「コア事業」と「戦略事業」でマネジメントの在り方を変える――AGC

2024年12月02日

グローバルトップクラスのシェアを持つ製品を数多く有する総合素材メーカー。1907年に祖業である板ガラス生産から始まり、現在ではグループで30を超える国と地域において、ガラス、電子、化学、ライフサイエンス、セラミックスなど幅広い分野で事業を展開しています。2015年、CEO(現会長)に就任した島村琢哉氏が「コア事業」と「戦略事業」を明確化し、事業ポートフォリオ転換などの変革を推進しました。スタンフォード大学経営大学院のオライリー教授が提唱する「両利きの経営」の実践企業として研究対象となり、書籍化されています。

「コア事業」と「戦略事業」、両方のマネジメントを経験しているオートモーティブカンパニー・モビリティ事業本部長*、大西夏行さんに、同社のマネジメントの在り方をお聞きしました。
*肩書はインタビュー当時のもの

「コア事業」「戦略事業」の明確化などの変革により「両利きの経営」へ

―― 大西さんのご経歴、2015年の変革期の頃のポジションについてお聞かせください。

1991年にAGC(当時:旭硝子)に入社し、自動車用窓ガラス営業、欧州駐在(イギリス)、事業企画などを経験してきました。2014年、メキシコ新社設立プロジェクトリーダーとして主導し、2018年まで現地法人の社長を務めました。ですから、2015年に島村がCEOに就任して変革を進め、「両利きの経営」という言葉が世の中に知られるようになった時期、私はメキシコでいわゆる「コア事業」に集中していたわけです。

島村が日本で発信している内容はインパクトがあり、「今までと違う」と驚きを持って受け止めたことを覚えています。「会社は変わっていかなければならない」と強調していたこと、そして「従業員を育成しよう」とする意志を強く感じました。島村は「人間中心」で人に寄り添ったマネジメントを大事にしていました。その想いには私自身も強く共感し、今の自分のマネジメントスタイルの原点になっています。

とりわけ、「リーダーは人の心に灯をともす」というメッセージが自分の心に響き、励まされて社長業を務めてきました。メキシコ新社は私1人から始まり、4年後に帰任するときには従業員が400人になっていました。AGCグループの従業員約5万6000人のリーダーを務めている島村の言葉を拠り所に、奮起したことを思い出します。

帰任後は、車載ガラス事業の事業部長を経て、2022年にオートモーティブカンパニーのモビリティ事業開拓室長、モビリティ事業本部長に就任し、現在に至ります。

―― 変革当時はコア事業に携わっていたとのことですが、「両利きの経営」をどのように捉えていらっしゃいましたか。

これは島村も現CEOの平井も言っていることですが、「両利きの経営」とは実のところ、ごく当たり前の考え方だと思っています。コア事業でしっかりとキャッシュを創出し、それを活用してより収益性の高い新しい事業に投資していくことは、おそらくどの会社も実践しています。AGCも建築用ガラス事業から自動車、ブラウン管へと、新規ビジネス立ち上げを繰り返す歴史で110年以上続いている会社ですから、「両利きの経営」を打ち出された際も特段飛躍的な変革と感じたわけではありませんでした。ただ、「キャッシュを生み出すコア事業」と「育てていくべき収益性の高い戦略事業」の枠組みを極めて明確に打ち出し、グループメンバーを巻き込み、推進したのが島村のすごさだと思います。

「AGCは両利きの経営」と言われており、組織としてみれば、両利きの経営ビジョンのもと、事業は「コア」か「戦略」か、いずれかに所属しています。私自身はメキシコから帰任した際、それまでのオートモーティブカンパニーから電子カンパニーの車載ガラス事業に移りました。カンパニーを横断する異動には正直驚きを隠せませんでしたが、その上で、次は「コア事業」ではなく「戦略事業」をやるのだ、と明確に意識し、事業を進めていったのです。

戦略事業で求められる「ビジョナリーマネジメント」

―― 「コア事業」と「戦略事業」では、マネジメントはどう異なるのですか。

会社は組織体ですから、ピラミッドの形状になっていることがほとんどです。組織目標に従い、マネジメントポジションが階層毎に存在し、それぞれの役割に基づいて統括・管理していきます。コア事業と戦略事業とでは、期待されているマネジメント内容が異なると思います。コア事業には確立された組織とルール、開発力が既に備わっています。それらを最大限に活用し、効果的に回すことがマネジメント上、重要となってきます。一方、戦略事業はゼロから新事業のタネを創り出さなければならないので、主に管理を重視するコア事業のマネジメントとは異なり、より力強い「リーダーシップ」が必要だと考えます。

勿論、個々のキャラクターによってリーダーシップの発揮方法は違うと思いますが、戦略事業においては、実績がないなかで新しいものを創出し、インビジブルな世界をビジブルに具現化していく必要があり、そのような組織では明確で力強いビジョンを設定することが「さらに」重要になってくると思います。ビジョンをしっかりと語り、チームメンバーから「そうだよな」「そうなりたいよな」という賛同を得て、「自分もやろう」という気にさせるエンパワーメントが非常に大切だと思います。

私自身が一番意識していて、本当に難しいと感じるのは「ブレないこと」です。こちらの方向へ進もうと決めたらチーム全員で行く。もし失敗したら潔く「ごめんなさい」と頭を下げ、チームとしてまた一緒に動く。

―― 島村CEOから「人間中心」というメッセージを受け取って以降、大西さん自身の意識や行動は変わりましたか。

それまでの自分と大きく変わったことはありません。もともと私も人を育てていきたい想いが強く、メンバーが諦めずに頑張るなら、とことん一緒に取り組みたいタイプです。ですから、「人に寄り添う」という考えに強く共感しました。難題に直面し、挫折しそうになっても「あそこで踏ん張れてよかった」と思ってもらえるまで一緒に頑張ることに確信を持てました。

マネジメントの側面で一番意識したのは、丁寧なコミュニケーションです。特に私が力を入れたのがメンバーとの「個人面談」です。車載ガラス事業部へ配属されたときも、約100人全員と個人面談し「この会社をどう思うか」「この事業をどう見ているのか」「今後どのような組織にしたいか」「悪いところはあるか」など、各メンバーが考えていることや想いや気持ちを聞くようにしました。そうしたコミュニケーションに時間をかけることによって、各メンバーとより強い結びつきを醸成でき、その延長線上に強い組織を創造できると考えています。結果として、何事にもお互い本気でぶつかれるようになり、たとえぶつかったとしても、目指す最終ゴールは同じですので、最後には「あのときは……」と笑い話になっていることが多いですね。

その点ではメキシコ駐在時代も同じでした。現地スタッフとのコミュニケーションに、通訳は介しませんでした。メンバー200人の前でプレゼンする機会には、現地に行ってから覚えたスペイン語を駆使して奮闘しました。もちろん最初はうまく話せるわけもありませんが、一生懸命伝えようとすると興味を持って聞いてくれるようになります。「これはスペイン語で何て言うの」と聞けば、向こうも真剣に教えてくれ、そのようなインタラクションがミーティングの盛り上がりにもつながりました。下手でも伝えたいことがあれば、コミュニケーションは成立すると確信し、心と心のつながりを作ることを大切にしてきました。

―― 部長クラスの方々は、マネジメントでどのようなことを心がけているのですか。

「任せてやらせる」ことですね。「全部自分で決めてはいけない」と意識していると思います。これは私の持論ですが、会社や上司からインプットする「育成」は35歳までだと考えています。それ以降は、個人の自我が出てきますし、自分で吸収したいと思うかどうかにかかってきますので、強制してはいけないと思います。見せるべきものは見せて、考え方や進め方などを盗みたい人は盗めばいいし、勝つために必要なことを自身で感じ取ってほしいと思っています。

また、コア事業、戦略事業のどちらに向いている人財かを見極め、適所適材で配置することが重要ですね。

コアと戦略を明確にした両利きの経営 イメージ図

コア事業も戦略事業も、「ファシリテーション」の強化を

―― マネジメントの在り方を見直したり、変えたりした部分はあるのでしょうか。

コアと戦略の事業では考え方・思考パターンが全く異なり、マインドセットの部分は相当変えたと思います。

コア事業のマネジメントは確実さが重要です。高度なオペレーショナル・エクセレンスによって、たとえレシピが同じでも、より優れた成果を出すことで差別化を追求します。戦略事業では、何もないところから新しいものを作るので、ビジョンを明確にし、メンバーとシンクロ(同じ想いをもっていること)していることが重要だと思います。そして確実でないものにも果敢に踏み込んでいく勇気を持ち、且つスピーディに実行していくことが重要ですね。

戦略事業のマネジメントでは、寛容さがなければ成り立ちません。失敗を恥ずかしがったり、上層から怒られないようにと守りに入ったりしたら、戦略事業のリーダーは担えません。「失敗してもかまわない」と、勇気を持って決めたことをブレずにやり切るリーダーシップが非常に重要です。勿論、論理的に考え抜き、成功確率を上げる努力をした上での話ですが。コア事業と戦略事業のマネジメントでは、そのあたりを混同することなく使い分けなければなりません。

―― これからは、どのようなマネジメントが必要だと思われますか。

私自身はコア事業の経験で鍛えられたベースがあり、「仕事とはこのように実行しなければなければならない」が身についています。それをそのまま戦略事業に移植したわけではありませんが、基本の部分にしっかりと根付いています。ベースを理解しながら、新たなセッティングができるかどうかが重要です。
コア事業も経験し、戦略事業としてゼロから1を起こす、インビジブルをビジブルにするといった経験を早い時期に積むことで、コントラストが見えてきます。この対比を理解できる人が両利き経営の人財となり、適所適材で配置していくことになります。

先ほども触れたとおり、私自身は「真のコミュニケーション」を大切にしてきましたが、多国籍のグローバルビジネスにおいてこれを実行することは、私も含め決して簡単ではないと考えます。グローバル拠点を含むグループ会社社長のポジションなどを活用して、本気のコミュニケーションができる人財、両利きの経営ができる人財を、若い時期から育てていくことが必要ではないでしょうか。

過去には求心力のあるリーダーが重宝されましたが、カリスマ的な人物が1人で牽引していく時代は、目標や課題が設定されていた右肩上がりの時代とともに終わりました。島村も話していた通り、今後は多様な意見を採り入れ、全体を円滑に進められる「ファシリテーター型」のリーダーを育成することが重要だと思います。

コア事業のマネジメントも、当然ながら進化は必要ですね。将来、不確実性がさらに高まり、幅広い範囲で素早く環境変化をとらえていく必要があります。1人のリーダーが全てを判断することはますます難しくなるでしょう。各領域で活躍する多くのメンバーの知恵やアイデアを最大限に活かせるファシリテート型のリーダーが必要だと思います。

聞き手:橋本賢二辰巳哲子
執筆:青木典子

お話をお聞きした人

大西 夏行氏

AGC株式会社
オートモーティブカンパニー・モビリティ事業本部長

チームメンバーのエンゲージメントを向上させるような組織にしていきたい。会社の方針と個人の適性がマッチしていることが大切だと思います。