「部長級」を3人体制に。部門の成長・変革・人材育成を同時に推進――日揮グループ
日揮グループでは、海外で各種プラント・施設の設計・調達・建設を手がける日揮グローバルにおいて、「部長」「部長代行」の役割を見直して再定義。部長のほか、「人材育成」「プロジェクトアサインメント管理」に特化したポストを新設しました。その背景と新体制の概要、成果について、日揮コーポレートソリューションズ 人財部長代行の岸田一成氏にお話を伺いました。
長期ビジョンの実現に向け、変化への対応などから高まり続ける負荷が課題に
―― まず、マネジメントの変革に取り組んだ背景、着目した課題についてお聞かせください。
きっかけは、2021年に長期経営ビジョンとして「2040年ビジョン」を策定したことです。デジタル化や脱炭素化など事業を取り巻く環境が大きく変化するなか、ビジネス領域、ビジネスモデル、そして組織自体も変革していかなければ、20年後に目指す姿に辿りつけません。
これからの時代のマネジメントは、上記変革の実現に向け、中長期的な視点での将来の利益や社会の課題解決・貢献につなげていくためのリーダーシップが大切だと考えています。経営陣だけで変革を実現できるわけではなく、従業員も一丸となって変えていかなければならない。そこで、経営と従業員の結節点としての機能を担う「部長」の重要性が再認識されてきたのです。
これまでの「部長」は、部門ビジョンや戦略の策定・推進、人材育成、プロジェクトの配員・管理などを1人もしくは部長代行と協力して行う体制でした。しかし、部長・部長代行それぞれの役割が必ずしも網羅的に明確になっていたわけではなく、部門によっても捉え方が異なっていた面もあったと思います。
ビジネス環境の変化への対応を迫られ、課題が複雑化しているなか、CHRO(最高人事責任者)も、すべてのミッションを担う部長にかかる負荷の大きさに危機感を抱いていました。部長の役割として重要なのは、長期経営ビジョンの実現に向け、自部門の将来像・ビジョンをしっかりと描き、実現に向けた道筋を示してリードしていくことです。未知の取り組みを進めるにあたり、リーダーシップを発揮しなければならない場面が増えていく。日揮グローバルの経営幹部から「ミッションを明確化した方がいい」という意見もあり、それぞれのミッションを明確にしながら役割を分担するという考えに至りました。
また、昨今よりニーズの強まる領域への取り組みも強化したい意図もありました。例えば「育成」は、皆が重要だと認識していながらも、すぐに成果が表れないものなので、優先順位を付けていくと後回しになりがちです。しかし、従業員一人ひとりが当事者意識を持って働けるようにするためには、「成長実感」を得ることが重要。キャリア開発を一緒に考え、従業員の成長を支援する取り組みに注力していきたいという考えもありました。
「ビジョン・戦略の策定・推進」「育成・キャリア開発」「プロジェクトアサインメント管理」の分業体制へ
―― 従来の体制から、どのように移行したのでしょうか。
2022年4月より、日揮グローバルの主要30組織において「部長代行」を廃止し、新たに「CDM(キャリアデベロップメントマネージャー)」と「PCM(プロジェクトコーディネーションマネージャー)」のポジションを設置しました。部長は中長期ビジョンの策定・実行、変革の推進などにリーダーシップを発揮し、CDMが人材の育成やキャリア開発、PCMが各プロジェクトにおける人材配置・管理を担います。この役割の切り分けは、大きな迷いはなく決まりました。
CDMが向き合うのは、基本的には部門内の全メンバーであることが多いです。評価については、部門によって多少設計が異なりますが、メンバー一人ひとりの育成やキャリア開発に関する責任はCDMが担っています。なお、CDMの機能は各部門共通なので、CDMが集まって課題を共有する場もあります。
PCMはグローバルのプロジェクトを遂行する会社特有の機能です。国内の場合、多くは事業部の下にプロジェクトが組成されるため、基本的には事業部長がプロジェクトも管掌することが多いです。一方、グローバルのプロジェクトはより大きな規模であることも多く、部門と同等もしくはより上位の組織などが管掌して運営するスタイルもあります。アサインメントのコーディネートはプロジェクトの生命線ともいえる非常に重要な仕事です。
最終決裁は部長が行いますが、3者が密にコミュニケーションを取って情報の共有・連携をしています。当社はもともと「すり合わせ」が得意な会社です。実際、毎朝、3者で業務の進捗や人事課題などを話し合っている部門もあります。
―― 今回のマネジメント体制の刷新に際し、取り組みの阻害要因・促進要因になったことはあるのでしょうか。
阻害要因となったことは特にはありません。誰もが「必要だよね」と認識し、実行されていた機能だったからでしょう。不要論が唱えられることもなく、スムーズに移行し運用されています。
当社の従業員はプロジェクトに入って仕事をしていますので、何年かごとに一緒に働く人が変わります。中には、プロジェクトが「主」で、所属部門が「副」と認識している人もいるほど。ですから、組織体制の変化には慣れていますし、部門内で調整しながらシフトさせているはずなので、当社にとっては大きな動揺を与えるような改革ではなかったと思います。また、もともと部長代行を務めていた人がCDM・PCMに就いたケースも多く、違和感は少なかったと思います。
―― 部長代行からCDM・PCMに移行された方々は、このキャリアパスを想定していなかったと想像します。CDM・PCMの今後のキャリアパスをどのようにお考えでしょうか。
これまでは部長代行といってもさまざまな役割を担っており、その前後での画一的なキャリアパスは特になかったと思います。現在は、ミッションが明確になり、それぞれ異なるので、適性や志向性に応じた前後のキャリアパス検討が必要かもしれませんが、まだまだこれからといったところです。
通常の組織では、成果を上げた人が昇進していきます。しかし、どんな世界でも名プレーヤーが必ずしも名コーチになれるわけではありませんよね。後継者を育てるには、高業績を上げるのとは異なる資質や能力も必要と感じており、それぞれの役割に必要なキャリアデザインも必要になるかもしれません。まだ明確化していないので、難しいですが、これからの課題の一つです。
会社が重視していることが従業員に伝わった。それぞれの機能の質も向上
―― 新たなマネジメント体制の導入によって、どのような成果が得られたのでしょうか。
従業員の反応は概ね好評で、ある部門のアンケート調査では新体制を「評価している」と回答した部員が8~9割に達しました。
CDMの設置によって「会社はキャリア開発の重要性を認識している」「会社は社員の長期的なキャリア開発を支援する」という姿勢を、従業員にしっかりと伝えられていると思います。実際、従業員からは「キャリアについて相談しやすくなった」という声が上がっています。一人ひとりのキャリアの志向がつかめれば、育成計画も立てやすくなると期待できます。CDMとPCMが人材に関する情報を共有することにより、プロジェクトへのアサインもより適切に行えるでしょう。
また、それぞれの部門やプロジェクトのアウトプットの質は上がっているのではないでしょうか。その質を落とさないように、各部門が努力していると思います。
―― 逆に、失ったもの、あるいは意図的に手放したものはありますか。
あまりないと思いますが、手放したようで手放せていないのは多少の「曖昧さ」ですね。各ポジションの役割は、完全には明文化されていません。ただ、精緻なジョブディスクリプション(職務記述書)を作ったとして、それに縛られると隙間にある業務を埋められないこともあるので、曖昧さが残っていることで柔軟に補完し合えているのではないかと思います。
また、コミュニケーションコストは増えていると思いますが、一定までは必要なコストであるともいえると思います。
―― 今後の課題をお聞かせください。
当時の体制変更で、部長・CDM・PCMが3人とも新たにアサインされた組織はおそらくないのですが、今後、新しい部門が新しいメンバーを集めて体制を作ったときにはどうなるかはわかりません。より効果的に機能させていくには、それぞれの役割をより明確化し、その役割に必要な能力を身につけていくこと、さらには元は部長の仕事という観点でお互いの役割や全体感をよく理解し協力し合う必要があると考えています。
お話をお聞きした人
岸田一成氏
日揮コーポレートソリューションズ
人財部長代行
経営と従業員の結節点である部長が、本来の役割や今だから求められている役割を改めて認識し行動する、また、役割を果たしやすくなるような体制・支援ができるかが重要だと思います。