女性が変革を担うことで、地域も企業も進化できる。そのための鍵とは――株式会社Pallet 羽山暁子氏

2024年10月02日

東京で人事領域のキャリアを積んだのち、仙台へIターン。フリーランスを経て、企業の組織開発支援や人材育成を行う株式会社Palletを起業・経営する傍ら、グラミン日本仙台支部長として東北地方でシングルマザーのリスキルと就労支援に取り組む羽山暁子氏に、地方で女性が自分らしく働き、キャリアの希望を実現していくための鍵を聞いた。
羽山氏の写真株式会社Pallet 代表取締役 羽山暁子氏

いまだ根強いバイアス。女性の働く可能性を損なう要因に

――女性が働く環境は今、どのような状況にあると捉えていらっしゃいますか。

9年前に起業した際、一人ひとりの可能性を生かす組織作りや働き方をいかに実現するかについて数々の経営者と議論しました。多くの経営者の方々が私の問題意識に関心を示してくださった一方で、秘書や事務職の仕事でのお誘いをたくさん頂き、女性が就く仕事についてあらかじめ限定してしまうアンコンシャス・バイアスがあることも実感しました。起業してから、長く企業に伴走して組織作りのお手伝いをしてきましたが、まだまだ女性が働くことへのバイアスが経営者の意識や職場に根強く残っている、というのが私の実感です。

企業だけでなく、女性自身にもバイアスがあります。家族のための無償労働が自分の主な役割であり、働くことの優先度は自分にとって低いものと、女性が初めから決めてしまっているケースは珍しくありません。東京などでは、専業主婦からキャリアを優先した働き方まで様々な選択肢があり、そのなかから女性が自ら選択したという感覚を持ちやすいのに対し、地方では、家計にとって必要だから家族のケアに支障のない形で働くとなりやすく、働くことが自らの前向きな選択になりづらいのです。

女性がこれからの生き方を前向きに考えられる機会が必要

――これからの地方で、女性が働くことを前向きに選択していくためには何が必要でしょうか。

「自分が何を大切にして、どう生きていきたいのか」という意思であるWILLを女性がワクワクしながら考える機会があることが、何より大事だと考えています。そのきっかけとなりうるのが、多様性のある生き方や働き方に触れるなどの「外部刺激」です。たとえ今、周囲に合わせた生き方や働き方をしていたとしても、全く違う生き方や働き方をする人と出会うと、「これが好きだな」とか、「これは嫌だな」というように感情が動きます。もし好きだなと思えばそれを選択してもいいし、今はそれを選択できなくても、何をすればいいか考え始めることができる。逆に嫌だと思うなら、それを避けるという選択が自分のなかに生まれます。

自分のWILLを考えるためには、誰かから問いかけられることも重要です。前向きな関わりを持ち、適切な言葉がけをしてくれる人が周囲に1人いるだけで、人は自分の人生を自分のものとして選び取り、歩き続ける勇気を回復できます。私はプロコーチとしても活動しているのですが、そのような他者との関わりができる人を地域に増やしていくためにコーチングを教えているほか、2018年から「Talk Your WiLL(トークユアウィル)」という活動も続けています。自分がどうしたいかを語り、聴衆からギフトコメントを受け取るシンプルなイベントですが、自分が望むことを言葉にし、それに寄り添う言葉を受け取ることで、人がその変化に向けて動きだす姿を本当にたくさん見てきました。

WILLを追求するだけでは、その人の生活が経済的に安定しない場合もありえます。その場合には、できること(CAN)を増やしていくことも重要です。そのため2024年8月からは、支部長を務めるグラミン日本仙台支部でシングルマザーのリスキルと就労支援への取り組みを開始しています。ここでは参加者が共にWILLを描くプログラムに加えて、CANを増やす第一歩としてのデジタルスキルの装着に取り組み始めました。

女性が学び、ステップアップすることで、企業や社会も変わる

――リスキリングは女性の前向きな選択を促すきっかけとなるでしょうか。

女性が新しいことを学び、企業の変革の担い手となることで、地域も、企業も、そして女性自身も前向きに変化していけると思います。そこで考えているのが、私自身が長く携わってきた人事領域でのスキルを、女性が身につけるためのプログラムです。人的資本経営の流れのなかで地域の中小企業も人を大切にしたマネジメントを行うことが求められていますが、現実問題としてそのような人事施策の構築や実践には手が回っていません。調整能力が欠かせない人事の仕事と、コミュニケーション能力の高い女性は非常に相性が良いため、女性が人事について学ぶプログラムを開発したり、企業が切り出した人事業務を引き受けたりすることで、人事に関心を持つ女性の育成を行うことを予定しています。人事を軸にステップアップしていく女性が増えれば、女性とともに企業や企業を取り巻く社会が進歩していくことも可能になるはずです。

デジタルを学び、企業のデジタル化の一端を担うことで、女性の働く機会が広がる可能性もあります。ある企業では、経営者がデジタル化の第一歩として汎用業務改善ツールを導入したのですが、上から降りてきた新たなツールは、現場になかなか浸透しませんでした。そこで社長が長年総務の仕事を担ってきた女性を推進役に任命したところ、その女性があらゆる職場を回って気長に声かけをしたり、導入部分を教えたり、そのツールに関して緩やかに話すお茶会を開いたりするなかで、現場が新たなツールを使えるようになっていったのです。多くの企業は、最初から高度なデジタル化をしようとしているのではなく、今必要な効率化やナレッジ共有を実現したいと思っています。女性のコミュニケーション能力や協調性は、デジタル化による新たな業務プロセスを職場が受け入れていく上で大いに役立つと思います。

多様な働き方を応援する企業が、働く人に選ばれ続ける

――女性が自分のWILLを生かせる職場をどう増やせばいいでしょうか。

仙台市は、長くスタートアップ支援に注力しているのですが、そうした企業では柔軟な働き方の導入や外部人材との連携を積極的に行う傾向があり、働く人がお互いのライフイベントを尊重し合いながら働いているので働きやすい環境にあります。一方、歴史や伝統のある企業にとっては旧来の働き方や人材活用の仕組みを変えていくことは簡単ではなく、パラダイムシフトにはまだまだ時間がかかりそうだと感じています。

とはいえ人手不足が深刻化する労働市場や社会の状況を踏まえると、多様な働き方を応援してくれる企業、新しい制度や働き方を今すぐ作れなくても今後作る姿勢を示す企業が、求職者や今の社員に選ばれ続け、そうした企業が創出する価値が社会に求められていくという流れはこれから強まっていくでしょう。いち早くそのことに気づき、働く人に選ばれ続ける環境を作った企業や地域が生き残るでしょうし、社会全体で何が正解だったのかもこれからはっきりすると思います。


羽山氏の写真
聞き手・執筆:大嶋寧子

大嶋 寧子

東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、民間シンクタンク(雇用政策・家族政策等の調査研究)、外務省経済局等(OECDに関わる成長調整等)を経て現職。専門は経営学(人的資源管理論、組織行動論)、関心領域は多様な制約のある人材のマネジメント、デジタル時代のスキル形成、働く人の創造性を引き出すリーダーシップ等。東京大学大学院経済学研究科博士後期課程在学中。