「ゲーム学習・ゲーミフィケーションの視界から 」東京大学 藤本徹氏

2018年03月29日

~ゲーム学習・ゲーミフィケーションの視界から~
東京大学 大学総合教育研究センター 特任講師
藤本徹氏

教育メディアとしてゲームを利用することへの関心が続くなか、近年では、ポイントや経験値などといったゲームの要素を取り入れる「ゲーミフィケーション」の考え方を教育現場に導入する取り組みが注目されている。さらに、ゲーミフィケーションの手法によって学習進捗や達成状況を可視化する仕組みも生まれており、その普及が期待されている。この領域の第一人者である藤本徹氏は、「ゲームを軸とした学習環境は着実に進化しており、誰にとっても勉強は楽しいものになっていく」と、その未来図を描く。

継続的に新しい取り組みが重ねられ、
教育メディアとして成長してきたゲーム

――まず「ゲームで学ぶ」ということについて教えてください。どのような効果が期待できるのですか?

「複雑な概念の理解を促しやすい」「振り返り学習を促しやすい」などといったいくつかの効果があるなかで、ゲーム学習の大きな特徴には、付随的な学習の有用性があります。たとえば、昨今話題になっているeスポーツ(エレクトロニック・スポーツ)を例に挙げると、プレイヤーは上達するために、あるいは対戦相手に勝つために、事前練習をしたり、試合のプレイ動画を見て勉強したりするなかで、普通の人が持たないような瞬発的な反射能力や状況判断力を習得しているのです。

また、歴史をテーマとしたシミュレーションゲームなどは、歴史の知識を学ぶことが第1の目的ではないけれど、ゲームを繰り返しプレイし、上達する過程で歴史の知識を身につけているわけです。このような付随的な学習は、ある程度継続してプレイし続けられるゲームや、飽きないような複雑さを持ったゲームにおいて起きやすい。意識されずに、目標達成に付随したかたちでの学習が生じているのです。「何をすれば、活動をより充実させることができるか」という観点と学習を接続させる考え方は有効だと思います。

――そういった学習スタイルを進めるのには、何が重要になるのでしょう。

学習意欲を喚起させるという点からいえば、ゲームを含むテレビや漫画などといったエンターテインメント側からのアプローチが重要になってきます。以前から取り組まれている「エンターテインメント・エデュケーション」は、娯楽コンテンツを利用した教育、啓発活動に寄与してきました。テレビが普及した初期の頃から、識字率が低い開発途上地域などでよく用いられています。特に研究が進んでいるのはヘルスケアの分野。たとえば、ドラマやアニメに「なぜ衛生面に気をつけないといけないか」「エイズを予防するにはどうすればいいか」というコンテンツを入れて、公教育の向上を図るわけです。eラーニングは工夫をしても、やはり勉強好きな人、あるいは勉強したい人向けの学習ツールですけど、広く学ぶことへの意欲を高めるという点においては、エンターテインメントが力を発揮することが認められています。

――ゲームが得意とすること、つまりゲーム学習が活きる分野というのは?

自分の選択、アクションと、それに対する結果が定型化できるものがコンテンツにしやすいですね。いい結果を出すために繰り返し独習するわけですが、この部分を対人でやるのは大変だし、コストもかかるでしょう。独習して振り返り学習をし、改善を図る――これらをうまく組み合わせたかたちでゲームを使うと高い効果が期待できます。

10年ほど前に、ウエストバージニア州が、州を挙げて小・中学校の体育の授業に「Dance Dance Revolution」を導入した事例があって、この音楽ゲームを活用したプロジェクトは、子どもたちの身体機能の改善に貢献しているようです。音楽ゲームのように、スキルと直結しているものは効果が出やすいですね。また、ニュージーランドで開発されたうつ病治療のゲームアプリ「SPARX」の日本版が出てきたり、重度障害者が視線入力装置を使いこなせるようトレーニングするゲームが開発されたりと、こういったゲームの応用研究は進んでいます。

ターゲットに合わせたサポートの仕組みが
ゲーミフィケーションを有効にする

――昨今、ゲーミフィケーションを活用した学習方法が注目されていますが、これは社会人の学びにも活用できますか?

ゲーミフィケーションに関しては、ターゲットの問題がありますね。もともと勉強ができる、勉強したいというモチベーションの高い人と、学習意欲や習慣自体がない人とを混ぜてしまうと話が難しくなる。前者にすれば「そういう余計なことはいいから、勉強だけさせてくれ」という話で、かえって逆効果になりかねません。スポーツ選手などの場合は、「自分のスキルを磨く」というテーマが明確ですから、"それ以前"のサポートというよりは、そのスキルアップに集中してもらうためのゲーミフィケーションが有効になります。

――"層"に応じたアセスメントが必要だと。

そういうことです。簡単な診断によるものでも、自己認識でもいいと思うんですよ。「やるべきこと」がわかっている対象には、「あなたは特別メニューです。結果に応じてどんどん点数を返しますから、あとは自分のテーマに沿ってゴールに到達してください」というゲーミフィケーション。そうじゃない対象には、まずは学習意欲を高める時点から、あるいは入り口で挫折しないようなサポートが必要になってきます。振り返って「こんなにやったんだ」とわかるような"学習の積み上げ"を可視化するとか、活動を続けようとする気持ちにプラスに働くサポートですね。ターゲットに合わせたサポートの仕組みをつくるのは教育分野でもやっていることですが、それはゲーミフィケーションでも同じです。

――ゲーミフィケーションで学習を継続させる仕掛けについてはいかがでしょう?

ゲームのなかでよく使われる、ポイントや経験値などを数値化・可視化することでレベルアップをしていく仕組みのように、人を楽しませる、夢中にさせるような要素を盛り込むことです。ほかの人と比べてどうか、以前の自分と比べてどうかといった比較要素は重要で、たとえばニンテンドーDSの歩数計ソフトや、「Wiiフィット」のような楽しみながら生活リズムをチェックするゲームソフトはわかりやすい例でしょう。歩数計を持ち歩いて記録を保存し、どこまで歩いたかを地図で示したり、みんなでランキングを競い合えたりする。ゲームには、こういう「もうちょっとやってみるか」と思わせる、モチベーションを高める手法が盛り込まれています。それが教育ツールには実装しきれていないのが現状ですけど、関心は高まっているので今後に期待しています。

経験や学習値の可視化によって流通する「知」。
インプットからアウトプットの時代へ

――経験や学習値の可視化はとても重要な観点だと思います。学習テクノロジーの分野で起きている新しい動きはありますか?

自分が学んだことが次にどうつながるか。これをサポートするテクノロジーに「デジタルバッジシステム」というのがあります。たとえば、講座やプログラムを介して学んだことがバッジの発行として可視化され、それが修了証代わりになります。そして、発行されたデジタルバッジはSNSなどに"置いて"アピールすることができる。教育機関やプログラム提供機関が発行するバッジを一元化して、それを表示できるようにした標準システムみたいなもので、これが最近のeラーニング業界で出てきている動きです。いわゆる学歴ではなく、「もっと"小さな桁"の学習歴が見えるようにしましょう」という話ですね。

さらに、Mozilla 財団が取り組む「オープンバッジシステム」のように、学習進捗や達成状況の可視化を支援する仕組みを無料で提供する動きも、ゲーミフィケーションの手法が組み合わさることで普及を後押ししています。これらが標準規格に乗って、さまざまな組織が共有するようになれば、学習状況の適切な理解や共有が進むわけです。「そのバッジを取ったのなら、次は連携するこのプログラムがいい」という学習ステップも見えやすくなるし、組織の枠を超えた学習効果の活用も進んでいく。そんな瑞兆が表れています。

――これまでの学びはインプットが中心でしたが、今後は、学習歴の掲示や知恵の交流などによるアウトプットが進みそうです。

テクノロジーの進化によって、場所や時期を問わず、自由に学べるようになってきたことに加え、ソーシャルメディアの急速な普及がアウトプットを後押ししていると思いますね。子どもたちに大人気のものづくりゲーム「マインクラフト」は顕著な例で、子どもたちはプレイするだけでなく、実況動画をつくってYouTubeにどんどんアップしている。どう伝えるか、発信するかということに高い関心を持っているし、それがまた意欲にもつながっているわけです。

あるいは、知的書評合戦とも呼ばれるビブリオバトルがあります。何人かで集まって本を紹介し合い、チャンプ本を投票して決める読書のディベート大会みたいなもの。まさに自分の知識をアウトプットする機会で、また、人のアウトプットを見ながら新しい知識を入れていく機会でもあるわけです。まだニッチかもしれないけれど、こういう機会が連なると、学びの選択肢も増えていくはずです。自由で多くの人が楽しめる学びの"芽"は、たくさん出てきているんですよ。

執筆/内田丘子(TANK)
※所属・肩書は取材当時のものです。

藤本 徹(ふじもと・とおる)

東京大学 大学総合教育研究センター 特任講師

慶應義塾大学環境情報学部卒業後、民間企業などを経てペンシルベニア州立大学大学院博士課程修了。博士(Ph.D. in Instructional Systems)。教授システム学、ゲーム学習論を専門とし、2016年より現職。ゲームの教育利用やシリアスゲーム、ゲーミフィケーションに関する研究ユニット「Ludix Lab」の代表も務める。著書に『シリアスゲーム-教育・社会に役立つデジタルゲーム』(東京電機大学出版局)、訳書に『幸せな未来は「ゲーム」が創る』(早川書房)などがある。