多くの企業との「出会いの場」が母親のチャンスを広げる 性別役割分業の解消も大事――NPO法人ママワーク研究所 田中彩氏

2024年11月06日

出産などで一時離職した女性の再就職にあたっては、企業とのマッチングの難しさが大きな課題となっている。福岡県で12年にわたり、子育て女性の就労支援に取り組んでいるNPO法人ママワーク研究所理事長の田中彩氏に、育児や家事の負担が重い女性たちと地方の中小企業とのマッチングを成功させるためには何が必要かを聞いた。

田中彩氏の写真NPO法人ママワーク研究所 理事長 田中彩氏

ベンチャーのバックオフィス業務を「母親人材」に任せる

――NPOを立ち上げた経緯や、取り組んでいる事業について教えてください。

出産を機に一時離職して再就職に大変な苦労をしました。その際に、私に限らず周りのママ友たちも、多くは出産前に豊富な経験を積み、子育てと両立できるならもう一度働きたいと考えていることに気づいたのです。そこで、自分の経験を生かして女性たちの再就職を支援しようと、2012年7月に団体を設立しました。

団体では働きたい女性を対象に、様々な支援を行っています。2014年には企業との出会いの場として「ママドラフト会議」を始めているほか、ビジネスマインドを養う「ママボランチ育成講座」を提供しています。さらに女性と企業の条件を擦り合わせる仲介役が必要だと考え、2017年に人材紹介会社Work Stepも設立しました。

――田中さんはベンチャー企業でバックオフィスを担える人材として、子育て中の女性に注目しました。発想の源は何でしょうか。

私自身、ベンチャー企業のバックオフィスを経験していたことがベースになっています。加えて、拠点である福岡市がスタートアップ都市を宣言して起業を支援しており、かつ事務職を希望する女性たちが多かったことも背景にあります。未経験でもスモールスタートから始められ、いずれ組織が拡大した際には、分化する部門のリーダーとして登用される選択肢がある。そんなコンセプトで、内閣府のモデル事業として取り組んだのが講座の始まりです。

ママドラフト会議を開いた当初は、参加企業を集められるかという心配もありました。しかしありがたいことに女性側に素晴らしい人材が多く、彼女たちの強みを伝えるだけで、たくさんの企業からアクセスしてもらえるようになりました。ちなみに男性経営者はスポーツ好きが多いので、こちらの狙いをスポーツに例えて直観的に伝わるよう「ドラフト会議」「ボランチ」といった言葉を使ってみました。

女性自ら動き、仕事をつかめる時代に 性別役割分業は変わらず

――12年間、母親の就労支援に取り組むなかで、女性と企業に変化はありましたか。

昔に比べて求人が増え情報も検索しやすくなり、女性が自ら動いて仕事をつかみ取れる時代が来たことは大きな変化です。就業構造基本調査によると、子育て期で就労を希望しながら求職活動をしていない女性は2017年、福岡県内に4万4000人いましたが、2022年には2万1000人へと半減しました。育休取得率も格段に上昇し、働き続けるための仕組みも整いつつあります。

しかし出生動向基本調査によると、いまだ30%が出産を機に、14%が結婚を機に退職しており、相当数の女性が、力があるのに労働市場に参画できていません。地方では、パートナーの転勤を機に結婚退職するケースも多いと推測されます。

また当研究所の独自調査では、妻が家事・育児の7~8割を担い、性別役割分業が変化していない実態も浮かび上がりました。先日、福岡市内で子育てとキャリアを両立する女性たちと話したときも「家事・育児もほぼ私がしている」との声が多数を占めました。

――家庭内での男女の性別役割分業が、再就職を難しくしているということでしょうか。

価値観は様々なので、女性の方が性別役割分業を望むケースもありますし、フルタイム勤務OKという人も増えてはいます。ただ家事・育児負担のために週3日1日4時間、在宅勤務可などの条件を出す人も多く、本人の経験、希望と企業の条件とが、なかなか合致しないこともあるのは事実です。

地場の中小でリモートワークや短時間勤務を導入している企業は、残念ながら少数派です。こうした企業は行政主催の合同就職説明会などにも、「たとえ出展しても採用できない」となかなか参加しません。こうした状況のなかで、女性たちは企業とのマッチングを果たせず、パート・アルバイトの仕事かフリーランスを選択せざるを得ない状況があります。

ただこれは逆にいえば、仕事と家庭を両立しやすい環境を整えた企業は、優秀な母親たちを集められて、人材獲得の上で優位に立てることも意味します。

女性を育成システムに組み込む 目標を設定し定着を図る

――どうすればマッチングの確率が上がると思いますか。

私たちが支援する女性の多くは、育児が特に大変で時間的な融通が利きづらいなど、様々な事情から就労の条件が厳しくなってしまった人たちです。ただこうした女性たちも、より多くの企業と出会うことでマッチングの確率が上がるので、都道府県をまたいだ出会いの場を設けるなどして採用する企業の母集団を大きくすることが課題です。女性側も、企業の担当者と話すと「面白そうな仕事だから少々条件が合わなくても働いてみたい」など、考えが柔軟になることもあり、実際に会う機会をなるべく多く作ることが大事だと思います。

――短時間で負担の軽い業務を担う「スモールスタート」で再就職した女性が仕事の幅を広げる際には、どんなきっかけが必要でしょうか。

リスタートするときには自信をなくしていることがままあるので、子どもの病気のときのサポートなど両立への配慮に加えて、日々の仕事に適切なフィードバックを得られることが大切だと考えます。

半年後、1年後の目標値を設定したり、「主任になる」といった目指すキャリアを定めたりすること、上司がこうした目標達成をサポートすることなども、中長期的には求められます。会社として女性のキャリアビルドを仕組み化することが何より重要で、それがない場合は女性側が、会社にとどまらずに経験を生かして起業するなど別のキャリアを選択することも多いです。企業も長く活躍してもらいたいと考えるなら、女性を育成すべき人材と見なし、昇進・昇格や研修などのシステムに組み込む必要があります。

また女性自身も、キャリアアップができる家庭環境の整備を並行して進めることが、次のチャレンジを可能にすると感じています。

――デジタル人材の不足が国として叫ばれるなか、こうした女性にデジタル技術を身につけてもらい、地方のDXを加速させるという考えもあるのではないでしょうか。

女性にとっては、デジタル技術そのものよりも「時代が求めるスキル」を学ぶことで自信をつけることに意味があると感じます。また福岡ではいわゆる「IT人材」には実務経験が求められ、求人もフルタイムに偏っています。ですからデジタルの専門職として再就職を目指すより、少し柔軟な働き方ができる地場企業を選んで、現場で学んだ内容を生かす方が女性たちにとってはリーズナブルだと思います。地方にはデジタルの活用が進んでいない企業も多いので、女性たちが業務効率化やツールの活用を提案できれば、会社に貢献したというやりがいや達成感を持つこともできるでしょう。

また福岡県では、女性IT人材育成事業という学びとトライアル雇用のプロジェクトがスタートし、現在2年目を迎えています。リスキルの支援だけでなく、給与や機器整備の補助など企業に対する支援も手厚いので、そのなかで多くのロールモデル事例が生まれることを期待しています。

多様化する女性のキャリア 活用の鍵は「残業ゼロ」

――母親が長い時間軸でキャリアを築くためには、どのような環境整備が必要でしょうか。

先ほどお話しした当研究所の独自調査では、働く女性に理想の勤務形態を聞いています。すると、「8時間勤務・残業ゼロ」と回答する人が意外にたくさんいました。全体的に今より高い年収を目指す傾向があり、そのために勤務時間も8時間までは増やせる、増やしたいという意向がうかがえました。しかし地方の正社員の大半は残業が不可欠で、残業ができないため時短勤務から離れられないという声もよく聞きます。まして管理職になれば、さらに残業が増えることもあります。

ローカルの中小企業にとって、長時間労働に頼らずに成長するビジネスモデルへ転換することが容易でないのは理解しています。しかし企業が環境を整え、残業ゼロの女性が管理職に昇進できるといったロールモデルを提示できれば、後に続く女性たちが出てきます。行政も企業のロールモデルを発信するなどして取り組みを後押しする必要があります。

――女性の働き方について、次の課題は何だとお考えでしょうか。

女性のキャリアは今、正社員から離職してフリーランスになる、パートタイムで復職して正社員に戻るなど20パターンぐらいに分かれ、非常に多様化しています。力のある人が活躍できる社会を作るためには、女性たちが育児などのライフイベントの間にも、少しずつキャリアを重ねられること、企業・家庭が女性の働きやすい条件を整えることが大事です。

また高齢化の進展に伴い、シニアライフを見据えたキャリア選択も求められるようになりました。地方在住の女性は、正社員などかなり安定した雇用形態で働いている人を除くと、定年後の仕事を見つけるのは難しい。これからは子育て期の「次」を見据えたキャリアを考える必要もあるでしょう。

聞き手:大嶋寧子
執筆:有馬知子

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