労働組合の衰退と復活の兆し―社会運動ユニオニズムとIT―
組合組織率は56%から17%に低下
終身雇用、年功序列、企業別労働組合という日本的雇用の「三種の神器」。
1つ目と2つ目の神器は、しだいに終身雇用から有期雇用へ、年功序列のメンバーシップ型雇用から年功不問のジョブ型雇用へと変貌を遂げつつあります。3つ目の神器である企業別労働組合もまた、組織率が低下し、存在感を失いつつあります(図表1)。
しかしいまや、VUCA(不安定・不確実・複雑・曖昧)の時代です。労働者が、環境変化による失職リスクや労働条件の低下リスクを乗り越え、キャリアを築いていく重要性は高まっています。雇用の継続や賃金や労働条件の改善など、労働組合が果たしてきた役割は、むしろ高まっているのです。
労働組合の存在感が希薄になっている一方で、労働組合が担ってきた役割はむしろ重要になっているというアンビバレントな現実が出現しています(※1)。
図表1 労働組合 推定組織率の推移(1947~2020年、各年6月30日現在)
出所:厚生労働省「労働組合基礎調査」
集団で「ボイス」を伝える役割
ナショナル・センターである連合(日本労働組合連合会)は、労働組合が実現できることとして、以下を挙げています(※2)。
・組合員の不満・苦情などを会社側に伝えやすくし、職場の風通しを良くする
・職場のルールや賃金・労働時間などを話し合いで決められるようにし、労働条件を改善する
・不当な解雇や安易なリストラなどをなくし、雇用を安定させる
・働きぶりが公正に評価され、納得して働ける職場環境に改善する
・経営に関する情報を入りやすくし、透明性を増す
・倒産や企業売却などのときに力になる
労働組合は、組合員の不満や要望を会社に伝え、雇用や賃金、労働時間といった労働条件や職場のルールの改善を促す存在です。労働者の交渉を集団で行う、まさに「ボイス」の機能を担っています。
一般に、労働者一人ひとりは情報量や影響力が企業ほどありません。労働組合が集団として、団体で交渉することにより、企業も無視できなくなるのです。
労働組合が衰退した理由
では、いったいなぜ、労働組合の組織率は、戦後1949年の56%をピークに、2020年には17%まで低下してしまったのでしょうか(※3)(図表1)。
第二次世界大戦の後、GHQは日本で労働組合の結成・活動を奨励しました。敗戦により生活に困窮していた国民の切迫感と相まって、全国で労働組合の結成が相次ぎました(※4)。
高度経済成長期の頃までは組織率は3割以上を維持していましたが、その後は減少傾向が続いています。組織率が低下した主な理由は以下です(※5)。
・産業構造の変化(サービス経済化の進展など)
・雇用構造の変化(パートタイム労働者、女性労働者の増加)
・新規組織化の低下(経営側の組合忌避など)
サービス経済化が進み、小売業や飲食業、観光業、その他のサービス業の雇用が拡大しましたが、新たな労働組合はあまり結成されませんでした。また、企業別労働組合は正社員を対象とした組合がほとんどで、パートタイムなど正社員以外の雇用形態で働く労働者や、男性に比べて平均勤続年数が短い女性労働者が増加しても、その人たちは組合に加入しませんでした(できませんでした)。
雇用形態の多様化や雇用の流動化に、労働組合の変化が追い付かなかったのです。
組織率の低下は先進国共通
ただし、労働組合が衰退しているのは日本だけではありません。先進諸国では労働組合の組織率は長期的に低下傾向にあります。1995年から2016年にかけての組織率は、日本は24%から17%に、アメリカは15%から11%に、ドイツは36%から18%に減少しています(※6)。
その一方で、フランスや北欧諸国では労働協約(労働組合と使用者が行った取り決め)の適用率が極めて高く、労働組合に加入している労働者の数は限られていても、社会の仕組みとして労働組合は大きな影響力をもっています(図表2)。
日本と海外の労働組合の最も大きな違いは、日本は企業別・事業所別の労働組合が中心なのに対し、欧米諸国では産業別・職業別の横断的労働組合が発達していることです。海外では、仕事を辞めて他の企業に移っても労働組合を移る必要がないのに対し、日本では転職のたびに組合を変える必要があり、短期間で辞めるのであれば、労働組合に加入するメリットがあまりありません。
日本の企業別労働組合は終身雇用と表裏一体で発達してきたため、雇用流動化のもとで企業別労働組合の意義そのものが揺らいでいるのです。
図表2 労働組合の浸透度
出所:労働組合の組織率と労働協約の適用率はOECD.stat「Trade Union」「Collective Bargaining」の2014年の値。交流のある人間関係として労働組合を挙げる割合は、リクルートワークス研究所「5カ国リレーション調査」2020年の値。
アメリカでは組合支持が復活
アメリカは欧州諸国と違い、経営者の組合忌避感が強く、組織率も労働協約の適用率も1割強しかありません(図表2)。にもかかわらず近年、労働組合への支持が高まっているのです。
ギャラップ社の調査によれば、労働組合に賛成(支持)すると考える人の割合は世界経済危機後の2009年の48%を底に上昇に転じ、2020年には65%と、1970年代以降で最も高い水準まで増えました(図表4)(※7)。
アメリカは、労働組合の組織率が日本の3分の2程度しかなく、労働組合の存在感が希薄なようにみえます。しかし、「交流のある人間関係として労働組合を挙げる割合」は日本よりもアメリカのほうが高く、労働組合が社会に根差しているといえます(図表2)。
図表3 労働組合に賛成か、反対か?(アメリカ)
出所:https://news.gallup.com/poll/12751/labor-unions.aspx より作成
社会運動ユニオニズムの台頭とIT業界の変化
アメリカの労働組合は2つの方向で進化しつつあります。1つには、アメリカの労働組合は、組合員の労働条件の引き上げから、社会正義の実現へと組合活動の射程を広げています(※8)。
例えば、全米サービス従業員組合(SEIU)は低賃金のファスト・フード店の最低賃金を15ドル以上にするよう「Fight for Fifteen」運動を展開し、全米各地で州別最低賃金の引き上げの原動力となりました。このような労働組合の方針転換は、社会善を重視する若い世代の関心を惹き寄せることにもつながっています(※9)。
もう1つは、待遇が良く労働組合が不要だといわれてきた「Big Tech(大手IT企業)」で組合結成の動きが出てきていることです(※10)。Amazonは組合の結成をめぐって労使の攻防が続いており、Googleの親会社Alphabetでは2021年1月に労働組合が結成されました。組合結成の背景には、エンジニアなど高報酬の社員と、そうでない社員の待遇格差に対する不満があります。
アメリカの労働者たちは、労働条件が悪ければ自ら組合をつくり、社会運動を起こすパワーをもっているのです。
中村天江
(※1)中村天江(2021)「雇用システム再構築、残る未解決問題 ―働く人の「ボイス」―」 https://www.works-i.com/project/voice/employment/detail001.html
(※2)日本労働組合総連合会「みなさまへ 労働組合ができることって?」 https://www.jtuc-rengo.or.jp/about_rengo/toall/trade_union.html
(※3)厚生労働省「労使関係総合調査(労働組合基礎調査)」
(※4)アンドルー・ゴードン著,二村一夫訳『日本労使関係史 1853-2010』(岩波書店,2012)
(※5)都留康(2002)『労使関係のノンユニオン化―ミクロ的・制度的分析』東洋経済新報社
(※6)労働政策研究・研修機構編(2019)「労働組合員数・組織率(各国公式統計)」『データブック国際労働比較2019』
(※7)労働政策研究・研修機構(2018)「労働組合が『良い』と考える人は61%―ギャラップ調査」 https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2018/03/usa_04.html ギャラップ社は1935年に労働組合が合法化された翌年の1936年から調査を行っている。最初に調査を実施した1936年に72%を記録した労働組合への支持は、1953年と1957年に75%と最高を記録したものの、1970年代になるとほぼ60%台になった。リーマン・ブラザーズ証券の破綻に始まる経済危機後の2009年に、47%と調査開始から初めて50%を割ったが、オバマ大統領の就任を機に再び回復に転じる。
(※8)賃金などの労働条件の引き上げなどを中心とする組合活動を「ビジネス・ユニオニズム」というのに対し、格差是正や移民問題、環境問題の解決など、社会課題の解決や社会正義を追求する組合活動を「社会運動ユニオニズム」という。
(※9)リクルートワークス研究所(2021)「アメリカ Google社員が労働組合を結成した理由とは。労働問題専門家に聞く」『兆し発見 キャリアの共助の「今」を探る』 https://www.works-i.com/project/10career/mutual/detail012.html
(※10)日本貿易振興機構(2014)「北米における労働組合と労働権法制定の動き(2014年5月)」