急拡大する組織に「行動規範」を浸透させる――ラクス

2024年12月17日

経費精算システムなどのクラウドサービスを提供するラクス(東京)は、急拡大する組織に行動規範を浸透させ、日々の業務で徹底して実践させることで組織をマネジメントしている。企業の規範は総じて一般的な言葉が並び形骸化しがちだが、同社はどのようにして行動に落とし込んでいるのだろうか。執行役員で楽楽クラウド事業本部長の吉岡耕児氏に聞いた。

規模拡大で管理職業務の難度が高まる 分業進め負荷を分散

―― 人材マネジメントの基本となる考え方を教えてください。

当社は成長投資を拡大するなかで人材の採用も進め、2021年3月末時点では1230名だったグループ従業員が2024年3月末時点では2561名まで急増しました。増員に伴い、マネジメントを強化するための取り組みも始めました。

人材マネジメントも含めた組織全体の施策の軸となるのが「ラクス     リーダーシップ     プリンシプル(以下、RLP)」という行動規範と、当社の特徴的な考え方を表す「ユニークネス」です。RLPは「自分自身の会社だと思う」「全体最適の視点をもつ」など11項目で、ビジネスパーソンとして当たり前とも言える規範をあえて言語化して、社員に実践を求めています。ユニークネスは2023年6月に、「ゴールオリエンテッド」「着実な継続」「誠実な合理性」、そして再現性を担保するための「不確実性の排除」の4項目を設定しています。

RLPとユニークネスは、人事の施策や日々の業務遂行の基本になっています。例えば社員を表彰するアワードでも、ハイパフォーマーではなく、RLPとユニークネスを実践している人が選ばれます。個人の属人的な能力は、再現性が低く不確実性を排除できないため、人事上は評価されても表彰の対象にはならないのです。

―― 人員の急増に伴い、組織面で改革したことはありますか。

事業拡大に伴い2020年頃から、営業の管理職にも企画的な要素が求められるようになるなど、業務の難度と複雑性が高まりました。特に外部から来た管理職は、ただでさえ不慣れな職場で労務管理も事業の運営企画も担うのは負担が重く、定着にも支障がでるようになりました。そこで戦略や仕組みを考える機能を営業から分離し、管理職の負荷を分散しました。それ以前からラクスでは事業機能の分業体制がかなり進んでいましたが、分業を進めると起こりがちな問題として、それぞれが部分最適に陥ってしまう、ということがあります。そこに対しても戦略組織が各部署の隙間に落ちる課題を拾い上げ、部署をまたいだ解決の枠組みを作ることで、サイロ型の組織に横串を刺すようにしました。戦略組織は先を見越して仕組みを考えるのが役割なので、目の前の顧客に向き合う営業の現場とは意識のギャップが生じがちです。このため各事業責任者から、先を見ることの大切さを意識的にメンバーに伝え続けてもらい、足並みをそろえようとしています。

行動規範が評価の「共通言語」になる 部下から課長への評価も

―― 社員に企業の方向性を理解してもらうための取り組みはありますか。

事業本部長や役員が半期に1度、事業の戦略方針を発信していますが、それだけではなかなか社員に浸透させることはできません。そこで事業本部にある70~80の課を直接回って各課における全体方針の意味や影響、関連組織とどう連携すべきかなどの社員ひとりひとりの疑問に答える座談会をセットで行っています。これらの戦略方針を個人の活動に紐づけていく上でもRLPで示されている内容は重要になります。RLPはコンピテンシー評価とも色濃く結びついているので、「こういう考え方は部分最適なので、全体最適の視点をもつともっとこんなことができる」といった対話を重ねることで、理解を深めていきました。

私は2020年に入社したのですが、部下となった部課長職には私より社歴の長い人や、他社で一定の薫陶を受けてきた中途採用者も多く、また日々の業務に追われて理念的なことを後回しにしがちでもあり、RLPの重要性を理解してもらうのに私自身も苦労しました。
     
それに対してもRLPとコンピテンシー評価をしっかり結びつけてフィードバックする中で徐々に浸透させていきました。コンピテンシーは抽象的なので、上司と部下の認識にずれが生じると、部下が「なぜ評価が低いのか」という不満を抱きやすい傾向もあります。しかし「共通言語」としてRLPを使うことで、ずれを防ぐこともできます。

―― 事業拡大に伴い、管理職も増加していると思います。特に、課長クラスの人にRLPを体現してもらうための工夫はありますか。

課長級に対しては四半期に1度、RLPを軸に部下から評価される仕組みがあり、課題が見つかった場合は研修や振り返りのワークショップを行います。メンバーも評価する側に立つことで、行動規範への理解が深まり、課長職に昇格したときもRLPに対する意識を持って部下の評価に臨めます。

外部から課長級の人材を採用する際には、RLPの「考えていることを言葉で伝える」という項目を重視し、伝えるべきことをきちんと自分の言葉で言語化できる人を選ぶようにしています。入職後も半年間に2回、社長と取締役2人の計3人が課長と面談し、RLPを理解し実践できているかなどを把握しています。RLPが面談のトピックになり、社長や部下からもフィードバックされることが強烈な刺激となり、中途採用者にも「RLPを実践しなければ」という意識が浸透します。

相互フィードバックの図解

社員の行動を行動規範がまとめる トップの発信も効果的

―― RLPを設定した経緯についてお聞かせください。

当社は2000年に設立されてから、少しずつ事業拡大を続けてきました。2014年頃には社員も約300人に増えて部課長職が新設されるなど階層が複雑化し、社員の方向性にばらつきが見られるようになりました。そこでリーダーシップや組織運営のあるべき姿を定義するために、RLPが設けられました。

行動規範を定めても、形骸化してしまう組織が多いなか、当社ではRLPを業務に取り込んで存分に活用しています。社長は、管理職向けのチャットなどで折に触れてRLPと社内の出来事を紐づけて投稿していますし、マネジャー層も常日頃から意識的に、RLPに基づいて部下の仕事を振り返ったり称賛したりしています。人事や広報なども社内報などを通じて、時間と労力をかけて発信を続けています。リーダーや管理職、人事など多くのチャネルで重要性を発信し続けることで、メンバーの間に「RLPとはこういうものだ」という認識が深まっていると思います。

―― 仮にRLPがなかったら、組織はどうなっていたと考えられますか。

当社の社員は、年齢層が比較的若く背景もさまざまですが、全ての管理職が多様な部下を説得できるような、高い言語能力を備えているわけではありません。上司が「成長は大事だ」と何となく伝えても、うまく意図が理解されずに、最悪の場合組織が機能不全に陥りかねません。RLPの「学習し成長し続ける」という項目を日常業務の中で「印籠」のように示すことで、会社として成長を重視していることが伝わり説得力が増して、メンバーを同じ方向に向かせることができる。RLPは非常に強い武器だと思います。

「凡事徹底」が大事 日常にRLPを入り込ませ、魂を入れる

―― RLPを実践することで、組織やメンバーにどういった効果があるのでしょうか。

RLPに掲げられた「当たり前」の項目を意識することで、日々の一つひとつの行動の精度が上がり、「凡事徹底」を本当の意味で実践することにつながります。管理職による指導にも再現性が生まれるので、個人にも組織にも価値があると考えています。

業務中の何げない会話やミーティング、社員同士の飲み会や食事のときに、RLPの話題が出ることもしばしばです。日常に自然と行動規範が入り込んでいる状態こそが「魂を入れる」ことなのだと実感しています。

それでもまだ実践の足りない人や、指導の直後は行動が改善しても時間が経つと戻ってしまう人も一定数いるので、全てのメンバーがRLPを体現した状態を保てるよう、取り組みを続けます。ただ一定のレベルをクリアすると、さらに高いレベルを目指すことになるので、課題というより終わりなき旅という感覚です。

―― 過去と未来のマネジメントを、それぞれ言葉にするとどうなりますか。

過去のマネジメントは「トップダウン型」「サーバント型」など、一つの手法を全組織に当てはめてきました。しかし今は社員の役割や性別、背景、年齢、感じ方などが多様化し、画一的な手法が合わなくなっています。社員の状況を理解した上で、トップダウン型や寄り添い型など多様な手法を使い分けることが、未来のマネジメントスタイルだと感じています。

そのためには管理職もメンバーも、さまざまな現場で働いて組織の多様性とマネジメントスタイルの変容を経験してもらう必要があります。当社も組織間の交流を増やしており、会社主導の異動に加えて2年前から社内公募も始めました。こうした全ての取り組みの土台にRLPがあることで、多少失敗しても揺らがない組織が作られ、社員が新しいことに挑戦できています。

聞き手:橋本賢二辰巳哲子
執筆:有馬知子

お話をお聞きした人

吉岡 耕児氏

株式会社ラクス
執行役員 楽楽クラウド事業本部 本部長

当社は事業拡大に応じて、変化に耐えられる組織を作るためにRLPを軸にしたマネジメントを進めてきました。ですから急成長の中で大きく変化している企業には、このやり方が参考になるかもしれません。その際は経営層がいかに実践にコミットするかが、カギになると思います。