従業員の就業先の移動により、繁閑にかかわらず人員確保を実現
Vol.4 AOKIホールディングス 前編(パート・アルバイト社員編)
取締役執行役員 グループ人事管掌 川口 佳子(かわぐち・よしこ)氏
ファッション、ブライダル、エンターテイメントと、業態の異なる複数の事業を展開するAOKIグループ。物価の上昇や人手不足を背景に賃金上昇の要請が高まるなか、パート・アルバイト社員を含めて多数の従業員を抱えるチェーンストア企業はどのように人材を採用、育成しているのか。AOKIホールディングスの取締役執行役員グループ人事管掌として、AOKIグループの人事戦略を担う川口佳子氏に話を聞いた。
パート・アルバイト社員の就業先の移動により、繁閑期に応じた適正人員を実現
ミドルエイジより上の世代にとっては、「紳士服」のイメージで知られるAOKI。1980年代から郊外のロードサイドに大型店を構え、今では一般的になった価格破壊による“スーツ革命”を牽引した。現在のAOKIはホールディングス化し、複数の事業会社を傘下に置くグループ企業に発展している。ファッション事業は「AOKI」「ORIHICA」ブランドで計594店舗、結婚式場のアニヴェルセル・ブライダル事業が10施設、エンターテイメント事業では複合カフェの「快活CLUB」「自遊空間」他、カラオケの「コート・ダジュール」、フィットネスジムの「FiT24」を計812店舗展開。グループ合計で1,416店舗、従業員数は9,132名に上る。うち正社員は3,064名、契約社員およびパート・アルバイトは6,068名(1日8時間換算の年間平均雇用人数)である(いずれも2023年9月末現在)。
同社が事業の多角化に本格的に乗り出したのは1998年。ブライダルの「アニヴェルセル 表参道」およびカラオケの「コート・ダジュール」1号店の出店がこの年である。だが「日本の人口減少を踏まえると、ファッション事業が軒並み成長し続けるマーケットではないという認識はずいぶん前からありました」と川口氏は指摘する。「ファッション事業に次ぐ成長の柱を模索しているなか、ブライダル事業は表参道の土地建物との出合いを機に、カラオケはAOKIの遊休施設を活用する形で始めましたが、そこからグループ間のシナジー効果を考えて事業ポートフォリオを構築していきました」(川口氏)
成長戦略として多角化を進めたわけだが、これはパート・アルバイト社員の人員確保という面でも後にメリットをもたらした。現在、同社のパート・アルバイト社員の採用方法は、事業会社による個別採用と、ホールディングスの一括採用の2通りがある。後者のほうは、川口氏いわく「事業の繁閑に合わせてパート・アルバイト社員の就業先を移動させていく方式」である。
「ファッション事業の成長性とも関連する話ですが、オフィスカジュアルの浸透や在宅ワークの普及により、スーツ市場は縮小し、ますます季節によって繁閑に差が出るようになりました」と川口氏。現在は大学生がリクルートスーツを購入する就職活動や成人式、そして入学式や入社式など新生活に向けた準備が活発になる12月から3月くらいまでがスーツ販売の繁忙期だという。
一方、「快活CLUB」などの複合カフェは夏場がピーク。冷房がきいた快適な空間でゆっくりと過ごしたいというニーズが高まるためだ。カラオケは年末年始に集客率が一気に上がる。「いわゆるトップピークになる時期が業態ごとに少しずれるのです。これを活かすことで人手不足の解消につながるのではという発想で、数年前からホールディングス採用をスタートしました」(川口氏)
具体的には各社のパート・アルバイトに応募した者のなかから、採用面接で人当たりがよく、広く接客に向いていそうな人材に声をかけ、相互納得のうえでホールディングス採用のパート・アルバイト社員とする。ベースは応募した事業会社の仕事だが、繁閑に応じて他業態の店舗に派遣される。そして、シフトはホールディングスと各店舗の間で調整する。「これにより、特にスーツ販売では顕著ですが、トップピークに合わせて通年で人を確保すると余ってしまう、逆に閑散期に合わせるとピーク時に足りない、というジレンマの解消につながると期待しています」(川口氏)
基本時給と役割手当の「二階建て」がパート・アルバイト社員のモチベーションアップに
こうしたホールディングス一括採用には、本人の意向をはじめ、繁閑に応じて働く店舗が拠点の近くにあるなどの前提が必要なため、現在は「100名単位とまではいきません」(川口氏)というくらいの数に留まっている。だが同社では効率的な人材配置を進める観点から、引き続きこの採用に力を入れる方針だ。
ホールディングス一括採用のパート・アルバイト社員は、どの業態の店舗にも行けるよう研修を受け、そもそもオールラウンドに業務に携わることから、他のパート・アルバイト社員より基本時給が高めで、別に手当も講じている。また合算の労働時間もホールディングスで管理し、年収の壁を越えそうな場合、あるいは申告が必要な場合などに注意勧告を行っている。「ホールディングス一括採用の方は、基本的にはライトなアルバイト感覚というより、時間内はしっかり働きたいタイプが多いようです。そうした意味では、結果的に労働時間が長くなり、社会保険に登録される方も比率としては増えています」と川口氏。「ただ、社会保険の対象になるまで働きたいかは、あくまで本人の意思次第で、本人の希望を聞いたうえで企業として誠実に対応する視点から管理しています」
ホールディングス採用以外のパート・アルバイト社員は、業態を問わずスタート時給は同じとなっている。複合カフェは仕事がシンプル、というイメージの他に、「快活CLUB」がこの業界でガリバー的存在であることから応募が多く、逆にファッション販売やカラオケは採りにくいが、「まず業務を覚えていただくという意味でスタート時給は同一です。全国エリアで見ると競合への対応からどうしてもスタート時給を上げざるを得ない地域もありますが、基本はこの発想で統一しています」と川口氏。最低賃金より若干高い額に設定している。
その分、パート・アルバイト社員は就労後の働きぶりによって差をつけている。「エンターテイメント事業では、オペレーションだけを行う方と、班のリーダー的立場で人をまとめる方、後輩アルバイトの育成を行う方などとは、やはり時給が違ってしかるべきです。お願いする役割が社員に近くなるので、時給だけでなく、役割手当のような形でも報いています」と川口氏。
「賃金水準については、他社に競い負けないような水準に設定する必要があります。時給水準は近年大きく上昇していますから、新しく入ってきた方の時給と逆転しないように既存の従業員も合わせて上げることになります。そうすると総人件費が底上げされますから、その分効率化やパフォーマンスの向上を追求しないといけません。スキルアップを時給にどのように反映していくか、パート・アルバイト社員のやりがいにつながるため、査定は一人ひとりの状況に応じて丁寧に対応しています。年1回の定期昇給は確実で、必要に応じてプラスアルファの頻度で見直しています」(川口氏)
業態ごとに正社員とパート・アルバイト社員それぞれの役割を突き詰める。人材戦略は次のフェーズに
こうしたパート・アルバイト社員の評価の仕組みは、「同一労働同一賃金」にかなうものである。現場責任者や人材育成の担当をパート・アルバイト社員に任せることも増え、時給も上昇し、役割に関する手当なども増えている今、「社員とパート・アルバイト社員の違いは何なのか。その線引きがかなり曖昧になってきていると思います」と川口氏は指摘する。事業体ごとにPLや労働分配率、またどんなサービス展開をしたいかというビジョンも含めて、今後、社員とパート・アルバイト社員の役割分担を改めて検討する。
「わかりやすい例でいうと、ファッションのAOKI店舗のストアマネジャーは、求められる権限と裁量が高く広域なためパート・アルバイト社員では難しい。逆に複合カフェのストアマネジャーは働く地域を限定したり、勤務形態の柔軟さが実現できたりすればパート・アルバイト社員でも務まるかもしれません。そういった視点で事業体ごとに区分けしていこうと考えています。いずれにしろ、パート・アルバイト社員の比重は増やしていかざるを得ないでしょう」(川口氏)
繁閑期に対応した適正人員を配置する仕組みにより、パート・アルバイト社員のいわゆるアイドルタイムが減り、また有能なパート・アルバイト社員が社員の職責を担うようになったとはいえ、数自体が増えれば人件費の上昇は避けられない。「ですから今後は、単に数を増やすというより、DXなども進めることで、人にしかできない付加価値の創造をどう極めていくか。そんな『選択と集中』を、業態ごとに突き詰めるフェーズに入ったと見ています」と川口氏。後編では、同社の業態ごとの戦略とそれにともなう正社員の採用・定着の取り組み、そして賃金上昇との関係を詳述する。坂本貴志、小前和智/執筆:稲田真木子)
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