チームビルディングと権限委譲で、チームの成果を最大化――ヤッホーブルーイング

2024年08月28日

星野リゾート代表の星野佳路氏が1997年に創業したクラフトビールメーカー、ヤッホーブルーイング。「日本に新たなビール文化を築く」というビジョンを掲げ、『よなよなエール』をはじめとする多様なブランドを展開。クラフトビール市場でトップシェアを獲得しています。地ビールブームの到来と終焉、ネット通販立ち上げ、組織変革・拡大などを経て、19期連続増収を達成。転機となった組織変革と現在の仕組みについて、人事総務部門責任者の長岡知之氏にお話を伺いました。

事業加速に向け、2部門・各1人の部門長ではマネジメントに限界があった

―― 1997年の創業から27年の間で、組織づくりの転換期となったのはどのタイミングなのでしょうか。そのとき、どのような課題に向き合いましたか?

紆余曲折を経てきましたが、大きな分岐点となったのは、井手直行が代表に就任した2008年です。地ビールブームが過ぎた後の苦しい時代を何とか乗り越え、これから加速していこうとするタイミングで、組織づくりを一からやり直すことになりました。

それまでは製造と営業・マーケティングの2部門しかなく、それぞれ1人の部門長が全体をマネジメントしていました。パワフルなリーダーがメンバーをどんどん引っ張っていくマネジメントスタイルです。しかし、それは限界に来ていると感じていました。

そこで、井手が「チームビルディング」の研修に参加。「これが今のヤッホーブルーイングに足りないんだ」と衝撃を受けて帰ってきたんですよ。

ユニットを細分化し、ユニットディレクターに権限委譲

―― チームビルディングを軸にした組織設計はどのように移行したのでしょうか。

チームを運営していくなかで、1チームあたり「7人前後」の規模が最適だという感触を得ました。メンバー一人ひとりが自分の意見を言いやすく、チームとしての成果を出しやすいのがこれくらいの規模。この規模感を前提に組織を構成しています。

全体の組織体制としては、代表の井手の直下に「ガッホーディレクター」がいます。これは一般的な「部長職」に該当する部門トップであり、以前にはなかったポジションです。当初は井手がマネジメント全般を行っていましたが、ガッホーディレクターへの権限委譲を進めました。

部門内には、一般的に言う「課」に該当する「ユニット」があります。これが7人前後で構成されているチームであり、現在30ほどあります。課長職に当たるポジションは、「ユニットディレクター」と呼んでいます。ユニットディレクターに求められる役割・評価対象項目は「戦略策定」「戦略の遂行」「チームビルディング」「成果への貢献」です。

ユニットディレクターイメージ図

マネジメントの手法としては、メンバーをぐいぐい引っ張っていくというより、メンバーが成果を出せるようにアシストします。このスタイルを「ファシリテーター型リーダーシップ」と表現しています。「促進」という意味を持つ「ファシリテーター」であり、「リーダー」「マネジャー」の役割を兼ね備えているのがユニットディレクターです。

もちろん、人材育成も担います。当社は人材育成型の評価制度を運用していますので、その制度に基づいてメンバーの評価・査定を行い、評価を通じてメンバーの成長を支援します。

―― ユニットディレクターは幅広い役割を担っているようですが、「プレイヤー」としても機能しているのでしょうか。

プレイングマネジャーとして走っているメンバーが多いですね。当社のチームビルディングの考え方では、管理職は「監督」ではなく、「チームメンバーの一員」。7人前後の規模であることを踏まえても、担当業務を持つのが現実的です。

逆に、先に挙げたユニットディレクターの役割の一部をメンバーが担うこともあります。次のリーダーを育てるため、ユニット内でもメンバーへの権限委譲を進めています。例えば「評価・育成」については、若手メンバーと一緒に同じ仕事をしているベテランメンバーに任せる部分も大きい。ベテランメンバーの評価や目標設定についての意見を重視しています。また、ユニットの戦略の立案や数値管理もメンバーに任せ、その遂行を目標として設定していたりもします。権限委譲を進めることで育成を図る動きが活発化しています。

なお、評価については本人の納得感が重要です。当社には組織横断型のプロジェクトが多数あるため、チーム横断で仕事をしている場合、直属の上司の目が届きませんし、関わる人によって評価の目線がずれてもいけない。そこで、評価する立場にある者が他ユニットの全メンバーの評価を見られて、フィードバックをし合えるよう、イントラネット上でオープンにしています。口頭で確認する査定会議も行い、全員が自部署以外のメンバーの評価にも関われるようにしています。

―― メンバーが自律的に、責任感を持って働けるために工夫していることはありますか。

「適切な目標設定」が重要だと考えています。コンフォートゾーンにとどまるのではなく、少し難しい、ストレッチな目標を持つことが、個人の成長の促進につながるでしょう。

実際、チームビルディングの取り組みを振り返るなかで、「コミュニケーションは良好だけど、成果はどうなのか」という課題も浮かび上がりました。個人の「目標」と「成果」をより具体化することで、メンバーが自身の成長を実感できれば、意欲も高まり、チームや会社としての成果にもつながっていく。基本ではありますが、徹底していくことが必要だと捉えています。

メンバー自身が適切な目標設定をするスキルを育てることを課題とし、今年、評価制度をアップデートしました。注目する指標は「達成指向性」です。つまり「達成に向かっていく力」。自分で目標設定し、状況に応じて難易度を上下させるなど、柔軟にチューニングしていくセルフマネジメント力を養うことを目指しています。

―― 自律性に関連して伺いますが、2年目以降の従業員は誰でもユニットディレクターに立候補できる制度を設けていらっしゃいますね。どのようなプロセスを経て選出されるのでしょうか。

これは星野リゾートのDNAを受け継いでいるのですが、新たに管理職に就任する際は立候補が必要です。立候補者は全従業員の前でプレゼンテーションを行い、各従業員がリーダーを任せられる人かどうかを考えてアンケートに答えます。人事を他人事にしないように、リーダー選出のプロセスに全従業員を参加させ、多角的な視点から判断しています。

ユニットリーダー就任後も、適任ではないと判断されれば降りることもあります。「降格」ではなく「充電と発散」といった表現をするのですが、その時々の状況で誰が最適かという視点で選ぶのです。つまり「やるべき人がやる」ということ。実力と熱意だけで評価されるので、厳しいですが切磋琢磨できる環境であり、本人たちに納得感があります。やりたい人がチャンスを得られるという点で、いい制度だと考えています。

組織変革後、3年で増収増益基調へ。イベント企画でメンバーが活性化

―― 2008年からの取り組みを振り返って、どのような成果を得られていますか。

2008年時点でのチームビルディングへの投資は、博打だったとも言えると思います。実際、1~2年やってもなかなか成果につながらず、売上もほぼ横ばい。周囲から「本当にやる意味があるのか?」という視線もありました。しかし、粘り強く続けた結果、3年目ぐらいから売上数字にも変化が出てきて、再び訪れたクラフトビールブームの追い風もあり、増収増益の波に乗ることができました。

―― チームビルディングが成功した要因として、顕著なものはありますか。

チームビルディングと同時に、「ファンイベント」の企画を進めました。今、当社の目玉になっている「よなよなエールの超宴」につながるものです。ビアパブを貸切にして30~40人規模で実施する「宴」というイベントからスタートし、キャンプ場を貸切にして1000人規模、お台場などの都心エリアで5000人規模――と拡大していきました。

この「宴」を機に、従業員の意識、姿勢に変化が表れました。以前は目の前の自分の仕事をこなすだけで精一杯だったのが、「会社全体で1つのチームを目指してやっていこう」という機運が高まったんです。普段は顧客に接しない製造部門メンバーも、イベントの場で顧客と交流して、「ありがとう」「すごいですね」という言葉を直接かけられると、「もっと頑張ろう」という意欲が湧いてくる。全員が「私たちはただビールを売るのではなく、人々に幸せを提供するんだ」というビジョンに心底共感し、生き生きと仕事に取り組めるようになりました。その姿を見て新たな仲間も入ってきて、チームビルディングの取り組みと相まって好循環へつながったんです。

なお、宴の企画はスタッフ自身が行います。それぞれの強みを活かしてリーダーシップを発揮するので、すごく楽しいんですよね。学園祭のような感覚でしょうか。やらされるのではなくやりたくてやっているので、納得感を持って取り組めるのです。

―― 逆に、失ったものはあるのでしょうか。例えば、「フラットな組織」と「規模の拡大」は相容れないこともあるかと思います。

職位をフラットにすることは、確かに限界があると思います。しかし私たちが作り上げたフラットな組織は、「コミュニケーション」がフラットなのです。コミュニケーションが円滑であれば、組織形態そのものはそれほど重要ではないと思います。少なくとも私たちの事業においては、チームの成果を最大化するため、フラットなコミュニケーションを取れる組織がフィットしていますね。

―― 今後のチャレンジポイントをお聞かせください。「よなよなエールでノーベル平和賞を目指す!」というフレーズが印象的ですが。

ビールでノーベル平和賞は言い過ぎかもしれませんが、やり遂げるくらいの気合いで臨みたい。みんなで想いを一つにして、同じ方向へ向かっていきたいですね。ビールは嗜好品なので、なくても生きていける。けれど、私たちの製品があったから「豊かに生きられた」という人が一人でも増えればうれしいです。それを国内から世界へ広げていくことを本気で目指し、試行錯誤や議論を続けていきます。

聞き手:堀川拓郎
執筆:青木典子

お話をお聞きした人

長岡知之氏

ヤッホーブルーイング
ヤッホー盛り上げ隊(人事総務)ユニットディレクター

組織がどんなに拡大しても、大企業病にならないように、細分化された組織ごとに小さくまとまらないようにしなければなりません。人事として、一人ひとりがチャレンジし続けられる機会を提供すること、全社のチームビルディングをさらに進化させていくことにチャレンジしていきます。