三井物産労働組合とUAゼンセンの挑戦―労働組合の新たな役割―

2021年09月15日

「いまの安心」から「未来のキャリア」へ

日本的雇用システムが瓦解し、終身雇用が約束されないなか、日本の労働組合が果たすべき役割も変わりつつあります。では、いったいどのように変わっていくべきなのでしょうか。

そのヒントになるのが図表1「労働組合の意義」です。日本・アメリカ・フランス・デンマーク・中国で比較すると、日本の労働組合は、「仕事がうまくいくよう助言や支援をしてくれる」「もしも生活に困ったら助けてくれる」と感じている人の割合は高い一方で、「キャリアの新たな挑戦を後押ししてくれる」と答える人の割合が極めて低くなっています。

日本の労働組合は、いまの安心を支えてくれる一方、未来のキャリア形成に対する支援が弱いのです。終身雇用のもとでは、労働者のキャリア形成は企業内の人事施策として行われるため、労働組合がことさらに関与する必要がなかったからです。対して諸外国は、労働市場が流動的なため、職業訓練や職業紹介といったキャリア形成の支援も、労働組合が行っています。

日本でも雇用の流動化により、雇用維持や賃上げといったいまの生活を支えるだけでなく、中長期的なキャリア形成を支える仕組みが求められるようになっています。そしてすでに労働者のキャリア形成に積極的に取り組む労働組合が出てきています。本稿では2つの先進的な取り組みをご紹介します。

図表 労働組合の意義

図表1.png出所:リクルートワークス研究所「5カ国リレーション調査」

ベアからキャリア支援へ。三井物産労働組合の改革

1つめの事例は三井物産労働組合(通称:Mitsui People Union)の取り組みです。三井物産労働組合もかつては、他の労働組合同様、ベアや手当など賃上げを最重点施策として活動を行ってきました。

しかし、低成長によるベアの機運低下とともに労働組合への支持も徐々に低下。2012年にはとうとう労働組合の解散宣言を出さざるを得ないところまで追い込まれたのです。

当時、社員からは、「賃上げも大事だけれど、成長機会がもっと欲しい」「転職が当たり前の時代、キャリアの選択肢を広げたい」といった声が、組合執行部に届くようになっていました。そこで組合員を対象に調査をしたところ、社員が求めていたのは、賃上げ以上に、成長機会やキャリア支援であることが明らかになったのです。

それらを充実させることが会社に対するエンゲージメントを高めることも、調査から明らかになりました。そこで、ベアからエンゲージメントへ、組合活動を抜本的に拡大することにしました。

キャリア支援の一環として、組合執行部のメンバー6名がキャリア・コンサルタントの資格を取り、組合員のキャリア相談にものるようになりました。組合が提供するキャリア相談は、会社の事情に精通していながらも、人事や経営から独立し秘密が守られることから、利用者の約9割が満足しているそうです。

三井物産労働組合は、労働組合に対する「鉢巻をしてストライキをする」といった古めかしいイメージから脱却するために、Mitsui People Unionという通称を定め、労働組合のリブランディング施策を強力に展開していきました。

その甲斐あって、組合員向け調査の回答率は7年間で30%も上昇し、いまや若手・中堅社員の組合執行部の活動に対する参加意欲は半数に達しています。三井物産の労働組合は、社員のエンゲージメント向上とキャリア支援に活動を広げることで、解散の危機から劇的な復活を遂げたのです(※1)。

出向・転職支援に乗り出したUAゼンセン

もう1つは、日本最大の産業別労働組合がUAゼンセンの取り組みです。

UAゼンセンには、食品や流通、レジャー・サービス、福祉・医療など、生活産業のさまざまな労働組合が加盟しており、約180万人の組合員がいます。新型コロナウイルス感染症の流行は、UAゼンセン傘下の企業とその社員にも大きな影響を与えました。コロナ禍により、飲食業などでは営業時間短縮等が発生し、雇用や収入が減少する一方で、食品スーパーなどの小売業では人手不足が発生しました。

そこで、UAゼンセンは2020年4月、傘下の組合と連携して異業種間の「就労マッチング支援」に着手したのです。

2020年9月には、労働組合としては初めて産業雇用安定センターと連携協定を結び、企業間あるいは産業間での出向や再就職を推進するようになりました。UAゼンセンでは2021年7月時点で、約1300名の出向・転職を実現しています(※2)。

UAゼンセンの就労マッチング支援は、新型コロナウイルスの流行という非常時においては同一企業における雇用維持に限定せず、失業なき労働移動により組合員の雇用を確保する取り組みといえます。

雇用、賃上げ、そしてキャリア支援へ

Mitsui People UnionやUAゼンセンの取り組みからわかることは、もはや同一企業における雇用維持や賃上げといった伝統的な要求だけでは、雇用を取り巻く環境の変化と労働者のニーズに合わず、労働者の支持を得られないということです。

なかには、定額ベアを求め、ストライキ権の行使を経営に通告した労働組合から、約3万5000人もの組合員が脱退するようなケースも出てきています。このケースは他にも要因がありますが、旧態然とした先鋭的な活動だけでは、労働者の支持を得られない証左の1つといえるでしょう。

企業別労働組合は、大企業の正社員を主たる対象として発達してきました。大企業の正社員は、労働条件が相対的に恵まれているため、賃上げ以上に、成長機会や仕事のやりがいを重視する人もいます。

また、正社員以外の労働者は、コロナ禍のような経済危機のもとでは、正社員以上に失職や生活困窮のリスクに直面します。このような労働者にとって、次の仕事をみつけ、キャリアを継続できることはとても重要です。

人生100年時代になり、大企業の正社員も、正社員以外の労働者も、キャリアの継続や発展がより重要になっています。キャリアの継続・発展は雇用が維持されるだけに留まりません。ときには仕事を変えながらやりがいや手応えを得られることも重要です。

これからの時代は、労働組合にも、個人のキャリア形成を支えることが期待されます。

中村天江

 

(※1)リクルートワークス研究所(2021)「『賃金のベースアップからキャリア支援』へ。三井物産労働組合のデータ改革」「解散危機に陥った三井物産労働組合は、なぜ大復活できたのか?」『兆し発見 キャリアの共助の「今」を探る』https://www.works-i.com/project/10career/mutual.html
(※2)リクルートワークス研究所(2021)「『つながり』のキャリア論―希望を叶える6つの共助」https://www.works-i.com/research/works-report/item/tsunagari_210528.pdf

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