「分野横断型研究・学習の視点から」筑波大学 医学医療系 准教授 増田知之氏

2019年08月23日

~分野横断型研究・学習の視点から~
筑波大学 医学医療系 准教授 増田知之氏

筑波大学大学院では、「総合演習」という科目を設けて、分野横断型の研究を積極的に行っている。例えば、デザイン学・実験心理学・神経科学といった専門分野の異なる学生たちがコラボして完成させた論文「自撮り写真の目にどれだけ盛れば魅力が下がるのか」は、そのユニークさからメディアにも取り上げられた。教育現場で、こういった新しい学びのスタイルを牽引する増田知之氏は、「異なる人」と共有する空間やコミュニケーションの重要性を説く。自らも“際(きわ)”を排した研究に励んでおり、「異分野を物理的、心理的に近づける」ことで得られる学びの楽しさを伝え続けている。

異なる人と空間を共有し、五感を使って一緒に考える。
そこから新しい発想や創造が生まれる

――専門分野が異なる学生たちの共同研究は、どのように進められるのでしょう?

決めているのは、研究グループをつくる際に専門分野を散らすことだけで、あとは本当にランダムです。メンバー構成やグループの指導を担当する教員は、くじ引きで決めますし(笑)、研究テーマも、学生一人一人が「今、興味があること」を挙げることから始めてもらいます。皆で話し合いながらお互いが興味を持てそうなものを探り、絞っていくのです。メディアで紹介された「盛り顔」の研究も、まさにそのような過程から生まれたもので、「自撮りした写真をどこまで盛れば魅力的ではなくなるか、その境界を知りたい」という学生たちの興味が、そのまま研究テーマになっています。ほかにも、例えば「ゆるキャラの『ゆるさ』を構成する要素の分析」とか、「ペンの色が学習記憶成績に与える影響について」など、面白いと思えるテーマは実は身近なところにあるものです。そういったテーマ決めはもちろん、それ以降の調査・実験から論文のまとめまで、一連の過程においても主体は学生たちにあります。

――異分野との距離、他者との距離を物理的に近づけることから生じる変化や期待されるメリットは何でしょう?

違う視点からフィードバックを受ける場に身を置くと、驚くことばかりです。同じ研究テーマに基づいていても、専門分野が違えば捉え方、切り口は違うし、研究の方法論にしても様々に異なってきます。「自分の常識は、他人の非常識」であることを、身をもって感じながら学んでいけるのです。互いのアウトプットに対して、思わぬ見解やアイデアを交差させる――異質なものとのコミュニケーションは、モチベーションのアップと脳の活性化につながり、学習や研究のレベルは間違いなく上がります。「違い」を楽しみ、多角的な視点を身につけることは、学ぶうえで大きなプラスになると思いますね。

これは学生に限らない話ですが、人は往々にして自分の専門や本業から離れたことについては学ぼうとしないものです。異分野というのは、人の存在も含めて物理的にも心理的にも遠い。昨今は、電子媒体で密に話し合えば、近くにいてもいなくても同等のコミュニケーションが取れるとされていますが、やはり人は、電子媒体やVRでは得られない物理的存在を感知することで、心や感性が大きく変化します。異分野を楽しむには、互いに空間を共有し、五感を使って話し、一緒に考えることが大切。新しい発想や創造の原点といえるかもしれません。その意味で、物理的な距離を近づける、つまり専門外のことを学べる場と機会の提供が、私たちの大きな役割だと考えています。

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バリアを取り除くことと、オールラウンダー性を備えた先導役の存在がカギに

――そういったプラットフォームにおいては、何が重要になるのでしょう?「主体は学生にある」とのことで、とても自由な印象を受けるのですが。

そうですね。基本的に自由・放任主義で、それが重要なポイントだと思っています。今の社会にありがちな“過保護なお膳立てに基づいた教育”は、自由な発想を摘み取ってしまいますから。もちろん見ていて、「本当にまずいな」「それでは研究としてまとまらないな」という場合には、アドバイスというかたちで軌道修正を図りますが、それもなるべく気づかれないようにするという、いわば“計画的放任”。ハプニングやトラブルに遭遇してもいいんですよ。それも学びの一つなので。意図的に囲い(プログラム)を外し、「失敗して当たり前」「もっと困りなさい」といった感じで、学生たちが失敗を恐れて張りがちなバリアを取り除くようにしています。

――教育界で注目されている「PBL(課題解決型学習)テュートリアル」に近いですね。

テュートリアル教育は、医学教育の場では浸透しており、筑波大学の医学類(通常の大学の医学部に相当)でもかなり前から行われていますが、確かに似た感覚があります。どちらの教育でも、私たちは答えを提示するのではなく、答えに導いていくのが役割。かといって、あまり導きすぎると、それがまた“囲い”になってしまうので、さじ加減は難しいのですが……。学生たちと同じ目線で、一緒に研究や学習を行うような感覚が大切だと思います。

加えて、分野横断型の研究においては、教育・指導する側にもオールラウンダー性が求められます。実際、日頃から学際的な活動をしている教員が指導担当を務めると、その研究活動は順調に進み、成果も出やすいですね。口先だけで「多角的な視点を持て」と言っても説得力がない。教員自らが実践していないと、その良さ・楽しさは学生たちにちゃんと伝わらないんですよ。そういう意味で、分野横断型研究の成功のカギは、幅広い視野を持ち、専門外の領域にも積極的にかかわろうとする指導者の存在にあるように思います。この点については、まだ十分な環境を用意できているとはいえませんが、今後に期待したいところです。

本業や専門以外のところにこそ、純粋に「面白い」と思える学びのタネがある

――先生ご自身も、ほかの専門分野とコラボレーションしながら多面的な研究活動をされていますね。

もともと、メインワークで異分野の専門家と一緒に論文を出したりしていたんですけど、最近はサイドワークも楽しんでいます。日本スキー学会に論文を発表したり、バッティングセンターの研究を始めたり、純粋にやりたいことを好きなように(笑)。スキー学会に発表した論文は、「潰れるスキー場と、潰れないスキー場の違いはどこにある?」という素朴な疑問を調べたもので、人文地理学の教授とのコラボです。私自身がスキーブームの中で育った世代なだけに、昨今のスキー産業の衰退がとても気掛かりで始めた仕事です。

実際に異分野の人と共同研究を行ってみて、「研究って、やりたい、楽しいと思えることをやればよい」と改めて感じました。学生たちにも、こういう感じで論文を書いてほしいというのが私の願いなんです。私たちの取り組みの強みは、これがあくまでもサイドワークであること。おのおのがメインワークにしっかり取り組んでいて、それが光っているからこそ、異分野との交流が生きてくるわけで、結果として、それが遊び心につながり、思わぬ面白い研究成果を生み出していくのです。

――「面白い」と思える研究や学びのテーマは、大上段に構えなくても、実は身近なところにありそうですね。

故・池中一裕先生(生理学研究所名誉教授)がよくおっしゃっていたのが、「楽しくなければ、研究じゃない」。この言葉は私の座右の銘の一つなんですけど、テーマを設定する際に置くべきポイントは、そこに楽しさや好奇心をくすぐる何かがあるかどうか、それだけでよいと思うのです。学生たちの「盛り顔」や「ゆるキャラ」の共同研究にしても、もう完全に興味本位の世界で、それを「皆で知恵を寄せ合ってやろうよ」という話です。自分とは異なる人との共同空間を手の届く範囲で探して、一緒に考えてみる。それは年齢や立場など関係なく、誰にでもできる学び方の一つだと思いますね。

その際に核となるのは、やはり生身の人と人とのコミュニケーション。著しく発達したSNS、特にLINEなどのコミュニケーションツールには、確かに利便性はあるけれど、一方で、同質な人間の囲い込みと異質な人間の排除を助長しているようにも映ります。異なる人との共同空間を持たなければ、本当に必要な情報はなかなか入ってこないし、いわんや他領域の情報を集めるのは無理です。異分野への関心の薄さ、人間関係の希薄さは、大きな意味で学びの障壁となり得るわけです。その点は意識するべきではないでしょうか。学びの本質、楽しさは“違い”の中にこそあると、私は思います。

執筆/内田丘子(TANK)
※所属・肩書きは取材当時のものです。

プロフィール

増田 知之(ますだ・ともゆき)

筑波大学大学院博士課程医学研究科修了。博士(医学)。福島県立医科大学医学部学内講師、獨協医科大学医学部准教授を経て、2013年より現職。主に基礎医学、神経科学、内科系臨床医学を専門とする。同大学の医学群医学類において、医学生の教育に従事するとともに、同大学大学院の感性認知脳科学専攻では、分野横断型研究の推進、指導に尽力。2015年に「筑波大学医学医療系 若手優秀教員賞」、2018年に「Japan Society of Kansei Engineering 日本感性工学会 楽天研究賞」を受賞。