マネージャーは「管理」だけの役割から、「自律型チームの醸成」に――日本アイ・ビー・エム
日本アイ・ビー・エム(以下、日本IBM)では、課長職を「ラインマネージャー」と呼んでいます。求める役割も、以前の管理職とは変わってきているそうです。その背景には何があるのか。そして、チームで協力し合う企業文化を醸成するため、ラインマネージャーや経営層はどのような役割を果たすべきなのか。同社の テクノロジー事業本部 テクニカル・リーダーシップ事業統括執行役員である大久保そのみ氏にお話を伺いました。
「管理」から「自律」へ
―― 日本IBMでは、課長職をファーストラインマネージャー(以下「ライン」)と呼んでいるそうですね。なぜ、こうした呼び方をされているのですか。
以前のマネージャーは、メンバーに指示を出してチームの業務効率を高める、いわゆる「管理職」としての役割が多かったのではと思います。それ自体が悪いわけではありませんが、最近では新しいリーダー像も求められるようになってきていると感じます。もちろん、管理の業務はゼロにはなりませんが、メンバーへ指示を出しつつ、メンバーのモチベーションを高めながらコーチングを通じてチーム全体を前に進める役割がリーダーには期待されていると思います。なので、上司・部下という表現は使わず、「課長」を「ライン」、部下を「メンバー」と呼んでいます。
例えば、当社では毎年年初に「チェック・ポイント」という面談を実施しています。これは、各メンバーがその年に取り組む業務や目標についてラインと話し合い、共通理解を得るための時間です。また、営業が使うツール内で活動内容や成果をデータとして可視化することで、メンバー間やラインと進捗を共有しながら、自律的に活動することを推進しています。それによりラインが、日々細かな指示を与えたり、進捗を逐一確認したりすることより、メンバーへのコーチングや支援、次の一手へのアクションといった本来注力したい役割に時間を使いたいと考えています。
コーチングやフィードバックは非常に重要な業務と分かっていても、緊急性は高くないため、ラインに余裕がないとどうしても後回しにされがちです。そのため、ライン自身も時間と心の余裕を持つことが、メンバーをより効果的にサポートするためのカギとなるのではないでしょうか。
―― ラインはメンバーと毎日やりとりをしなくても、彼らに成長を促し、向上の度合いを把握できるのはいいですね。システムによって管理の省力化を図るのは、御社の大きな特徴でしょう。
そうかもしれません。日々のコミュニケーションも工夫をしています。例えば、当社ではコミュニケーション・ツールの1つとしてSlackを活用しており、そこでは「ここに投稿された情報は皆が読む」「メンションされたコメントを読んだら、スタンプだけでもいいのでリアクションする」といった小さなことが有効です。ラインに向けたメッセージに全然反応がなかったらメンバーは不安になりますよね。こういったちょっとしたことも理由や意義を丁寧に説明して、ルールとして定着させていく、そしてそれが当たり前の文化になる。ツールを導入する際はこういった工夫も合わせると効果的かと思います。
―― コミュニケーションの工夫の手法は、どのように学んだのですか。
最初は我流で進めていましたが、もっと正しい知識を身に付けたいと思い、2018年に国家資格の1つであるキャリアコンサルタントを取得しました。この資格取得に向けた取り組みを通じて、メンバー一人ひとりのキャリアと成長に向き合うことが、組織全体の力を引き上げることにつながるということを考えるようになりました。その知識を活かし、部門内外のラインを集めて「キャリア・カンバセーション」をテーマにしたセミナーを定期的に開催しています。メンバーが仕事で実現したいことや得意分野、大切にしている価値観を丁寧に聞き取ることで、大切なメンバーの効果的なキャリア開発やスキル育成をメンバーと一緒に考える場としています。
互いに助け合う企業文化の醸成は、ラインの重要な役割の一つ
―― 対話を通じて部下のキャリアと向き合う取り組みは興味深いです。他にはどのような施策がありますか。
私が所属するテクノロジー事業本部では今夏の3カ月間、毎週金曜日の朝9時から「Think Friday」という時間を設け、各部門の代表が「Team Centric Culture(チームを中心とし他者への貢献を志す文化)」について自分たちの活動を共有しました。毎回各部門のエグゼクティブが順番にホストを務め、自部門の工夫や取り組みを発信し、皆で理解を深めました。これにより、チームの一体感が強まり、良い文化が醸成されています。
さらに、組織の枠を超え仕事で助けてくれた人に対する感謝をITシステム上に蓄積し、伝える仕組みもあり、活用しています。その際、「ブルーポイント」と呼ばれるデジタル通貨のようなポイントを送り合うこともできます。会社が表彰するだけでなく、社員が他の社員を表彰(レコグニション)できる仕組みです。ポイントは貯まると自分の好きな商品に交換できたりもするんですよ。ちょっとしたことですが、こうしたやりとりが「感謝の文化」の醸成につながります。感謝の気持ちを受け取った人は「こんなに喜んでもらえるんだ。もしかして、これは自分の強みかな」と新しい気づきにつながることがありますし、自分が誰かの役に立てている実感が得られたりする効果もあります。また、ありがとうの履歴はシステム上に残るため、ラインは各メンバーがどのような貢献をしているのかも把握できます。
こうした仕組みも、単に導入するだけでなく、社員同士で感謝を伝え合う文化として根付かせることが大事。そうしなければ、どんな良い制度も形骸化してしまうからです。制度が機能し続けるように工夫し、「魂を込める」ことが大切だと感じています。
―― 大久保さんのお話を伺っていると、互いに助け合う企業文化を醸成することの重要性を痛感します。そうした文化醸成はラインに求められている役割なのでしょうか。
ラインには、組織文化醸成の担い手としての役割が期待されています。ただし、もちろんそれはラインだけに任せるものではありません。トップの経営層が企業文化やありたい姿について明確に発信し、全社的に取り組む姿勢があってこそです。当社でも、現・代表取締役社長の山口(明夫氏)がカルチャーに関するメッセージを積極的に発信しています。私も役員の1人として、この文化を体現するために何ができるかを日々考えていますし、各ラインも同じように工夫を重ねてくれてます。その工夫からは学びは多いですね。
例えばあるラインは、部門会議の冒頭に「ひと言タイム」を設けています。これは、参加メンバーが最近の出来事や学びなどをひと言共有し合う時間です。特にリモート会議やハイブリッド会議では、新しく入ったメンバーは発言しづらいなと感じることもあるでしょう。こうした取り組みを通じてお互いを理解すると距離が縮まりますよね。
マネジメントの役割は「“ありがとう”を加速させること」
―― メンバーが参加しやすい仕組みや雰囲気を作ることは、ラインの人事評価で重視されるのですか。
ラインはチームの営業成績だけでなく、チームや他者への貢献度も評価されます。メンバーのキャリア開発や、チーム内の文化醸成もラインの重要な活動と考えています。
ラインの日々の振る舞いはチームのカルチャー醸成の第一歩かと。ただ、最初から全てがうまく進むわけではないでしょう。それでも、毎日少しずつ改善しながら、組織全体を活性化させていくことが重要だと考えています。私自身も日々あれこれ工夫しながら、ある意味ジタバタしています。
―― 組織を活性化させていくことは根気強さも必要なのですね。大久保さんは従来のマネジメントをどのように捉えていますか。
かつての管理職には日々増えていく業務をこなすため、多くの人を管理し、明確に指示を与えるというスタイルが必要とされていたのかもしれません。しかし、期待されることが毎年変化する現在では、必要とされるマネジメントスタイルも変わっていくのでしょうね。
―― では、これからのマネジメントはどう変わるとお考えですか。
私は「ありがとう」という言葉が大好きなんです。私が考えるこれからのマネジメントは「ありがとうの積み重ねに加速度をつけること」かなと考えています。
どんなに優秀な人でも、1人で達成できることには限りがあります。変化が激しく、スピード感が求められる時代には、チーム全体で力を合わせ、できるだけ早くかつ大きな成果を出すことが求められています。そんな時代にこそ、メンバー一人ひとりのキャリアに真摯に向かい合い、コーチングを通じて成長を促し、結束力を高め、その結果としてお客様に貢献できるチームを作っていきたいです。そして、その中でかわされる「ありがとう」の言葉は、チームの結束力やモチベーションを大きく高めます。その「ありがとう」が積み重なり、加速度的にチームの力を引き上げることが、これからの理想的なマネジメント像ではないかと感じています。
お話をお聞きした人
大久保 そのみ氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
テクノロジー事業本部 テクニカル・リーダーシップ事業統括 執行役員
一人ひとりのキャリアに寄り添い、成長を支援していきます。そして、お客様からの「ありがとう」の言葉を励みに、チームとしても進化していきます。