非正規雇用の処遇を統計的に考える──小前和智

2022年06月29日

実態のみえない深刻な「格差」

2022年3月27日の読売新聞(読売新聞社が実施した独自の世論調査)によれば、「日本の経済格差について、全体として『深刻だ』と答えた人は、『ある程度』を含めて88%に上った。」という。さらに、具体的な項目として「職業や職種による格差」と「正規雇用と非正規雇用の格差」が各84%を占めた。
「格差」が深刻と捉える世論がみられる一方で、現状の「格差」がどのくらいで、どの程度の差であれば許容されるのか、具体的な議論はなされていないようにみえる。イメージや固定観念にとらわれない冷静な議論が必要であろうし、そうした議論に客観的なデータが欠かせない。そこで、本稿では正規・非正規雇用の処遇差について論点を2つに絞ってみていく(※1)。

(1)正規雇用と非正規雇用にはどの程度の賃金差があるのか(賃金はどのくらい重なるのか)
(2)非正規雇用にはステップアップするチャンスがあるのか

日本の正規・非正規雇用の処遇は呼称と深く関連することが報告されている(神林、2017のほか多数)。以降では、「正社員」=正規雇用、「非正社員」=非正規雇用として記載する。

非正社員の上位半数の賃金が正社員と重なる

はじめに、正社員と非正社員の賃金差をみてみよう。本稿ではコロナ禍前に存在した差に焦点を当てるため、コロナ禍直前の2019年を対象とする。
図表1には、2019年の厚生労働省「賃金構造基本統計調査」の集計表(公表データ)をもとに、正社員、非正社員それぞれの年齢別の賃金水準を掲載した。正社員の賃金の中央値を基準(グラフの縦軸100の位置)にして、正社員、非正社員それぞれの賃金水準がどのように広がっているのかを示している(※2)。
男性(左図)をみると、正社員の賃金は赤い線(90pt)と青い線(10pt)の範囲に広がっている。赤い線(90pt)は所定内給与額が正社員のなかで上位10パーセントの層を、青い線(10pt)は所定内給与額が正社員のなかで下位10パーセントの層をそれぞれ示す。年齢が高くなるにつれて上下の幅が広くなっており、賃金分布が徐々に広くなることがわかる。同様にして、非正社員の賃金は紫色の線(90pt)と橙色の線(10pt)の範囲に広がっている。非正社員のプロファイルを正社員のものと比べると、賃金の分布が狭く、年齢が高くなっても90ptと10ptの距離が広がらない点で異なる。

この図表で最も重要な発見は、正社員の10pt(青い線)と非正社員の50pt(緑色の線)がほぼ重なるように推移している点である。大まかにいえば、非正社員は上位から中位(50pt)まで正社員と賃金水準が重なっているが(青の網掛け部分)、それよりも下位の層では重ならない。同様にして女性(右図)もみてみると、非正社員の中位(50pt)までが正社員と重なる点で一致した(同じく、青の網掛け部分)。

賃金が労働者の生産性に見合って支払われるのであれば、この賃金の重なりが示すものは、非正社員の上位半分が正社員と同じような仕事や職務を担っているということになる。ただ、賃金は産業、企業規模、職業などによっても異なるため、断定はできない。そこで次節では、職場での訓練や正社員への転換状況もみてみよう。

図表1 正社員と非正社員の賃金プロファイル
 図表1 正社員と非正社員の賃金プロファイル

非正社員の上位半数で正社員への転換割合が高くなる

ここでは、図表1と調査年を対応させるように「全国就業実態パネル調査」の2019年(第5回調査)の結果を用いて、時間あたり賃金の分位点階級別に、職場での訓練状況や処遇を不満と思っている割合を示した。図表2では、左から右に移るにつれて非正社員のなかで時間あたり賃金が高くなる (※3)。賃金が職務に紐づいており、高い賃金の者の方がより中核的な業務に就いているとすれば、高い賃金の層が企業内での訓練を受けやすい、あるいは正社員との評価の差に不合理性・不公正を感じる可能性がある。その場合、折れ線グラフが右肩上がりになるはずである。
図表2をみると、OJT(紫色の線)とOff-JT(緑色の線)の実施率は、30ptから上位にむかって実施率がやや上昇する傾向はみられたが、あまり差がないようにみえる。また、正社員との評価が不合理・不公正だと感じる非正社員の割合(青い線)をみても、賃金の多寡によって差異は観察されなかった。職場での訓練や処遇への不満は賃金水準と明確な関係がみられないようである。

図表2 非正社員の時間あたりの賃金と処遇の関係
図表2 非正社員の時間あたりの賃金と処遇の関係

続いて、図表3には2019年の1年間における非正社員から正社員への転換(転職を含む)割合を示した。女性の非正社員では、非正社員として入職するときの賃金が高く設定されるほど企業内部で正社員に転換しやすいとの報告がある(小前、2020)。本稿ではより広く男性も加えて観察した(※4)。
その結果、すべての非正社員を対象とした場合(青い線)、60ptから上位では正社員への転換確率が高くなる。また、不本意非正社員のみを対象とすると(紫色の線)、より顕著に50ptから高分位点で転換確率が高くなっている。図表1の結果と併せて考えると、非正社員の上位半分の層は正社員と比較的近い職務を遂行しながら、正社員転換可能性の高い層として就業しているといえるかもしれない。

図表3 非正社員の時間あたり賃金と正社員転換割合の関係
図表3 非正社員の時間あたり賃金と正社員転換割合の関係

正社員として働きたいと思う人がそのスタート地点に立てる支援を考えるために

統計が存在する1980年代以降、雇用労働者に占める非正社員の割合が長期的に上昇してきた。2010年以降は多様な正社員(あるいは限定正社員)の広がりとともに、正社員・非正社員の処遇差の議論はより一層複雑に、わかりづらくなってきている。一概には判断できないからこそ、正社員・非正社員の処遇差をめぐっては裁判で争われることもあり、一つひとつの事例を丹念に検証しなければわからないことが多々ある。
正社員・非正社員の「格差」が問題として取り上げられる際には、(1)正社員と非正社員の間での処遇差が大きいこと、(2)非正社員から正社員への移動が難しいことが挙げられる。本稿の結果からは、非正社員でも上位半数は正社員と同程度の賃金水準であり、正社員転換もなされやすいことがわかったが、そうであるならば、本稿でいう非正社員の上位半数と下位半数の人では何が異なるのかという疑問もわく。大事になってくるのは、正社員で働きたいと思う人がそのスタート地点に立つことのできるよう、適切な支援が一層厚くなることだろう。そのためにも、様々な角度からの研究(実態把握)がまだまだ求められる。

引用文献
神林龍(2017)『正規の世界・非正規の世界』慶応義塾大学出版会.
小前和智(2020)「女性非正社員の正社員転換 -入職時処遇効果の可能性」日本経済学会2020年秋期大会、P-12.
佐口和郎(2018)『雇用システム論』有斐閣.

(※1)佐口(2018)によれば、日本では正規雇用が雇用労働市場の中心と位置づけられ、最大限に活用されてきた。そうした運用に起因して、正規雇用と非正規雇用間での賃金の差異が大きく、両者の間での移動性が低くなるという特徴が醸成されてきた(正規雇用中心主義②)。こうした議論を参考とし、本稿の焦点を絞った。
(※2)図表1は時間あたり賃金ではなく年間の所定内給与額により作成している。これは公表データでは時間あたり賃金を把握することができないためである。このデータ上の不足を考慮し、労働時間のちらばりを小さくするために、一般労働者(フルタイムで働く人を指す)のみを対象として集計した。
(※3)サンプルサイズを確保する目的で性別を分けずに分析した(ただし、非正社員内での分位点を算出するにあたっては男女別に計算している)。また、利用できるデータの制約上、図表1で用いた「賃金構造基本統計調査」でのフルタイムの非正社員とは対象が異なる。
(※4)ただし、論文・報告で行っているような属性の制御は実施せず、また正社員への転換には転職も含むこととした。

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