレンチ・ガストロノミーが国のアイデンティティ形成に大きな役割を果たしており、食文化がとても重要です。フランス人はフォーマルな会議でアイデアを考えるより、飲食の際に素晴らしいアイデアを思いつくことが多いです。ここからヒントを得て、Luccaでは、毎朝9時45分から15分間、オフィスに出勤している全従業員が一緒にコーヒーを楽しむ「コーヒーの儀式」を行っています。
また、ランチタイムは1日の中で最も重要なブレーンストーミングの機会と捉えています。社食に集まり、リラックスした雰囲気の中でコミュニケーションを取ることで、制約や緊張が解消され、心理的なリソースが得られます。この自由でインフォーマルな環境から、新しい気づきやアイデアが生まれるのです。Luccaでは、PC画面を前にして孤立してサンドウィッチを食べるようなランチスタイルは考えられません。
こうした背景を踏まえ、職業人としての自主性、高い目標設定、組織の透明性、チームコラボレーションの利点を最大限に活用するための企業文化がLuccaでは築かれています。この価値観は、日々のHR活動を通じて実践され、Luccaが超成長を遂げる最大の要因となっています。さらに、この企業文化を全従業員で共有することで、企業のナレッジ共有を促進し、従業員が共通の目標に向かって一丸となることを目指しています。
従業員は自主性を持ち、日々の目標達成や革新的なアイデア提案が奨励され、革新的なイノベーションを生み出す活発な職場環境が形成されています。企業戦略において重要な意思決定は、全従業員の意見やアイデアを考慮して策定されます。この民主的なアプローチは、従業員の組織への帰属意識とコミットメントを強化する利点があります。また、公正な評価を目指すために成果主義を徹底して採用しています。従業員は自己能力の向上を奨励される一方で、ヒューマンスキルを含む専門的な技術の開発に必要なサポート体制も整備されています。
さらに、チームコラボレーションと相互支援は、共通の目標達成に向けて行われ、従業員同士が孤立しないように配慮されています。たとえば、Eメールなど便利なコミュニケーションツールがある一方で、相手の気持ちを理解するためには、直接的なコミュニケーションが重要です。きちんと伝えたいことがあれば、イントネーションやジェスチャーを交えて目を見て話す機会を作ります。そうすることで、従業員同士の絆を強めることができます。これらの価値観は抽象的な理念だけでなく、日々の実践的な行動を通じて具体化されています。
給与の全面公開と自己申告制度
Luccaは創業以来、情報の透明性を重視しており、組織文化の中で透明性は最も重要な要素です。毎週月曜日に売上から会社の業績、戦略、経営上の決定、銀行の残高、顧客からのフィードバックなど、すべての情報が全従業員と共有されています。CEOを含む、全従業員が同じ情報を共有することで、公正な透明性を維持しています。給与の透明性に関しては、フランスの革新的な企業でもかなり稀なケースです。Luccaでは、全従業員の給与と全業種での給与体系が公開されています。具体的な要素では、業種、場所(パリは地方に比べて生活費が高い)、勤続年数、取得した学位(グランゼコールなどのディプロマは価値が高い)などが詳細に決められています。
さらに、3年勤続した従業員には、年に一度、自身の給与額について経営陣側に自己申告できる機会が与えられます。たとえば、成績優秀な営業担当がこれまでの給与から30%の昇給を求める場合、その営業担当は経営陣に対して昇給が妥当である理由を説明し、給与交渉を行います。最終的に給与額は従業員自身が決定します。
従業員参加型の給与決定プロセスは、従業員が納得した給与額で働くことを促進します。
給与のプロセスが可視化され、従業員は自身の貢献度やスキル、社内での役割を自覚し、自己投資を行い、さらなる昇給を目指すことができます。このプロセスは、従業員のモチベーション向上やリテンションにも寄与します。
ただし、給与の自己申告制度を導入する際には、いくつかの課題が浮上します。たとえば、従業員が自己の価値や業績を客観的に評価することが難しく、非現実的な給与要求や過小評価につながる可能性があります。また、交渉が苦手な従業員や、要求が高すぎると思われることを恐れる従業員にとって、自己申告のプレッシャーはストレスの原因となることもあります。また、適正な給与が支払われない不安は、満足度や仕事への満足感にも影響を及ぼすことがあります。業種によっては、その数値化のしにくさのために給与水準や従業員の貢献度、特別なスキルを金銭的に評価することに難しさがあります。そのため、明確なガイドラインや調停プロセスを設けることが有効です。
給与の透明性に関して、男女間の給与格差に対処する目的でEU賃金透明化指令が2023年に正式に発効されました。加盟国は2026年までにこの指令を国内法で取り入れる必要があります。ヨーロッパ全体で着々と賃金の透明化が進み、男女間の給与格差の解決だけでなく、従来のピラミッド型の組織が根底から変わる可能性があります。フランスでは、給料は階級を表す重要な指標であり、上級管理職の給与についてはタブーとされていました。公開に踏み切ることにより、組織全体の価値観や公正性、均等性が重視されることが期待されています。
従業員の持株制度の利点
従業員の持ち株制度は、経営陣やマネジャーだけでなく、従業員にも株式を購入する機会を提供し、共同所有者になることを可能にしています。所属企業の成功と成長に従業員を直接参加させることで、従業員の帰属意識を強化し、コミットメントと忠誠心を高める戦略的な取り組みです。民主的なアプローチによって、企業の成長から得られる利益をより公平に分配でき、配当を受けることでモチベーションも向上します。
給与の透明性や自己申告制度など、紹介したいくつかの制度で、内部紛争が起きていない要因の1つは、持ち株制度の存在です。多くの従業員が企業の株主であるため、経営者側の視点を理解できています。つまりは企業の採算性を確保するには、成長を続けるための見通しなどへの理解が必要になります。従業員という受け身の立場から、企業経営者というアクティブな立場に視点が変わるということです。ついては、従業員の利益と会社の利益が一致するため、自身やほかの従業員の給与の妥当性が見出せるということです。人材マネジメントと組織開発への先進的なアプローチとして捉えることができます。
従業員参加型の採用プロセス
Luccaではユニークな採用プロセスを導入しています。それは、従業員が将来の同僚を選ぶ従業員参加型の採用プロセスです。従業員は候補者の選考の段階からコミットメントします。候補者がチームに紹介され、面接や評価などのプロセスに実際に参加し、従業員からのフィードバックを受けて、企業文化やチームに適合しているかどうかが判断され、正式な採用に進みます。このプロセスのメリットは、新しい従業員が既にチームから承認を受けているため、オンボードの時点で統合が迅速に行えることです。従業員自身が同僚を選ぶことで、共通の価値観や目標を共有する候補者を選びやすくなり、結束力の向上やより強固な企業文化に寄与します。
また、従業員はチームの状況を熟知しているため、成功に必要なスキルや素質を理解しています。従業員を選考段階から参加させることで、チームのニーズを正確に把握し、ミスマッチを防ぐことができます。従業員参加型の採用プロセスを成功させるためには、偏見を避け、従業員のフィードバックを建設的に反映させるための構造化されたプロセスを構築することが重要です。採用の決定が業務の最善になるよう、適切に管理することが求められます。
当社では、ヨーロッパの大学が連携して留学生の交換を行う「エラスムス制度」の職業版を導入しています。この制度は、社内のほかの職業を試すことができるもので、お試し期間は3〜6カ月です。従業員は一切のコミットメントを求められないので、気軽に利用することができ、好評を博しています。実際、多くの従業員がお試し期間を経て正式に移動を決めています。
離職者数減少の傾向
スタートアップが成長して成熟期に突入すると、離職者が増加することが一般的ですが、Luccaでは従業員数が増え続けているのにもかかわらず、離職者数は減少し続けており、現在の離職者率は平均5%程度です。これはリテンションの取り組みが成功していることを示しています。
私たちは今も昔も変わらず、毎朝仕事に向かい、多くの時間とエネルギーを費やしています。しかし、社会の価値観は変化しています。私たちの世代は、仕事のモチベーションは報酬やステータスではなく、「生きがい」を感じることにあります。特にパンデミックの影響で、人生の優先順位を見直す機会を得て、仕事の意味を再評価しています。Luccaでは、従業員一人ひとりが働くことを生きがいと捉えることを理想としており、その実現に向けてさまざまな取り組みを行っています。
取材・TEXT=田中美紀(客員研究員)、村田弘美(グローバルセンター長)
PHOTO=小田光(photographer)