【イントロダクション】 障害者雇用も量から質へ:多様な業界にある取り組み

2025年02月13日

日本は生産年齢人口が減少し、働き手を確保するために多様な人材の活用が不可欠な時代となっている。このような状況のなか、2022年に障害者雇用促進法および障害者総合支援法が改正され、2023年以降、事業主は障害者雇用において「量」に加えて「質」を重視することが求められるようになった。具体的には、事業主の責務に「職業能力の開発及び向上に関する措置を行うこと」という内容が加わった。つまり、障害がある人を雇用して定着させるだけではなく、個人が持つ能力を発揮し高めていくような業務アサインと育成が雇用主に期待されている。

障害者を今よりも職場の戦力として生かすことができれば、事業主は人材不足を緩和しながら雇用義務を果たすことができる。しかし、事業主からは「障害者の適性や能力をどのように把握するのか」「どの業務を任せるべきかわからない」との声が聞かれ、これまでと同じ業務を任せ続けるケースが少なくない。本コラムでは、障害者の能力を生かす職域開発をテーマに、具体的な方法とそのために必要な要素を考えていく。

働く障害者の数は増えているが、能力が十分に生かされていない

厚生労働省が発表した「令和6年障害者雇用状況の集計結果」によると、民間企業で働く障害者の数は21年連続で過去最高を更新した。一方で、働く障害者を対象にしたゼネラルパートナーズ(2016年)の調査では、回答者の65%が自らの仕事に満足していないことがわかっている。その理由として「業務範囲が限定されており、仕事の広がりがない」「能力を発揮する機会が与えられない」といった声が挙がった。雇用の機会が増えても、仕事の質に対しては障害がある当事者が不満を持っていることがわかる。

意欲のある障害者が戦力として活躍できない背景には、何があるのだろうか。有識者や先進事例を持つ事業主、当事者などへのインタビューからは、障害者の能力発揮を阻む壁が①事業主、②就労支援事業者、③当事者それぞれにあると指摘された。

  1. 事業主:障害者雇用を義務と感じ、雇用数がゴールになってしまう傾向にある。その結果、個人の能力とは関係なく、障害の種類や特性などで職務を限定しがちである。
  2. 就労支援事業者:企業で求められるスキルについての理解が不足する傾向にある。また、障害者の能力を低く見積もる場合があり、より難度の高い業務ができることに気づかないという指摘がある。
  3. 当事者:「何ができるか」「何がしたいか」といった自己理解が不足している。また、障害受容ができていない、障害による仕事への影響範囲を想定できていない場合がある。

全国で見られる先進事例:官民連携の取り組みも

職場の環境を柔軟に見直し、個人に適した業務設計を行うことで、障害者とともに働くことの価値を感じている職場もある。たとえばある病院では、知的障害があるスタッフが1病棟のシーツ交換や食器洗い・消毒といった病床における一連の業務を任されている。独り立ちしたスタッフは、患者の入退院の時間に合わせて自分の段取りを調整するため、看護師や看護助手はその都度指示を出す必要がなく、ナースコールに素早く対応できたり点滴管理がしやすくなったりと、専門業務に集中できている。このような職場では、1つの成功を基に障害者が担える業務を次々と見つけることができ、結果的に障害者に幅広い可能性が開かれるようになった。ほかにも、自治体のホームページ作成など直接収益を生み出す業務や、障害がある人とない人が混在するチームのリーダー業務をしている事例がある。成功体験は当事者の自信となり新たなチャレンジへの意欲となっている。そして、事業主にとっては、障害者が職場の重要な一員になっている。

地域全体で、官民が連携し障害者の能力活用によって人材不足の解消に取り組んでいる事例もある。代表的なのが「福岡モデル」である。福岡労働局が中心となり、事業主側が障害者にとって働きやすく能力を発揮しやすい環境づくりをするよう、事業主の「雇用準備性」を高めるための支援を提供している。具体的には、ハローワーク(HW)で人材募集を希望する事業主に対して、福岡労働局は障害者の採用によって人材を充足することを推奨する。受け入れ準備のために、事業主は必要に応じて地域で先進的な障害者雇用を行う企業を見学し、先進企業の伴走支援を受けながら組織運営の見直しや業務の見える化を行う。そこで改めてHWに求人を申し込んで、障害者を戦力として採用する、というものである(図表1)。2024年4月から本格的に始動し、現在は1次的成果を測定する段階にある。

図表1 福岡モデルの支援のフローチャート

福岡モデルの支援のフローチャート
出所:福岡労働局 「障害者雇用で人手不足を解決!~障害者の戦力化を通じて人材確保の実現を支援します~」より抜粋

多様な業界で価値を生む障害者雇用


「障害者雇用は特殊で難しい」というイメージが根強いが、成功している事業主の多くは、法定雇用率達成のためや人材不足を補うためといった通常のきっかけで障害者雇用に着手している。試行錯誤の結果、専門職の負担軽減、収益増加、業務プロセスのボトルネック特定、職場の安全性向上などさまざまな価値を得て、障害者が職場に不可欠な存在になっている。これらの事業主に共通する点として、個人の得意を探すためにさまざまなタスクを試させ、得意が発揮できる環境を整えていることが挙げられる。また、障害者が働く現場をサポートする支援者の存在も重要なポイントとなっている。

障害者の活躍の機会を、慢性的に人材が不足する医療介護業界で広げられないかという問題意識の下で、本プロジェクトでは、同業界だけでなくITや物流、印刷関連サービスなど幅広い業界における取り組みについてリサーチを行なった。障害者が能力を存分に発揮できるようにするそれらの実例から得られた知見が、障害者の実雇用率が3.19%と最も高い(図表2※)医療介護業界にとっても有用なものとなれば幸いである。
次回以降のコラムで、特徴的な取り組みを紹介する。

図表2 産業別実雇用率の推移

産業別実雇用率の推移
出所:厚生労働省 「令和6年 障害者雇用状況の集計結果」

(※)政府統計では医療介護ではなく「医療・福祉」で集計されている。

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