「AIの視界から」アレン・インスティテュート オレン・エッツォーニ氏

2018年03月29日

~AIの視界から~
アレン・インスティテュート CEO
オレン・エッツォーニ氏

人の感情を読み取り会話するコミュニケーションロボット、ついに人間のプロ棋士を破るまでになった囲碁プログラム―、「この5年でのAIの進歩には目覚ましいものがある」と話すオレン・エッツォーニ氏。氏は、今では「AI(Artificial Intelligence/人工知能)、ML(Machine Learning/機械学習モデル)の首都」と呼ばれるようになったシリコンバレーの、AI研究における第一人者だ。AIが学習に欠かせない未来を予言する一方、AIはツールにすぎず、大切なのは人間がそれをどう使うかを決めていることだという。クリエーションやイマジネーション、共感力といった人間的要素を伸ばすことで、AIとのより強力なパートナーシップが実現すると話す。

AIはこの5年で大きく進歩
いずれオンラインでの個別指導も可能に

――AIは私たちの学習にどのようなメリットを与えてくれるでしょう?

難しい質問ですね。過去30年あまり、テクノロジーやシステムを使った教育というのは、在宅のままマンツーマンで学べる家庭教師システムのようなものでした。しかし、教師とオンラインでつながることで、より早く学べるようになったかというと、そこまでプラスの結果は出ていません。一方、ここ5年間でのAIの大きな進歩は、機械学習や深層学習と呼ばれるもので、これは大量のデータを入力することでアルゴリズムを実行させ、結果を推論するシステムです。これによって、言語認識技術や視覚技術、自然言語処理、碁で遊ぶといったことに関して、目覚ましい成果を出しています。

このような技術を使った学習のメリットを考えるときに必要なのは、どこにどのようなデータがあるのか?という議論です。「評価づけされたデータ」が必要なんです。たとえば、もし私がすべての生徒の行動データを持っていたとします。今ならそれこそ何百人もの生徒のデータを記録することができるでしょう。でも何の評価もされていないデータは単なる数字の羅列でしかありません。この生徒は良い例だ、このレッスンは良い例だ、これは認識違いや勘違いがあったケースだというように、人間の評価がなされていないとデータとして活用できません。データがどこにあって、そのデータは何を示しているのかがわかってはじめて、AIが教育に対して何ができるかの答えが出せると思います。

――日本では基本的に個人データの情報開示がなされていません。

個人のプライバシーとAIのあいだには、とても興味深い緊張関係があるように思います。日本とヨーロッパではプライバシーが重要視されていて、AIに必要なデータセットを集めるのが難しい。逆に中国は、プライバシーをそれほど重要視しておらず、早く進歩するためなら自由にデータを提供するというところが見受けられます。米国はその中間くらいに位置していますね。データは利用できます、ただし、匿名化するなど個人を特定できないようにしてから処理をする。そしてそれは、技術や社会の進歩のために使われます。その点に関しては、それぞれの社会や文化が、何を目的として、何を行うためにやるのかの議論を進めていく必要があるのではないかと思います。

――AIの活用は、子どもたちと先生、どちらに多くの影響を与えるでしょうか。

私は、先生と子どもたち、双方のゴールはほぼ同じではないかと考えています。先生の目的は、効率よく教える、成果が出せるように教えること。生徒の目的も、成果が出るように学ぶことです。

ここでの大きな課題は、個別化とか差別化といわれることです。通常、先生1人に対する生徒の人数は30~50人ほどですが、オンラインのコースではもっと多くの生徒がいます。こうした状況では、一人ひとりに合わせて教えることは不可能です。ところが、正しく設計された技術があれば、その生徒に合わせた授業を提供できるようになります。そうすれば、生徒と先生の双方に成果のある、実りあるテクノロジーになるのではないでしょうか。

AIはあくまでもツールにすぎない
最も重要なのは人間が「こう使う」と決定していること

――教育のなかでAIと人間のパートナーシップを築くには?

まず、AIに何ができて、何ができないかを理解することだと思います。SF作家のアーサー・C・クラークの言葉に、「それが充分に発達した科学技術であれば、魔法と見分けがつかなくなる」という言葉がありますが、AIシステムもまるで魔法のように思われているところがあって、そこに恐怖が生まれると考えています。ですので、まず教育の初めの段階でAIの神秘をひも解いていくことが必要です。AIはフォークと同じツールであって、そのツールをどのように、何のために使うのか。その答えは、それぞれの社会や文化によって違うと思いますが、最も重要なのは人間が「こう使う」と決定することだと思います。

――コンピュータやAIと共に学ぶ未来ではどのようなスキルが必要でしょう?

私は未来の子どもたちは、2つのことができる必要があると考えています。1つ目は、簡単なプログラムを書けること。そして2つ目が、コンピュータに何ができて何ができないかを理解していることです。これまでの教育は、読み書きができる、数学ができるといったことでしたが、そこに第3のリテラシーが加わるのです。そのために必要なのは教員の育成です。教室のなかにはもう既にコンピュータが置かれていますが、教員はパワーポイントの使い方は教えられても、プログラミングやコンピュータができること、できないことを、教えられてはいない状態だからです。

――先生のなかでもAIを理解している人はわずかです。家庭がサポートできることは?

そこに関しては3つあると思います。1つ目は、学校や教育の場で、テクノロジーの理解や子どもへの教育が足りないようであれば、オンライン授業などを使って教えること。2つ目は、コンピュータ以外のスキルを充実させること。クリエイティビティやイマジネーション、コラボレーション、コミュニケーション力、共感力といった。人間の持っている力を重要視してほしいですね。3つ目は、これが一番重要かもしれませんが、コンピュータや携帯などの画面に接している時間に制限をかけること。スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツは、子どものコンピュータ利用時間に厳密に制限をかけることで有名ですが、私もそれに賛成しています。1つ目で、コンピュータやAIの教育を補助すると言いましたが、時間に制限をかけて従来の子どもらしい時間を確保することはとても重要だと思います。

「私は先生たちに挑戦を投げ掛けたい。
人間がAIに何をプラスすることができるのか」

――先生の職はAIに取って代わられるのでしょうか。それとも役割が変わるのでしょうか。

その質問にお答えするためには、まずタイムスケールを分ける必要があると思います。10年20年先までが1つと、20年から25年先以降です。25年先以降は、誰もそこまで予測はできないので、答えを知っていると言う人がいたら、それはあり得ないと思います。ですので、10年20年先までで限定してお話しすると、まず先生の職は間違いなくなくならないと思います。

生徒との人間的な関わり合い―コミュニケーションやモチベーションといった感情にかかわる部分では、人間に勝るものはありません。そのクオリティを上げていくものとして、先生の役職はなくならないでしょう。また、今ある教育の品質を上げていくという役割もあると思います。たとえば、AIのできることとしてチェスや囲碁で遊ぶといったことがありますが、これは教育よりもはるかに楽で単純な問題です。なぜなら、決められた白黒のゲームボードのうえで、決められたルールのなかで遊ぶものだからです。AlphaGOが初めて人間のプロ棋士に勝ち話題になりましたが、それでも人間とAIが一緒にゲームをすれば人間はAIに勝てるのです。

ですから、教室のなかにAIを取り込んで、AIと一緒に教師という仕事をやっていくことで、より強力な、より効果的な教育ができるのではないかと思います。私は先生たちに、あなたの仕事はなくならないと保証すると同時に、彼らに対して挑戦を投げ掛けたいと思います。マシンがやること以上に、人間がそこに何をプラスすることができるのか、考えて答えていただきたい、と。

執筆/鹿庭由紀子
※所属・肩書は取材当時のものです。

Dr.Oren Etzioni(オレン・エッツォーニ博士)

Chief Executive Officer of the Allen Institute for Artificial Intelligence

1993年カーネギーメロン大学コンピュータサイエンス学科博士号取得。現在は、ワシントン州立大学コンピュータサイエンス学部教授。AIが搭載された研究者向けの高性能検索エンジン「Semantic Scholar」で100本以上の技術論文を執筆。過去には、いくつかの企業の共同経営者であり(マイクロソフトやイーベイに売却した企業もある)、ニューヨークタイムスやネイチャー、ワイアードでAIに関する寄稿をたびたび行っている。Seattle's Geek of the Year (2013), the Robert Engelmore Memorial Award (2007), the IJCAI Distinguished Paper Award (2005), AAAI Fellow (2003), and a National Young Investigator Award (1993)など受賞歴多数。