ロレアル ニューノーマル時代に求められる新たなヒューマンスキルとは

2024年09月11日

マリアンヌ・ポー氏

『学習敏捷性』と『レジリエンス』はパンデミックを経験したことで、ニューノーマル時代に求められる新たなヒューマンスキルとなりました

ロレアルは1909年にパリで設立され、現在では世界中で8万8000人の従業員を雇用し、150カ国で事業を展開する化粧品業界の世界的リーダーである。2023年の売上高は411億8000万ユーロ(約6兆3005億円)で
前年比+7.6%を記録しており、競争の激しい市場でも、その存在感を示している。

「最高の美をすべての人に」というスローガンのもと、ロレアルは36のブランドを展開し、メイクアップ、スキンケア、フレグランス、ヘアケア製品を提供している。ロレアルのイノベーションは、4100人の専門研究チームと5500人の技術・デジタル専門家によって推進され、2019年には497件の特許を取得した。また、環境に配慮した持続可能な製品開発や製造プロセスにも力を入れ、AIやVRなどのデジタル技術を活用してユーザー体験を向上させている。

創設者のウージェンヌ・シュエレール氏は、「人」こそがイノベーションの原動力であり、企業文化の強化と競争力向上において中心であると考えていた。今回は、ロレアルで30年以上のキャリアを持つ人事部長のポー氏に、未来を担う人材への投資戦略や、多様性を重視した雇用プログラムについてお話を伺った。

「シェア&ケア」、社会保障の概念がない国での底上げ効果を狙う

ロレアル本社

ロレアルは、社会的イノベーションと従業員の福祉を目指した「シェア&ケア」プログラムを立ち上げ、2023年に10周年を迎えました。このプログラムは、従業員の社会保障、健康、子育て支援、クオリティ・オブ・ワーキング・ライフの4つの柱に焦点を当てた福利厚生システムです。世界中のグループ会社の従業員に均等な福利厚生とサービスを提供することを目指しています。

フランスは社会保障制度が充実していますが、発展途上国ではまだその概念が広まっていないことがあります。ロレアルは進出する各市場で最高水準のケアとサポートを提供し、社会的保護の向上を目指しています。この取り組みは、多くの国際企業にとって社会的イノベーションのモデルとなっています。最近では、がん患者への支援やドメスティック・バイオレンス、メンタルヘルスに特化したケアを導入しています。

出産・育児休暇も充実しており、第一子の出産時には最低14週間の有給休暇、第二子では、最低6週間の有給休暇が法定休暇に加えて提供されます。医療費の払い戻しや適正な賃金保障もスタンダードとして定められており、従業員の福利厚生は進出先の法定基準を超えることを目指しています。2023年にはメンタルヘルスなどのウェルビーイングに特化した取り組みが加わり、パンデミックの影響を受けた従業員のニーズに対応しています。このプログラムはオフィス勤務だけでなく、全世界の工員や店舗スタッフなど全従業員を対象としています。

ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンへの取り組み

マリアンヌ・ポー氏

ロレアルは、2021年から恵まれない環境にある若者に焦点を当てたプログラム「若者のためのロレアル」を開始し、毎年2万5000人の若者に就労の機会を提供しています。若年層における多様な人材の雇用能力を高めるため、さらに、2022年にはオンライン・トレーニング「ロレアル・ブースト」を導入し、毎年2万人の学生が将来必要なスキルを習得しています。また、「ロレアル・ブランドストーム」は、若者の雇用を促進し、世界を前進させる美を創造するためのグローバルなイノベーションコンテストで、30年以上にわたり70カ国以上で開催されています。30歳までの誰でも参加可能です。

現代の消費者はますます多様性に富んでおり、化粧をするのは女性だけではありません。このような多様な消費者やステークホルダーを戦略に組み込むことが重要です。2021年には、12名の外部専門家と6名のロレアル幹部で構成される諮問委員会を発足し、ロレアルがダイバーシティ&インクルージョンにおけるリーダーになるためのベストプラクティスを検討しています。委員会とワークショップは年に数回開催され、たとえば、ファンデーションのカラーパレットの幅を大きく広げることなどが決定されています。

ロレアルのCEOであるニコラ・ヒエロニムス氏がスポンサーとなり、ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンを推進する社内コンペティション「ビューティー・オブ・インクルージョン・アワード」を開催しています。これまで、60カ国で6000人以上が参加し、400のプロジェクトが提出されました。受賞した4つのプロジェクトは、グループ全体でベストプラクティスとして採用されています。

AIを利用した採用プロセスで偏見を減らす

ロレアルは、ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンを推進するために、採用プロセスにAIを導入しています。この方法により、応募者を客観的に評価し、無意識の偏見を最小限に抑えることができます。AIは多様な候補者データを分析し、選考プロセスをより包括的で多様性に富んだものにします。ただし、人間同士のコミュニケーションも重視しており、面接などはAIに頼らない方針です。このテクノロジーを活用した採用プロセスは、ロレアルの多様性と包括性へのコミットメントを示しています。

パンデミック後の採用基準には変化がありました。以前は「ビジョン、野心、識別力」が重視されていましたが、現在は「学習敏捷性」と「レジリエンス」が追加されました。「学習敏捷性」は、新しい知識を迅速かつ柔軟に学び、適応する能力を指します。ビジネス環境の変化が加速しているため、このスキルは非常に重要です。「レジリエンス」は、困難を乗り越える力を意味し、現代の職場で高く評価されています。

ロレアルのオフィス

フランスでトップの男女平等指数

ロレアルは2022年に前年比7%増の約130万件の応募者数を記録し、ダイナミックな労働市場でも安定した定着率を維持しています。ターンオーバー率は平均5%です。また、従業員の満足度も向上しており、毎年全従業員を対象に実施されるパルスサーベイ調査では、コーン・フェリーの基準を9ポイント上回る79%が高いコミットメントを示しています。

ロレアル・フランスは男女平等に関する指数でも高評価を受けており、2023年の男女平等指数は97/100でフランストップです。経営陣の男女比率は女性49%、男性51%、上級管理職では女性46%、男性54%とバランスが取れています。また、ダイバーシティ採用にも積極的です。障害者雇用数は1625人で、全従業員の国籍は68カ国に及びます。多様な人材を雇用し、包括的な職場環境を実現しているロレアルの取り組みは内外から高く評価されています。私のチームは8カ国の従業員で構成されていますが、フランスの国際性を反映しています。49歳以上の従業員の割合は15%です。

社内モビリティ制度で活発化する

マリアンヌ・ポー氏

ロレアルは社内モビリティ・ポリシーを通じて従業員の専門能力開発を促進しています。この制度は、部門間の異動を奨励し、従業員が新しいスキルを身に付け、さまざまな課題に挑戦し、経験を広げる機会を提供します。私自身もロレアルで30年以上働いており、人事部からキャリアをスタートさせ、流通部、マーケティング部と異動しながらキャリアを積みました。最終的に人事部長として人事部に戻りました。

ロレアルは、従業員が新しい役割や責任に備えられるよう、継続的な研修と能力開発を重視しています。社内の人事異動が多いのも特徴で、2000人以上の人事担当者が働いている理由の一つです。海外での勤務を希望する従業員にとっても、ロレアルの社内モビリティ制度は素晴らしい機会となっています。

取材・TEXT田中美紀(客員研究員)、村田弘美(グローバルセンター長)
PHOTO=小田光(photographer)

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