「学習環境デザインの視界から」スタンフォード大学 ブリジット・バロン氏
~学習環境デザインの視界から~
スタンフォード大学教育大学院 教授
ブリジット・バロン氏
未来の学びは、"世代や地域を超えたコミュニティのなかで行うものになり、公式・非公式な機関のどちらででも学べ、今よりもっと私たち自身が望むようにデザインできる"。そんな未来を描くのは、学習デザインとテクノロジーの研究を専門とするブリジット・バロン氏だ。彼女のラボでは、子どもや家族が自宅、学校、地域で学ぶためのテクノロジーをどのように利用しているか実証研究が行われている。氏が志向するのは、子どもから大人まですべての人々が、公平な学習機会を得られる未来でもある。
あらゆる場所で、人生を通じて継続する未来の学びを
豊富なデジタルツールが促進する
――未来の学びはどう変わると思いますか?
これまでの学びは、あらかじめ決められた時期に、学校や職場などの決められた場所で行われてきました。しかし、これからの学びは、大人になってからも継続的に、個人が自分で決めたタイミングで行うようになります。また、時間だけでなく、場所的にも分散して行われるでしょう。既に図書館やコミュニティセンター、博物館、自宅といった多くの学習スペースがあり、今後は学習する方法として、テクノロジーをどのように使うことができるのかといったことを、さまざまな人が考えるようになると思います。
たとえば私の研究所で行った実験のなかで、少年がどのようにデジタル機器を使いこなすのかを撮影した写真があります。彼はたった6歳ですが、Google EarthやYouTube、Skypeを使っています。彼の家族はエルサルバドルにいますが、Skypeで連絡をとってつながっています。彼は歴史や動物、ビデオゲーム、スポーツに興味を持っていて、そこで、さまざまなデバイスやツールを使用しています。私たちの研究のなかでは、これらを学習環境と呼んでいますが、学びの機会はこのような学習環境のなかで多岐にわかれ、複合的に絡まりあって、総合的な学びが行われると理解しています。
――テクノロジーは、学生や学習者の意欲をひきだすことができるでしょうか。
今学ぼうとしている子どもたち、大人たちを見ると、広くいろいろな技術を使っています。面白いことに、YouTubeやビデオといったリソースはとても重要で、それらを見て、新しいことを学びたいとインスパイアされていることがわかっています。シリコンバレーの教師たちも、FacebookやTwitter、Pinterest、YouTubeを使って、自分がどのように教えるかという教育方法を学んでいます。ですので、学ぼうと思う人たちについては、さまざまな技術やプラットフォームを通じて情報収集をしたり、さまざまなリソースを活用して学びを行うことはわかっているのですが、技術が常に変化しているのと、あまり研究がされていないため、完全な理解はまだされていない領域です。
――未来の学びにおいて、学習環境だけでなく知識の獲得の仕方も変わりますか?
1つの手法ですが、人がどのように知識を獲得していくのかということを探るモデルとして、「シナリオ化」を検討するのがいいのではないかと思います。ある女性が100歳まで生きるとした場合に、彼女の全人生をマッピングしてみて、社会のなかでどういった立ち位置なのか、普段、新しい知識にどのようにアクセスしているのか、彼女にとって意義深いものは何か、テクノロジーをツールとしてどのように考えているだろうか、といったシナリオを検討していくことで、より現実的に近いモデルを検討できるのではないでしょうか。
テクノロジーは社会システムの一部
文化に基づいたデザインを
――未来の学びはテクノロジーによって、もっと簡単で、楽しく、学びの成果が約束されるようになると考えます。
テクノロジーは重要ですが、それは常に社会システムの一部である、ということを考えるべきだと思います。学びは文化的なものなので、どのように組織されるかは、教育哲学、教授法、各専門分野からの影響を受けます。デジタルテクノロジーだけで満足感を得ることは難しいように思います。学びの意欲も、社会を通して本当の楽しさ、本当の喜びを提供する必要があるのではないでしょうか。たとえば「技術と自然」だったり、「技術と物理的な美しい何か」だったり、「技術と喜び」を結びつけるのです。何を教えて、何を学んで、どのように学ぶのかだけではなく、それがどのようにして社会や文化の一部になっていくのか。現在と未来の文化の一部として、どのように適合していくのかを、考えなければなりません。
やってみたいと思う興味の対象は、天文学でも、ロボット工学でも、映画づくりでも、1つの要素からできているのではなく、さまざまな要素から成り立っています。それを理解したうえで、技術が学びにどんな可能性を与えてくれるのかを検討することです。
私たちは時にはテクノロジーを最も重要なものと考えてしまいますが、学びはいつも文化に縛られています。個人の周りには既に文化があり、哲学や教育法、何を教えるかということこそが重要なのです。
――文化を念頭に置くというところを、もう少し詳しくお聞かせください
技術がどのように使われ設計されるのかを理解するうえで、組織が持っている価値観や文化は非常に重要です。たとえば、学校や職場に、創造性や想像力を重要視する文化があるのか、あるいは個人の能力、テストの成果を最大化したいといった文化を持つのかによって、結果として発達するテクノロジーが大きく異なってきます。米国では、子どもたちがコンピュータを使って学び、フィードバックを受け、個々のテストの成績を上げてほしいというニーズが多く、オープンな想像力や創造性を高めようといった文化は、あまり存在していないように思います。実際、そうしたテクノロジーの発展もあまり多くはないようです。誰がどういった文化を持ってそれをデザインしていくのかといった価値観が、技術や教育機会の均等化にも、大きな影響を与えているのです。
ツールをどうマネジメントして使うのか
大切なのはあくまで人間的な要素
――テクノロジーを生かすために、個人や社会に求められること、取り組むべきことは?
私の行っている研究の主目的はfamily learningで、家庭での家族としての学びです。たとえば、モバイルデバイス、タブレットを使っている子どもたちは、かなりの時間をそこに費やし、その比率も増えているという現状があります。そのなかで、単にテクノロジーということだけではなく、テクノロジーを取り巻く社会的な交流にはどういうものがあるのか考慮するべきです。家庭のなかで、親が「デジタルデバイスは学びのいい機会である、活用できる強力なツールである」という認識を持っているなら、子どもをほったらかしにしておくよりも、一緒にタブレットを使って読んだり、協働したりするほうが、強力なツールになり得るでしょう。技術をマネジメントする方法について多くの知識がありますが、やはり人間的な要素が中核になると思います。
――技術を使いこなす、人間的要素を形成するためにできることは何でしょう。
テクノロジーを使って何かを作ることで、自立心やクリエイティビティ、興味が喚起されるというところがあります。たとえばコーディングやロボット制作、新しいモノづくりといった創造を通じて、そうした面が強くでてきますので、どのように人が学ぶのかも重要ですし、何を作っていくのかも大きな要素です。何を作るかに関しては、コンピューテーショナル思考、コーディング、アルゴリズム理解、AIなどが議論されています。米国国内で、就学前の幼稚園児のために多くの実験が行われていますが、まだ研究が初期段階のため、未知のものが非常に多いです。懸念する点としては、例えば国家のポリシーや政治、またはフェイク・ニュースといった嘘の情報の見極めが難しくなっていることです。技術の闇もありますので、そこにも注意が必要です。こういったところに考慮しつつ考えるとすれば、我々が提供したいものは、重要な視点―批判し、分析し、何が起きているかを考えるための視点―ではないかと思います。
学びにおける人と技術の協働の鍵は、
市民科学にある
――未来の学習者と技術はどのようにパートナーシップを築くことができるでしょう。
たとえば、私たちが取り組んでいる「市民科学」は、多くの、さまざまな人たちが技術プラットフォームを通して、一緒にコラボレーションして研究を行うものです。膨大なデータを取得することができ、これが学びや研究につながっています。以前は研究室の中で行われていた研究が、多くの人からのインプットをもらってできることになるのです。たとえば、「私の子どもはこの技術を使ってこうして学んでいます」といった情報を、いろんな家庭から集めることによって、「新しい学びをみんなで学ぶ」といったことができる可能性があると思います。また、アルゴリズムやAI、マシン・ラーニング(機械学習)といった技術も、当然そこにあるとは思います。
一方、技術は批判的に分析される必要があります。学習者には、情報を理解することと、集めた情報を検証するためのスキルが求められるでしょう。急速に変化するテクノロジーの性質を考えると、誰もが他の人から学び、互いに知っていることを共有していかなければなりません。すべての人が、他の人がテクノロジーを通じて学ぶことができるよう貢献することができます。未来は、人がどのように社会システムを設計するかにかかっています。その時の社会システムというのは、すべての人の幸福に貢献できるような社会システムであるべきでしょう。
執筆/鹿庭由紀子
※所属・肩書は取材当時のものです。
Dr.Brigid Barron(ブリジット・バロン博士)
Professor of the Learning Sciences, Graduate School of Education, Stanford University
発達心理学者。学校の内外での協働学習(collaborative learning)のプロセスについて研究を行う。マッカーサー基金の助成金を受けた主任研究者(PI)として、ゲームデザイン、ロボティクス、デジタル動画作成といった活動を通じたテクノロジースキルの開発プログラムに参加する学生を長期にわたって追跡調査している。同研究の理論上の目標は、さまざまな状況下における学習活動の活動量の変化を調べ、子供の学習生態が多様化する原因となる条件について分析することである。スタンフォード大学Learning, Design and Technology (LDT)に所属。
※Stanford Learning, Design and Technology (LDT)
学習者中心の学習カリキュラムの設計、テクノロジーを用いた学習環境のデザインについての研究を行っている。