仕事に不満。ボイスと転職、どちらを選ぶ? ―日本における“Exit Voice”理論―

2021年09月30日

離脱か? 発言か? ハーシュマンの“Exit Voice”理論

本連載「雇用流動化と働く人の『ボイス』」では、雇用の流動化により、働く人の希望の表明の仕方にどのような変化があるのかを論じてきました。

本稿では、仕事内容について、「今の職場で要望を伝えるのと、転職して不満を解消するのと、どちらがよいのか」を、リクルートワークス研究所が行った「全国就業実態パネル調査」の3年分のデータ(※1)と「働く人のボイス調査」のデータを用いて考察します。

分析に先駆けて、「職場でボイスをあげるのか、転職して解決するのか」という個人の解決行動に関する研究理論を紹介しておきます。

政治経済学者のHirschman(1970)は、個人が不満を解消する手段には、離脱(Exit)と発言(Voice=ボイス)の2種類があり、離脱によって不満のある状況から脱出する方法と、発言によって事態の改善を促す方法は、忠誠(Loyalty)によってさまざまな形態をとりうると主張しました(※2)。この枠組みをFreeman and Medoff(1984)が労働条件の分析に用い(※3)、今日では “Exit Voice”理論は労働研究でも広く知られています。

不満だらけでも辞められない日本

Hirschman(1970)は、個人は転職オプションをもっている前提で、あえて離脱(転職)しないで職場に残るからこその改善要望について考察しました(※4)。

しかし、長期雇用が根付いていた日本では転職や起業が難しく、仕事内容や給与、人間関係などに不満があったとしても、会社を辞められないというジレンマがあります(図表1)。

図表1 個人と企業の関係性
図表1 個人と企業の関係性.png※週労働20時間以上のみ集計
出所:リクルートワークス研究所(2020)「5カ国リレーション調査」 

加えて、これまで考察してきたように、職場において声をあげる風土もありません(※5)。

日本では、転職もせず、声もあげず、不満に耐え忍ぶのがよいのでしょうか(※6)。

仕事の満足度は、転職と転職なしでどう違うか?

そこで、転職の有無によって、仕事に対して満足している割合が2017年から2019年の3年間にどのように変化したかまとめたのが図表2です(※7)。2017年時点で、仕事に満足している人は71%、満足していない人は29%でした。

2017年時点で仕事に満足していて、同一企業で継続して働いている場合、2年後に仕事に満足している割合は83%です。もともと満足していた人も、働き続けているうちに満足しなくなる人が17%は出るということです。

2017年時点で満足していて、転職した場合は、2年後に仕事に満足している割合は77%になります。転職しなかった場合よりも割合が下がるため、もともと仕事に満足しているのであれば、そのまま働き続けるほうがよいといえます。

一方、2017年時点で仕事に不満があり、その後も同一企業で継続して働いている場合は、2年後に仕事に満足している割合は39%しかありません。

しかし、2017年時点で仕事に不満があり、その後転職した場合は、仕事に満足する割合が58%になります。転職によって半数以上が仕事に対する不満を解消し、満足できるようになるのです。

以上から、仕事に満足している場合はそのまま残り、仕事に不満がある場合は、残るより転職したほうがよいといえます。

図表2 仕事に対して満足している人の割合の変化
図表2 仕事に対して満足している人の割合の変化.jpg2017年調査時点に2549歳の正社員で、2019年調査で転職について回答、N=4812
出所:リクルートワークス研究所「就業実態パネル調査20172019

辞めずに残る。そのとき個人にできること

仕事に満足している場合はそのまま残り、仕事に不満がある場合は、残るより転職したほうがよいにしても、いろいろな事情で転職できないこともあります。仕事に不満があり、しかも、転職できないときにできることは何なのでしょうか。

職場での個別交渉“I-deals”の実態 ―ハードとソフトの労働条件―で紹介したように、さまざまな労働条件のうち、仕事内容については、希望を上司などに伝える人が相対的に多く、しかも、要望が叶いやすい項目です。

さまざまな労働条件のなかで仕事内容が最も重要だと考える人は19.6%いて、11.1%が仕事内容に関する不満や要望を上司や人事に伝えています。その結果、希望が叶った人が7.2%、叶わなかった人が3.9%となっています(図表3)。

仕事内容が大切だと考える人の半数以上が声をあげ、半数以上が何らかの希望が叶っているのであれば、不満を抱えたまま我慢するのではなく、上司に相談してみるのが有効といえるでしょう。

図表3 要望の有無と希望の実現
図表3 要望の有無と希望の実現.png※1番重視している項目に関する要望の有無とその結果を集計
出所:リクルートワークス研究所(2021)「働く人のボイス調査」

“Exit Voice”メカニズムを機能させるには

以上から、日本でも、仕事内容に関しては、不満があるなら転職(Exit)したほうがよい、転職せずに残留するのであれば職場で希望を伝える(Voice)ほうがよいということがわかりました。

現状、日本には好条件で転職できる外部労働市場や、職場で活発に“I-deals”を行う風土はないにもかかわらず、個人が希望を叶えるには、転職したり、声をあげられたりする環境が必要なのです。一見、これは袋小路に感じますが、実は近年注目を集めているジョブ型雇用が突破口になります。

というのも、ジョブ型雇用(ジョブ型採用)によって、他の社員とは異なる高額報酬を設定して、高度人材を採用する企業が出てきたためです。高度専門人材の獲得とリテンションのために高額報酬を提示する制度を、NTTグループやNEC、ソニーなど相次いで導入しています。

また、ジョブ型雇用への転換にともない、社員のキャリア自律を促す企業も増えています。三菱ケミカルや富士通は社内公募制を拡大し、社員が自分の意志でキャリアをつくっていけるように変えつつあります。これはキャリアパスや仕事内容に関するボイスを促す仕組みともいえます。

日本の“Exit Voice”メカニズムは、雇用システムの変容とともに発展していく過渡期にあるのです。

中村天江

 

(※1)同一人物の変化を捕捉できるリクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」の2017、2018、2019年調査のデータを用いる。分析の対象は、2017年調査時点で25~49歳だった正社員である。なお、「全国就業実態パネル調査」は毎年1月に調査を行い、「昨年1年」について尋ねている。2017年調査では2016年の実態を、2019年調査では2018年の実態を尋ねているが、本稿では調査年を表記している。
(※2)Hirschman, Albert O.(1970)“Exit, Voice, and Loyalty: Responses to Decline in Firms, Organizations, and States,”Cambridge: Harvard University Press(A.O. ハーシュマン〈2005〉『離脱・発言・忠誠─企業・組織・国家における衰退への反応』矢野修一、ミネルヴァ書房)
(※3)Freeman, Richard B. and Medoff, James L. 〈1984〉 “What Do Unions Do?, ”New York: Basic Books, Inc. (R.B. フリーマン・J.L. メドフ<1987>『労働組合の活路』島田晴雄・岸智子訳, 日本生産性本部)
(※4)Hirschman, Albert O.(1970)Exit, Voice, and Loyalty: Responses to Decline in Firms, Organizations, and States,Cambridge: Harvard University Press(A.O. ハーシュマン〈2005〉『離脱・発言・忠誠─企業・組織・国家における衰退への反応』矢野修一訳、ミネルヴァ書房)
(※5)中村天江(2021)職場での個別交渉“I-deals”の実態 ―ハードとソフトの労働条件―;、転職時のボイスは賃上げに効く―日米仏中の比較分析―『雇用流動化と働く人の「ボイス」』リクルートワークス研究所
(※6)久米功一・中村天江(2020)「日・米・中の管理職の働き方―ジョブ型雇用を目指す日本企業への示唆―」日本労働研究雑誌725
(※7)分析の詳細は、中村天江(2020)「働き方に不満。転職と残留、どちらを選ぶ? ―“Exit Voice”理論の実際―」『「働く」の論点』リクルートワークス研究所。

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