2024年「無期転換ルール」の活用実態はどうなのか
2013年4月に施行された改正労働契約法の無期雇用への転換が、2024年時点でどのくらい活用されているのか。本稿では、リクルートワークス研究所が毎年実施する、5万人規模の就業者を対象とした「全国就業実態パネル調査」(以下JPSED)と、それに紐づき近年の急速な労働市場の変化や労働法の改正に伴う変化を確認するために2024年10月に実施した「働き方のこれからに関する1万人調査」(以下1万人調査)を基に分析する。
「無期転換ルール」とは何か
「無期転換ルール」とは、2012年に改正された労働契約法に基づき、同一の使用者との間で有期労働契約が通算5年を超えて更新された場合、労働者が申し込むことにより無期労働契約に転換できる制度である。このルールは、労働者に対し雇止めの不安を解消し、雇用の安定を図ることを目的としている。無期雇用契約への転換が可能になることで、労働者はより安定した雇用環境の中で働くことができ、キャリア展望の向上が期待される。
このように、「無期転換ルール」は労働者にとっての雇用安定化を促進する一方、雇用者にとっては人材の採用と定着に寄与すると考えられている。さらに、企業の経営状況が良好である場合には、無期転換を通じた人材確保の施策として機能する可能性もあるが、一部の労働者(※1)にとっては契約更新時の処遇改善の機会が減少するリスクもある。
「無期転換ルール」が与えた無期雇用契約への影響
はじめに「無期転換ルール」による影響についてJPSEDを基に分析する。無期転換する場合に①同じ呼称で無期に転換する場合、②違う呼称(多様な正社員など)に移行している場合がある。本稿では、①に関わる状況を見るためにパート・アルバイト、契約社員、嘱託のうちの無期雇用契約率(労働契約が無期雇用である人の割合)を確認する(図表1)。
無期雇用転換の対象は、2013年4月1日以降に開始した有期労働契約の通算契約期間が5年を超える場合であり、早いケースで2018年に「無期転換ルール」の申込権(※2)が発生する。2018年に無期雇用契約が大幅に増加していることから、雇用契約における無期雇用が進み、雇用の安定化に寄与した様子がうかがえる。特に契約社員においては、2017年の9.8%から15.0%と5.2ポイント上昇している。その後も上昇が続き、2023年には18.9%となり、契約社員の5人に1人は無期雇用契約で働いている。
図表1 雇用形態別 無期雇用契約率の推移(2017~2023年)
※ウェイトバック集計を行っている
出所:JPSEDより筆者作成
非正社員の「無期転換ルール」の活用は7.4%、内容を知らないは62.3%
次に「1万人調査」を基に、「無期転換ルール」の活用状況について、非正社員(※3)、パート・アルバイト、契約社員・嘱託の3つの雇用形態で比較したものが図表2だ。「無期転換の申込権利を使い、既に無期雇用に切り替えている」(以下、無期転換ルール利用者)と回答した人は、非正社員が7.4%、パート・アルバイトが6.5%、契約社員・嘱託が10.5%であった。契約社員・嘱託では10人に1人は無期雇用に切り替えている。
「無期転換ルールの内容を知らなかった」と回答した人は、非正社員が62.3%、パート・アルバイトが66.1%、契約社員・嘱託が48.2%であった。非正社員の約6割はルールの内容を知らない。2013年4月の施行から11年が経過したが、ルールに関する認知が行き届いていないことがわかる。労働者が内容を知らないのであれば、自発的に無期転換を申し込むのは難しい。
注目したいのは、「無期転換ルール」を認知している人がどのくらい無期転換を希望しているのかである。選択肢(1)~(4)を選んだ人を「無期転換ルール」の認識がある人として確認すると、非正社員59.2%、パート・アルバイト57.8%、契約社員・嘱託62.7%が無期雇用を希望していた。労働者がルールを認知している場合、約6割が無期雇用を希望する。
図表2 「無期転換ルール」の活用について(※クリックして拡大)
※四捨五入により、各雇用形態の合計が100%とならない場合がある
出所:「1万人調査」より筆者作成
無期転換した非正社員7.4%が望む働き方
無期転換ルール利用者の非正社員が、これからどのような働き方を望んでいるかを尋ねた設問が図表3である。70.7%が「今の会社で同じ職種で働きたい」と考えているのに対し、7.1%が「今の会社で正規雇用の社員として働きたい」との意向を示した。このデータから無期転換ルール利用者の多くが、雇用の安定を確保して今の会社で働き続けたい意向が強いことがわかる。
一方で、権利を有しながら無期雇用の申し込みを行わなかった非正社員(以下、無期転換ルール未利用者)の中では、「今の会社で同じ職種で働きたい」との回答は53.5%に留まり、無期転換ルール利用者と比較すると17.2ポイント低い。これは、無期転換ルール未利用者が転職を視野に入れている可能性があることを示唆している。実際、図表3からは無期転換ルール未利用者では、転職して違う会社でパート・アルバイト、派遣、嘱託などで働きたいという転職希望者がより多いことが見て取れる。
図表3 「無期転換ルール」該当者のキャリア志向(※クリックして拡大)
女性ミドルシニア層での活用率が高い
無期転換ルール利用者はどのような人たちなのだろうか。その内訳は男性が26.0%、女性が74.0%を占めており、女性の利用者が男性の約3倍に達している。女性では45-54歳の層が31.1%と最も高く、ミドルシニア層が際立っている(図表4)。
実際に「無期転換ルール」を利用した40代の女性数名に追加で聞き取り調査を行ったところ、彼女たちはこのルールの存在を知らなかったものの、勤務先での人事説明会や契約更新時の面談で知ったという人が多かった。その中には無期雇用に切り替わったが、それが「無期転換ルール」に基づく対応だとは認識していない人もいた。申し込んだ理由としては、「長期休暇を取得しても解雇される心配がない安心感」が多く挙げられた。具体的には、育児や介護に伴う長期休暇の他に、自身の病気による長期休暇の不安も特に強く感じられた。45-54歳の年齢層では、健康上の不安が雇用不安に直接結びつくという現実があった。
図表4 「無期転換ルール」を活用した女性の年齢構成
※四捨五入により、合計が100%とならない場合がある
出所:「1万人調査」より筆者作成
業種トップは卸売・小売業
無期転換ルール利用者の勤務先の業種別では、卸売・小売業が29.0%で最も高く、次いで運送業が10.5%、サービス業が9.4%となっている(図表5)。卸売・小売業の割合が高い背景には、この業界で人手不足に対抗し、優秀な労働力を確保するために無期雇用への転換が積極的に行われていることがあると考えられる。例えばそのような企業の事例として、イオンリテール株式会社が挙げられる。同社の雇用者数は7万2859人で、有期契約の労働者のうちコミュニティ社員と呼ばれる職種の人が5万3955人と全体の74%を占めている。業種の特性上、多くの有期契約の労働者に長く働いてもらいたいと考えており、長期的な雇用の安心を提供するために、法制化のタイミングで無期転換制度を導入している(厚生労働省, 2024)。
図表5 勤務先の業種トップ10
出所:「1万人調査」より筆者作成
「無期転換ルール」の認知度向上が人材確保の要
本稿で見てきたように、「無期転換ルール」は非正社員の雇用安定化に寄与していた。また2024年現在、約6割の非正社員がその内容を知らないことを踏まえると、多くの有期契約の労働者がルールを知らず、権利に基づく申し込みをしづらい状況にあることも推察される。一方で、「無期転換ルール」を認知している人の約6割は無期雇用を希望していることもわかった。労働者が「無期転換ルール」を活用できるように認知度向上が求められる。
企業側においても、「無期転換ルール」の活用を促進するために、情報提供や労働条件の改善に努めることが重要だ。2024年4月から労働条件明示のルールが改定され、無期転換申込権が発生する契約の更新時に「無期転換申込機会」と「無期転換後の労働条件」が明示事項として追加されている(厚生労働省,2024)。今後、「無期転換ルール」の認知度が向上することが期待できる。労働市場の需給逼迫が進む中で、企業が積極的に「無期転換ルール」に通じた雇用の安定化を進めることは、人材確保の観点から重要な人事戦略となるのではないだろうか。
(※1)契約更新を時給や勤務時間などの処遇改善の交渉機会として活用する労働者を指す。
(※2)契約期間が1年の場合、5回目の更新後の1年間に、契約期間が3年の場合、1回目の更新後の3年間に無期転換の申込権が発生する。
(※3)筆者は「非正規雇用・非正社員」という言葉の見直しを提唱している。しかし今回は非正社員という働き方をより良くしていく観点から、全体の動向を捉える必要があると考え、この言葉を使っている。以下、本稿では非正社員という言葉は、職場の呼称で正社員とされる人以外を指すものとして使用する。
参考文献:
厚生労働省(2024)「有期契約労働者の無期転換ポータルサイト」https://muki.mhlw.go.jp/case/files/case_25.pdf(2024年11月18日アクセス)
厚生労働省 「2024年4月からの労働条件明示のルール変更 備えは大丈夫ですか?」
001298244.pdf (mhlw.go.jp)(2024年11月21日アクセス)
岩出 朋子
大学卒業後、20代にアルバイト、派遣社員、契約社員、正社員の4つの雇用形態を経験。2004 年リクルートHR マーケティング東海(現リクルート)アルバイト入社、2005年社員登用。新卒・中途からパート・アルバイト領域までの採用支援に従事。「アルバイト経験をキャリアにする」を志に2024年4月より現職。2014年グロービス経営大学大学院経営研究科修了。2019年法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。