メンバー個々の「好き」「やりたい」「得意」の実現を支援――丸井グループ
近年、企業文化の変革を目指し、さまざまな施策を同時に推進している丸井グループ。「対話の文化」「手挙げの文化」を重視し、メンバーの主体的な取り組みを促進しています。
今回、お話を伺うのは、渋谷店で店長を務める田口由香子さんです。渋谷店は「モディ」というストアブランドで展開しており、「マルイ」同様、株式会社丸井グループの事業会社である株式会社丸井が手がけるストアブランドです。渋谷店では「東京アニメセンターin DNP PLAZA SHIBUYA」や「HMV&BOOKS SHIBUYA」などの体験型店舗やポップアップイベントを通じ、多様な体験を提供しています。同店のマネジメント体制・方針について語っていただきました。
「上意下達」の文化から「寄りそうマネジメント」へ
―― 丸井グループではここ数年、組織風土改革に取り組まれています。そのプロセスで、マネジメントの期待・役割はどのように変わっているのでしょうか。
以前の丸井グループは縦型の組織でした。部長職は業務管理・労務管理への責任を強く感じていた一方、部下もどちらかといえば明確に指示してくれる上司を求めていたような気がします。20年ほど前にさかのぼると、店長は「おやじ」と呼ばれて絶対的な存在でしたね。職場に男性が多かったからということもありますが、「おやじが言うから」という感じで皆動いていたんです。
しかし、ここ数年の企業文化の変革によってマネジメントは大きく変化しました。今はフラットな組織で「寄りそうマネジメント」が期待されていると実感しています。部長や店長は、自組織や店舗の目標達成を目指しながらも、メンバー一人ひとりが好きなこと・やりたいこと・得意なことを仕事で実現できる組織を作ることが求められています。
各部長・店長は、半期ごとに丸井グループ全体の方針を踏まえ、そこにおける自組織・店舗の位置付けや存在意義を明確化し、やるべきことにブレークダウンします。私の組織ではメンバー全員と対話をします。そして組織・店舗の方針に基づき、メンバー一人ひとりに「どのように好きなことや、やりたいことを実現するか」を考えてもらいます。このとき、部長や店長は「指揮官」というよりメンバーと一緒になって考えるんです。メンバーの「腹落ち」感を大切にしながら、「一緒にやろうよ」というスタンスで取り組むことで、組織がうまく回ると実感しています。
―― 渋谷店は、どのような存在意義を持って顧客へのメッセージを発信していますか? また、スタッフは、どのような姿勢で仕事に取り組んでいるのでしょうか。
マルイ・モディの各店舗は、「売り場」から「体験の場」へと発想を転換し、発信しています。若者を中心に多様な人たちが行きかう場所に位置し、店舗面積が小さい渋谷店は、そうした「小売のトランスフォーメーション」を象徴する店舗であり、「将来世代」に向けた新しい小売業の試みを発信する役割を担っています。
1つ目の特徴として、洋服はほとんど扱っておらず、アニメやゲーム、YouTuberなど「日本を代表するコンテンツカルチャーの発信基地」の場であること。2つ目は、将来世代の「事業創出」及びスタートアップを応援する拠点であること。1階の「SHIBUYA BASE」では、通常ECショップを運営しているオーナーの皆さまにリアル店舗の出店体験を提供しています。3つ目の特徴は、「全国から集まる 若者層とエポスカードの拠点」であることです。
こうした存在意義に基づいて、メンバー一人ひとりが自分の好きなこと・やりたいことを考えています。若いメンバーからは、その世代しか知らないようなアーティストやYouTuberのイベントなどのアイデアが出てきますね。年齢層の高いメンバーがBtoBの世界で発掘してくるよりも、若いメンバーが知っている、あるいはベテランメンバーが自分の子どもから聞いた「あまり有名じゃないけどこれがイケてる。これが話題になっている」というものを取り上げたイベントが実際にヒットするんです。ベテランメンバーは子どもから「そんなイベントやってるんだ。パパの会社すごい!」なんて言われて喜んでいます。
「手挙げ制」の導入で、上層部と現場の距離が近づいた
―― 以前は「上意下達」の文化であり、メンバーも明確な指示を求めていたとのことですが、「メンバー一人ひとりが考える」方向への移行はスムーズに進んだのでしょうか。
代表の青井が強くこだわったのは「支援するマネジメント」と同時に「やらされ感の払しょく」でした。そこで、社員が自主的に動ける企業文化にしていくために8つほどの施策を展開していったんです。その中の一つが「手挙げの文化」です。中期経営推進会議において若手も事前にテーマに対して考え、小論文を提出した上で手を挙げて参加するほか、異動・外部ビジネススクールへの派遣・プロジェクト・新規事業など、あらゆるものに「手挙げ制」を取り入れました。
私の組織にも、手を挙げてこの会議に参加した若手メンバーがいます。「どうだった?」と聞いたら、「こういう話が社長の青井さんからあったんですよ」とイキイキと報告してくれて、逆に私たち上位職者が教えられることもありました。こうした機会を含め、経営陣とメンバーの距離が近づいたことで、経営からのメッセージが伝わりやすくなっています。経営方針を踏まえた店舗や事業部ごとの方向性も、より伝わるようになっていると感じます。
―― ミドルマネジメント層に求められたのはどのようなことでしょうか。
マネジメントに対しては、メンバーの手挙げをしっかり支援することが求められます。評価制度も、チームごとの期間実績である「パフォーマンス評価」と経営理念に基づく主体的な取り組みや個人の成長を促す「バリュー評価」の2つの軸で評価しています。「バリュー評価」は上司からだけではなく同僚や部下からも評価される360度評価なので、上司がメンバーを支援できているかどうかが評価に反映されるんです。こういった意識の変化だけではなく制度の変更もあり、ミドルマネジメント層は目指すべき企業文化を理解し、「支援型」にしっかりと切り替えられたのだと思います。
そもそも「会社がこう言っているからやろう」と言ってもメンバーには響きませんよね。でも、現場のマネジャーは現場を知っているからこそ、現場に即した伝え方ができます。「こういうアイデア出しが得意だよね。だからこれをやってみない? 一緒にやろうよ」といった働きかけをして、「やってみたら面白かった」と思わせることが、今のマネジメントの仕事なんじゃないかと捉えています。
私は渋谷店に来る前、新規事業であるアニメ事業部にいました。そこで実感したのが、新しいことを実現する喜びは大きなモチベーションアップにつながるということ。一人ひとり、何かしら好きなものがあると思うので、「好き」を仕事に近づけていく場を提供していくことがマネジメントの役割の一つだと思っています。
なお、メンバーのパフォーマンス評価は、個人評価ではなくチーム評価です。しかし、その中でも、一人ひとりに「あなたがやったからこそ成功した」と言ってあげることを大切にしています。その人の強みにフォーカスすることでモチベーションは上がりやすくなると思うので、性格タイプに応じてより円滑なコミュニケーションが図れるようにストレングスファインダーの活用など、個人の強みや性質の見える化も全社でしています。
フラットな組織体制が、メンバーの主体性を促進する
―― 渋谷店でのマネジメント体制についてお聞かせください。
明確なピラミッド型ではありません。店長・店次長・マネジャーがいるのですが、店長・店次長以外はオールフラットです。さらに、固定化されているチームだけではなく、プロジェクトごとにもチームが編成されます。プロジェクトも手挙げ制で、「今後こういうことをやる」と伝えると、やりたいメンバーが集まってきます。
集まったメンバーの中で、プロジェクトリーダーを明確に指名することもありません。ただメンバーの中にベテランやマネジャークラスもいるので、自然にその人がその組織のリーダーを担っている感じです。ですから、メンバーにとっては常に同じ人が上司だというわけではないんです。
しかも、店舗ではシフト勤務制で、店長やマネジャーを含め、全員がシフトで働いています。そのため、例えばプロジェクトの進捗確認日を決めても、全員がその日に揃うことはありません。だから出勤するメンバーが休むメンバーに事前に確認し、出勤している人が主体的に報告することが当たり前に行われています。さらに、進捗が遅れている案件についても、「担当の〇〇さんが休みだからわかりません』ということはなく、他のメンバーも案件の進捗状況を把握しており、解決策を考えています。なお、メンバー間の情報共有にはSNSのような社内の情報共有ツールを活用しています。
フラットな組織体制は、各自が主体性を持って取り組むにはプラスになると感じています。もちろん全部が全部スムーズにいくわけではないし、「○○さんでなければわからない」ということもありますが、仕事を1人で抱え込まない風土になっているのは良いことだと思います。「皆で一緒に達成して喜び合う」という、部活っぽい雰囲気がありますね。
―― 田口さんは店長として、ミドルマネジャー層とどのようなコミュニケーションを取とっているのでしょうか。
「メンバー一人ひとりのニーズに応えられているか」ということは、繰り返し問います。「あなたが見ている範囲のメンバーは、今どんな気持ちでやっているんだろうね」「うまくいっていないのは、何が原因なんだろうね」と。そうして一人ひとりのメンバーに寄りそいつつ、目標の達成やプロジェクトが成功することを求めます。
―― 改善すべき課題などはありますか。
傾聴・対話が浸透しているからこそ、他のメンバーの意見に対して批判をしないことが気になっています。その結果、ふんわりした案が多いような気がします。以前は、「こういうところはマイナスだよね」とズバッと指摘することもあったと思うのですが。
小売業はお客さまと向き合う仕事ですから、相手の意見をしっかりと聞いて「共感」を大切にしようとする意識が根付いています。「多様性」を推進している昨今では、その意識がより強くなっているのかもしれません。
けれど、「受け入れる」ことばかりが良い結果につながるわけではないと思っています。本質を見据え、「こういう側面もある」という見方をすることも重要ですし、「正しいコンフリクト」が必要であると感じています。
田口 由香子氏
株式会社丸井 渋谷店 店長
1週間のうち5日、人生の大半を会社で過ごすのですから、「明日行くのが楽しみ」と思ってもらえる職場でありたいと思います。