「中学校教育・プロジェクト学習の視界から」ミレニアムスクール クリス・バーム氏
~中学校教育・プロジェクト学習の視界から~
ミレニアムスクール 創設者・校長
クリス・バーム氏
サンフランシスコで注目を集めるミレニアムスクール。中学校という場を問い直し、実社会に近い学習環境を提供、脳科学に基づいたカリキュラムやマインドフルネスを積極的に取り入れ、子どもたちの意欲や情熱を引き出している。学びの中心は、6週間単位のプロジェクト学習で、テーマのなかには「パーソナルクエスト」という生徒自身が興味を持つ分野を個人プロジェクトとして、自らプランを立て、実際の専門家に話を聞いたり、学校の外に出て情報を集めたりするものなどがあり、自発的な学びをサポートしている。創設者の1人、校長のクリス・バーム氏に話を聞いた。
スクールの理念の1つは「現実社会につながる学習」
いつでも学びと仕事のつながりが見えること
――私たちは大人の学習意欲のベースが子ども時代の学習意欲にあるのではないかと考えています。ミレニアムスクールではどのように学習意欲を引き出していますか?
ニューロサイエンスと心理学、この2つをドッキングさせた事例があります。私たちの頭のなか、脳のなかには、私たちが社会的な環境にどのように適応していくのかということを認識する領域があって、ある意味、この脳の部分が、私たちの人生のなかで、大きな道を右に行くのか左に行くのか、といったことを決めてしまうところがあります。私たちが本当に素のままの自分として、何かに夢中になったり、これをやりたいと思う気持ちに従ってこれからの人生を生きるのか。あるいは、社会やまわりの友人に認められたいために、自分がワクワクするものではないことに身を寄せて歩いてしまうのか。そういったところで、私たちの人生は大きく分かれていきます。そこで私たちは、フォーラムというアプローチを使って、「素のままのあなたというのはそもそも、どういうものに対して夢中になったり、喜んだりしていたのか」ということを、改めて模索してみようということを行っています。これはもともと大人向けのプログラムでした。年齢の離れた個人が互いに自分の素の状態で、自分たちが夢中になることについて語るのです。
――この学校では、中学校での学びとリアルな実社会との接続を重視されていますが、働くことと学びをどのように接続させようとしていますか?
仕事と学びの接続は、この年齢の子どもたちにとって非常に重要だと思っています。中学時代の青少年たちの脳神経科学、心理学の基礎について調査したうえで、どういうかたちで学校をつくると最も効果的な学校になるのかということを、学校をつくる前にかなり研究したのです。そのなかで3つのコア・プリンシプルという理念が生まれまして、そのうちの1つが、いつも学びとリアルワーク、つまり実際の仕事とのつながりが見えるようにするということ。実際、中学生の彼らは、働く人たちがどのように新たな価値を生み出しているのかということを知りたがります。もし学校がリアルな社会とつながることに関心を持てないとしたら、多くの若者は、学校は「行かなきゃいけないから行くんだ」とか、「何かをしなきゃいけないからするんだ」ということで、実際に自分が将来何をしたいのかということとまったくつなげることができないことになってしまう。このことは大きな問題だと思います。
学びと実社会をつなげるために、「リアルワールドクエスチョン」というプロジェクトがあります。実社会におけるいろいろな疑問や質問に対して、答えを探していこうという6週間の課題が課せられるもので、最終的にはそれを専門にしている大人たちにプレゼンテーションして、きちんと評価をしてもらいます。これも実社会とつながっていることになりますし、ほかにも、毎週水曜日にいろいろな職場を実際に見に行くということを行っています。職場を見て、そこでどういうことが行われているのかを体感してもらうのです。また、1年のうち1週間、どこかの職場で見習いとして働くといったことも体験してもらっています。
テクノロジーによって教師の役割は変わる。
先生ではなくガイド、求められるのは3つのM
――テクノロジーによって学びはどのように変化するとお考えでしょうか。
今、UCLAと共同で行っている実験の1つにモバイルEEGというものがあります。これは、生徒たちが瞑想をしたりするときに、どういうふうに脳波が変わるのかということを、リアルタイムでフィードバックしてくれるもので、生徒自身が自分の集中をどれぐらい学習に効果的に使えるかをテストするツールとして活用しています。自分自身に焦点を当て、呼吸法を使って、ゆっくりと瞑想することで、自分の脳のどの部分が活性化しているかということを、生徒たちにiPadを使ってはっきりと見せることができます。生徒たちはこれを見て、「なるほど私たちの脳はトレーニングできるんだ、コントロールできるんだ」と認識し始めます。脳というのは、すこし筋肉と似ていて、トレーニングをすればいろいろなことができるようになる。つまり、より集中できるようになったり、よりたくさんのことを覚えられるようになったりするというのは、たまたまではなく、「トレーニングすればできるものなのだ」ということを、実体験として、見て学ぶことができるのです。まだ、実験的な段階ですが、これは非常に有望ですね。
――学校の姿も変わっていくでしょうか?
教師の役割が変わると思います。今の教師というのは、生徒が器で、そこに知識を注ぎ込むといったような役割ですが、私は、よりよいガイドというようなものになっていくのではないかと考えています。その兆しは既に見え始めており、私たちの学校では教師のことを、「先生」と呼ばす「ガイド」と呼んでいるのです。
ガイドには3つのスキルが必要で、まず1つ目が「Modeling」、健全な大人のモデルとなること、感情的な知性や思考の方法を持っていることです。2つ目が「Mirror」、生徒を映す鏡となって、「あなたにはこういったところがあるよ」と、正直なフィードバックを与えること。そして、3つ目として「Mentoring」、メンターとして導いていくといったところを期待しています。
――今後とても速いスピードで労働市場が変わっていくと思いますが、学校教育の役割はどういうふうに変わっていくとお考えですか?
もし労働市場が変化をしていかなかったら、ある意味、私たちは非常に合理的な生徒―必要なスキルだけ、表面上のスキルだけを持っているような生徒―をたくさん育ててしまうんじゃないかという気がするんです。しかし、労働市場が目まぐるしく変化するとなると、人間としていちばん必要なユニバーサルスキル、たとえば、自分の感情をどうコントロールするのか、人として他の人とどうかかわるのか、どうしたら自分は何かを学んでいけるのか、そういった普遍的なスキルを身につけさせることが、必要ではないでしょうか。風が吹いていないときは根っこがなくてもよいですが、強い風が吹いているときは、根っこを張っていないとすぐに倒れてしまいますよね。変化の激しい社会というのは強い風が吹いている状態なんです。変化の激しい時代に生きているときこそ、自分の根っこはどこにあるのかということを自分自身が知っていることが重要だと思います。
執筆/鹿庭由紀子
※所属・肩書は取材当時のものです。
Chris Balme(クリス・バーム)
Co-Founder & Head of School at Millennium School
サンフランシスコで注目を集める中学校、ミレニアムスクールの創設者の1人であり、校長。子どもたちの潜在能力を最大限に発揮させるための組織づくりを目指している。ミレニアムスクール設立以前は、中学生のキャリア支援プログラムを提供しているSpark社の共同創設者としてCEOを務めた。ミレニアムスクールの特徴は、教科横断型で、実生活に根差したカリキュラムにある。大人の学習意欲醸成プログラムを生徒向けにデザインするなど、カリキュラム学・脳科学に基づいた共同研究をUCLAとおこなう。ペンシルベニア大学とWharton School of Businessで心理学と経営学の学位を取得。