エンパワーメントした女性をマッチングの場へ導く 段階的に就労をサポート――ニッコン株式会社 佐藤宝恵氏
働く女性のなかには出産を機にいったん離職し、子育てが一段落してから再就職する人が少なくない。しかし一度仕事を離れた女性が、望むキャリアを築ける環境は整っているとはいいがたいのが現状だ。大分県で子育て中の母親向けのサイト「ママのままプロジェクト」を運営する広告代理店ニッコン社長、佐藤宝恵氏に、こうした女性たちのキャリア形成には何が必要かを聞いた。
ニッコン株式会社 代表取締役社長 佐藤宝恵(とみえ)氏
バリバリ働きたい女性、緩やかに働きたい女性、専業主婦……多様な女性に多くの選択肢を提供
――「ママのままプロジェクト」を立ち上げた経緯を教えてください。
私は24年前に出産した母親であり、企業経営者でもあります。さらに行政の会議の委員なども務めるなかで、女性と企業、行政、三者三様の課題が見えてきました。
同世代の女性は、当時の風潮もあって大半が出産を機にやむを得ず退職しているのですが、子育てが落ち着いてから再び働き始めようとしても、なかなか就職できません。キャリアを持つ女性が能力を発揮できないのは、もったいないと思いました。
企業は新卒採用を強化する一方、子育て中の女性に目を向けようとはしません。また行政は、良い施策や制度を設けてもうまく対象者に届けられずにいます。
こうしたなか、ママがありのままに活躍できるシームレスな社会構造を作る必要性を痛感するようになりました。そのためには情報発信が必要だと考え、サイトを立ち上げたのです。
――ウェブサイトによる情報発信のほか、女性支援のために様々な事業を展開しています。具体的にはどのような内容でしょうか。
サイトには、子連れでお出かけできる場所などの一般的な「ママ情報」ではなく、母親が自分を主語にして「どうありたいか」を考えるためのコンテンツを発信しています。女性の採用・定着に成功している企業の好事例など、企業にとって有益な情報も載せています。行政のサイトに埋もれている制度・政策などのうち、役に立つと判断したものを抜粋して紹介もしています。
女性支援の事業については、バリバリ働きたい女性、緩やかに働きたい女性、専業主婦など多様な女性たちのアンテナに触れるため、様々な選択肢を提供しています。働くことをためらっている母親たちには、年1回のイベント「ままいろフェスタ」や再就職支援セミナー「Will be」などを、そして再就職を目指して動き始めた人たちには、企業と女性たちのマッチングの場である「おしごとフェスタ」を展開しています。また既に働いている女性たちに対して、異業種交流会やセミナーを提供する「Woman NEO」も行っています。
「私の力は社会で役立つ」 自信つけ再就職果たす
――母親たちを、どのようにエンパワーメントしていくのでしょうか。
例えば「ままいろフェスタ」は子育て世代を対象に年1回開いているイベントで、母親自身が運営を担います。運営メンバーは出展企業に取材してSNSに情報を掲載したり、ベビーカーで来る親子連れなどを想定しながら会場を設営したりと、様々な役割をこなします。私たちが作業に口出しすることはほぼありませんが、女性たちと企業・行政の担当者が関わる場は、意識して作っています。
母親たちの多くは、自分は子育てと家事しかしてこなかったという自己否定の思いを抱いています。イベント運営を通じて、子育ての経験を会場設営などに生かせることや、自分にも企業や行政の担当者と対等にやり取りする力があることを知り、自信をつけていくのです。細かい部分では、名刺交換の仕方やメールの文体などのビジネスマナーも身につきます。
――イベント運営に関わった人たちには、どのような変化がありますか。
あるスタッフはイベント後、「家に帰ってからも、すごく機嫌良く過ごせました」と話しました。母親たちは、プラスの評価を得づらい子育てや家事を続けるなかで、ストレスをためてしまうことがあります。イベントの達成感や多くの人に喜ばれたというやりがい、少ないながらも報酬を得られたことが、気持ちを前向きに明るくしたのです。
「やりたいことを否定されず、伸び伸びとやらせてもらった」と言うスタッフもいました。いつもは抑えていた力を発揮した結果、イベントが成功し第三者から評価された。それによって「自分の過去の経験は、スキル形成につながっていた」という自信を得たのです。運営を通じて交友関係が広がり、孤独感が解消される効果もあります。
働くことや学びに前向きになった女性たちには、セミナーの「Will be」を提供し、再就職や起業などキャリアの選択肢を示します。再就職を希望する人には「おしごとフェスタ」に来てもらい、実際に再就職を果たしたケースもあります。
ネガティブ情報も開示してマッチング スモールスタートも必要
――女性たちが再就職して職場に定着し、その後キャリアアップできる環境を整えるため、行政や企業にはどのような対応が求められるでしょうか。
企業と再就職希望者のマッチングを成功させるには、企業と女性がネガティブな内容も含めて全ての情報を開示し、条件を擦り合わせることが大事です。このため「おしごとフェスタ」の参加者には「1年間は時短希望」「通勤時間は30分以内を希望」といった条件を「自己紹介カード」に書き出してもらい、それを出展企業にプレゼンしてもらいます。企業にも「子どもが病気のときはお休みできます」といったあいまいな文言ではなく、具体的な休暇日数や制度を説明するようにアドバイスしています。
行政に関しては、例えば「Will be」と「おしごとフェスタ」は大分県の委託事業で、予算や企業情報などを提供してもらっていますが、事業の主管部署が違うために情報が共有されないこともあります。私たちが二つの事業を受託することで、「Will be」に参加した女性をおしごとフェスタへ誘導するという道筋を作れればと考えています。また行政には再就職希望者だけでなく、既に働いている女性が働き続けてキャリアを築ける環境を整えることや、母親が特技を生かして起業しやすくなるようなサポートも必要だと伝えています。
――佐藤さんが母親支援に関わるようになってから、子育て中の女性に対する企業・社会の認識は変化してきましたか。
ここ数年で、家事・子育てに参加する男性が増えて両立支援制度も充実し、男女ともに「女性活躍推進」という言葉に違和感を抱く人が増えています。女性に着目するフェーズから、ジェンダーを問わず全ての社員の働きがいを高めるフェーズへと、移行しつつあるのだと思います。
企業の意識も少しずつ変化してきました。かつての女性採用は、単純作業のパートタイマーか男性同様に働くフルタイム正社員かという、ゼロか100かの発想で行われがちでしたが、働き方にグラデーションをつけることへの理解が深まりつつあります。
例えば子育てで離職期間のある女性が再就職するとき、比較的負担の軽い業務をアサインしてスモールスタートで働き始めてもらう、といった配慮ができる企業も増えてきました。コロナ禍もあって職場のタスクの細分化が進み、業務を切りだせるようになったからこそ可能になったのだと思います。
多くの女性の体験を聞き、自分なりのモデルを作る 失敗の経験も大事
――地域の女性が自分らしく働くために、一番重要なポイントはどこでしょう。
企業も女性も、教科書に載るような「ピカピカ」で傷のないキャリアだけをモデルにするのではなく、多くの事例を知ることです。女性たちは、SNSで輝かしいプロフィールを持つワーキングマザーの投稿だけを見ていたら、自信を失ってしまうのは当たり前。いろんなキャリアを持つ女性に会い、つまずきから回復した経験談なども聞いて、自分なりのキャリアモデルを作ればいいのです。企業も他社と体験談や失敗例などを共有することで、地に足のついた対策を取れるのではないでしょうか。企業同士、女性同士がキャリアについて情報交換する場はまだまだ足りないので、私たちがこれから作っていきたいと考えています。
女性人材の強みは、子育てなど多彩な経験をベースに、企業へアイディアを提案できることです。地方では人材不足の打開策はなかなか見えてきませんが、女性のスキルと企業のニーズを結び付けることで、DXなどに関しても女性の発想を生かせるようになれば、と思います。
聞き手:大嶋寧子
執筆:有馬知子