病院内の状況をリアルタイムで視覚化し、病床稼働率の向上と業務量の平準化を実現(淡海医療センター)
【Vol.6】社会医療法人誠光会 統括看護部長/淡海医療センター看護部長 伊波 早苗(いは さなえ)氏
看護師の業務量は、医師からのタスクシフトもあり、増加傾向にある。患者のケアに限らず、事務的な作業などの雑務も多い。特に電子カルテから情報を抽出して判断するような業務は、大きく時間を取られるところだ。淡海医療センターでは、各種業務の意思決定を迅速にするコマンドセンターの導入など、デジタルを活用した業務効率化に取り組んでいる。取り組みによって看護師の働き方はどう変わったのか、看護部長の伊波早苗氏に話を聞いた。
電子カルテからの情報抽出などの雑務が、看護師の時間外労働の原因に
伊波氏は「看護師は病棟のすべての入院患者を管理しているため、確認作業や書類管理も多く、残業が常態化している」と話す。業務改善やデジタル化によって徐々に残業時間は減っているものの、「全員が定時で帰る」というところまでは至っていない。いわゆる早出残業も多く、業務効率化のために取り組みたい課題は多岐にわたるという。
「例えば、電子カルテには膨大な量の情報が入っていますが、それを開くだけでもけっこうな時間がかかります。看護師には『電子カルテの深い階層にある情報を取ってきて統合する』といった業務がやまほどあり、患者の情報を収集するために早出残業するケースが多々あります」(伊波氏)
淡海医療センターの一般病棟は8つあり、それぞれ40床ほどのベッドがある。それぞれの病棟の看護は、病棟師長、副師長、主任、副主任、一般看護師という体制で運営されており、マネジメントを主とする病棟師長以外は、全員が通常の看護業務に携わっている。
病棟ごとの1日の日勤者は10~12名で、2人1組で患者8人を担当。その日のメンバーのうち2名がリーダーとなり、患者ごとにセットする薬のチェックや医師に処方指示の依頼などを行っている。
看護師の日常的なタスクは患者のバイタルチェック、移動介助、配薬、与薬、服薬管理、入退院支援、清潔ケア、電子カルテへの入力作業など。業務ごとに様々な課題があるが、なかでも病床稼働率を左右する病床管理や業務量を平準化する人員配置といったところは、病院の安定経営に関わる部分でもあり、最適化が求められていた。
コマンドセンターの活用で病床稼働率が向上
同院では、こうした課題の解決のために2021年4月にコマンドセンターを導入した。コマンドセンターは電子カルテ内などにある各種データを集約し、様々な利用目的に応じた分析・加工をリアルタイムで自動的に行ってくれるシステムだ。利用目的に応じて分析・加工されたデータはコマンドセンターの画面に表示され、各種業務において必要な意思決定をサポートする。
例えば、「Capacity Snapshot」という画面では、全病床の稼働状況をリアルタイムで把握することが可能だ。
従来の病床管理では緊急入院の依頼が入った時に電子カルテ内にある各病棟のベッドマップをすべて確認し、使えそうなベッドがあれば、その病棟の師長に電話して受け入れ可能かどうかを聞いていた。病棟師長からは「さっきも緊急入院を受け入れたばかりで余裕がない」という反応が返ってくることもあり、患者1人の緊急入院を決定するのに30分ほどかかっていた。
病床稼働率の管理画面では、緊急入院が受け入れ可能な病床を、優先順位をつけて表示するほか、同じ部屋に入っている患者の感染症や認知症の有無も確認でき、全体最適を踏まえた病床アサインが簡単に行える。看護師たちも他の病棟の状況を把握できるため、「次は自分たちの病棟が受け入れる番」という心構えができ、受け入れに対する納得感があるという。
これによって緊急入院の調整がスムーズになり、病床稼働率がと向上。コロナ対応のため、一般病棟は減少しているが、入院患者の数は減少前と同水準を維持している。
各病棟の繁閑を見える化し、業務量の平準化を実現
また、看護師の最適な人員配置のための情報もある。従来の人員配置では業務量や業務の難易度、看護師のキャパシティが異なるために病棟ごとに繁閑のばらつきが生じていたが、タスクスコアを表示して看護師の最適な人員配置を提案する機能によって病棟ごとの業務負荷を平準化している。
タスクスコアとは、業務量を数値化した業務スコアを、看護師のキャパシティを数値化したキャパシティスコアで割ったもの。タスクスコアの値によって、「この病棟では看護師が足りない」「この病棟では人員に余裕がある」といったことがわかる。余裕のある病棟から忙しい病棟に応援を出す際の目安となり、業務量の平準化につながる。
キャパシティスコアは看護師の人数とクリニカルラダー(看護師の能力やキャリア開発の指標のこと)に基づいた熟練度で数値化されたもの、業務スコアは手術件数や担当患者の介護度によって数値化されたものである。業務スコアの係数は、看護師たちの経験則から導き出しているが、運用にあたって大きなギャップは生じていない。今後は検証を重ねながら、最適なスコア設定を模索していく。
コマンドセンターでは、このほかにも患者の容態急変リスクをスコア化して表示する機能など、現在8つの機能を運用しており、それによって看護師の総残業労働が1カ月あたり約700時間削減できたという。
「以前は『なぜ、自分たちばかりが忙しい思いをしなければならないのか。他の病棟はもっと余裕があるのではないか』という感覚があったと思います。それが、各病棟の状況が可視化されたことで、納得感のある形で緊急入院の受け入れや他病棟への応援が行えるようになりました。全体最適化の視点から、病棟の垣根を越えてお互いに協力しようという意識が芽生えてきたように思います」(伊波氏)
ロボット活用も含め、さらなるデジタル化に挑戦
さらなる自動化も進行中で、直近では薬のオーダーに関する作業を自動化した。従来は患者の薬がいつ切れるかを看護師がチェックし、使い切りそうな薬について医師から薬剤部にオーダーするよう、促していた。患者全員分のカルテを開いてチェックし、その都度医師に連絡するというのは、時間の取られる仕事である。残っている薬の数量を電子カルテから抽出し、医師ごとにPDFでレポートを出す、というプロセスを自動化することで、看護師の業務負荷を削減した。また、コマンドセンター以外のところでは、入院時の患者の荷物の搬送や院内での薬の搬送を行うロボットの導入も決まっているという。
一方で、まだ実現していないが、「今後デジタル化したい」と話すのは配薬に関するところだ。患者ごとの薬をセットする配薬業務では、薬が間違っていないかどうかをパッケージに記載されている識別番号と薬の一覧表を照合しながら確認しているが、それだけで4~5時間を要している。照合作業の自動化や簡易化ができれば、業務負荷の軽減効果は高い。また、病院食の配膳・下膳についても、ミスの削減につながるのであればロボットの活用を検討したいと話す。
「点滴や清潔ケアといった患者の身体に直接触れるような業務の自動化は難しいですが、電子カルテの膨大なデータを扱うような業務は、コマンドセンターの活用によって自動化できる部分がたくさんあります。ただし、こうしたデジタル化はある程度大きな病院でなければ導入が難しい。中小規模の病院ではまだまだ時間がかかるでしょう。当院では取り組みの効果が徐々に出始めているので、今後もできるところからデジタル化を進め、看護師がコア業務に集中できる環境にしていきたいと思います」(伊波氏)