
横と縦の関係を通じて、女性がチャレンジできる環境を作る――糸島ママトコラボ・尾崎恭子氏
福岡県糸島市の「ママトコラボ」は、子育て期の女性にテレワークに関するスキルの養成や情報提供、チーム制での仕事の実践を通じて、子育てしながら地元で柔軟な働き方をするための支援に取り組んでいる。尾崎恭子代表理事は、仕事を軸に同じ立場の女性同士が助け合う「ヨコ」の関係と、困ったときにスキルと経験のある人に相談できる「タテ」の関係を作ることで、働くことへの不安が軽減し、自分に合った働き方にチャレンジできるようにすることがポイントだと指摘した。一般社団法人ママトコラボ 代表理事 尾崎恭子氏
母親が助け合い働ける場を作りたい 市のテレワーク施設を拠点に
――取り組みを始めた経緯を教えてください。
糸島市は人口約10万人の自然豊かなまちで、勤める人の大半は隣接する福岡市に通勤しています。活動を始めた約10年前は、移住者が増えだした時期ですが、出産や育児への支援体制が今よりも不十分でした。離職する女性たちも少なくなかったですし、働き続ける母親のなかには、通勤に時間を取られ育児や地域活動に十分な時間を割けない、という悩みを抱える人もいました。
私自身、子育てしながらフリーライターをしてきて、子どもの病気と納期が重なったときなど、母親同士で子育てや仕事を支え合えればいいのに、という思いがありました。母親がテレワークなど柔軟な形で地域で働き、助け合える場を作りたいと考えたのが、活動の原点です。
2015年度から糸島市は総務省のテレワーク推進事業に取り組み、テレワークの拠点を設けることになりました。その拠点のひとつについて、ママトコラボの前身の女性支援活動団体で、母親が子ども連れで仕事ができる場にしてはどうかと提案し、採用されました。そこで開設された「前原テレワークセンター(愛称:ママトコワーキングスペース)」を無償で企画・運営し、主に子育て期の女性がテレワークでつながり、柔軟な働き方で仕事をして収入を得るための支援活動をするようになりました。
――具体的にはどのような活動を展開していったのでしょう。
当初は施設の周知と、子育て期の女性が仕事を軸につながる場づくりを目的に、コワーキングスペースで各々が仕事をしたり、「はたらき方研究会(はた研)」と称して、育児も仕事も大切にするための意見交換会や、自分の働き方に向き合うワークショップなどを開いたりしました。その後、市の委託で暮らしの当事者である女性の目線で、糸島の情報を発信するライターを育成する「ママライター育成講座」や、地域住民の対話をサポートする「市民ファシリテーター」の養成講座なども実施しました。育成した人材のうち、希望者には仕事として業務を発注しています。ライターには糸島市のウェブサイトや冊子などの取材記事の作成を、市民ファシリテーターには地域住民の意見交換のファシリテーションを依頼しています。
テレワークセンターについては、実は開所当初、予算がついたのはWi-Fiなどのハード面の整備費だけでしたが、後に糸島市は運営費も予算化し、私たちは改めてプロポーザル方式でテレワークセンターの運営を受託しました。テレワークの当事者の女性たちがスタッフとして、テレワーク推進のためのセミナーやスキル勉強会、SNSでの情報発信などの業務をしています。
未経験者でもスキルの習得と実践の機会、サポートがあれば安心して働ける ポイントはチームでの取り組み
――未経験の母親に仕事を任せることに、ためらいはありませんでしたか。
最初は私自身、テレワークに適した職業はライターやデザイナー、IT技術者のような専門的なスキルを持つ人材だと考えていました。しかし女性の就労支援に取り組む東京や徳島の団体と交流するなかで、専門職でない女性もスキルを学び、チームとして仕事を担えば、テレワークが可能になることが分かりました。
そこでライター講座の修了生を「チーム」にして、取材や記事作成の仕事をシェアする仕組みを作りました。一般的には1人のライターに10本の記事を依頼するような場面であっても、細分化してこのメンバーには1本、別の人には2本と、希望に応じて仕事を振り分けています。作成した記事は、私がチェックして品質を担保した上で納品しています。
――チームで取り組むことによって、未経験の女性たちにどのような効果が生まれるのでしょうか。
講座受講者の大半は、それまで専業主婦や看護師、ホテル勤務などをしていてライター経験はなく、最初は自分が報酬に値する記事を書けるのかと、自信を持てずにいます。それでもチームの仲間という「ヨコ」のつながりがあれば、励まし合ったり、子どもが病気のときなどに仕事や育児をカバーし合ったりして、仕事を続けられるのです。お互いの原稿を読み「私もこんな原稿を書けるようになりたい」と切磋琢磨することも、スキルアップにつながります。
またライター講座を受けたとはいえ「あとは自分で仕事を取ってください」と未経験者を1人で放り出したら、多くの人はそこで動きを止めてしまいます。私たちが団体として仕事を受けてライターに振り分け、困ったときは相談に応じたり、記事のフィードバックをしたりするという「タテ」の関係があることも、安心して仕事に取り組むための大きな役割を果たしていると思います。
講座修了者の一部には、その後、講座運営やディレクション業務も担ってもらっています。市役所の職員とやり取りするなど事業を回す経験を積むことも、社会で働けるという自信を高めることにつながっています。ママライター修了生が実施した自主勉強会
自分の働き方を問い直し、納得できる仕事を選ぶ 仕事のマネジメントが課題
――ママトコラボの講座や仕事をきっかけに、自律的なキャリアを歩み始める女性もいるのでしょうか。
ママトコラボで仕事をした経験は、女性たちにとって働き方や収入、やりがいを問い直し、自分が納得できる仕事を選ぶきっかけになっていると思います。なかにはテレワークをやめて出勤を選んだ人もいます。ある程度スキルが蓄積すると、より多くの収入を得るため自ら仕事を開拓する人も出てきます。かつて取材した農園から「通販サイトの原稿を書いてほしい」と依頼されたのをきっかけに、申請書作成や経理などの仕事を引き受けるようになり、最終的に直接雇用された人もいます。
ママトコラボの関係者や講座受講者、コワーキングスペース利用者らが顔の見える有機的なつながりを作るなかで、信頼関係が醸成されて仕事につながるケースもあります。テレワークセンターを利用するベンチャー企業の社員が、「ママトコラボのメンバーなら信用できる」と3Dモデリングの仕事の求人をしました。この仕事を受けた人は、ママトコラボで仕事をするまで専業主婦で、夫の収入からお金を使うことに気後れしていたそうです。しかしお金を稼げるようになり仕事の予定なども自分で組むようになって、自己決定力が高まったと話してくれました。娘さんも「楽しそうに働いているね」と声をかけてくれたとのことで、母親の働く姿から「こんなふうに柔軟な働き方もできる」という気づきを得たのではないか、とも言っていました。
――活動の課題はありますか。
メンバーの多くは成果物を仕上げるのに時間がかかる傾向があります。仕事の時間に家庭や子育ての時間を圧迫されると働く意義を見失ってしまいます。そのため、効率性を考えて、品質とコスト、納期をマネジメントするスキルを身につける必要があると感じています。また収入をもう一段アップさせるにはママトコラボの仕事だけでは不十分ですし、ビジネスやマネジメントのスキルアップや、キャリアパスを描くにあたってのサポート力も足りていません。このため2024年11月には、在宅ワーカーの養成事業を展開する東京の企業と連携し、スキルアップ講座を開きました。自分たちの力に限界があれば外部の力も借りて、女性たちのステップアップに取り組んでいきたいと考えています。
東京の在宅ワーク支援を行う企業の講師によるステップアップ講座(ハイブリッド開催)
ママトコラボが企業から受託した業務を細分化し人材へ振り分ける
――今後、取り組んでいきたい事業などはありますか。
糸島市にある企業の67%は、従業員5人未満の零細企業で、求人を出しても人が集まらないのが共通の悩みです。これからは、中小・零細企業がフルタイムだけで必要な人材を確保するのは難しくなると考えられます。隙間バイトアプリなどを介して複数のパートタイマーに業務を担ってもらったり、フリーランスに業務委託したりするなどのやり方を検討する必要があるでしょう。
こうしたなかでママトコラボとしても、企業がテレワークでできる業務を切り出し、ママトコラボが受託して対応できるメンバーに振り分ける仕組みを作りたい、と考えています。企業側も業務が期限内に完了できればよいので、求人を出すより必要なときに業務委託できた方がいいでしょう。働き手の側も、例えば経理関係のデータ集計や、SNSを活用した情報発信など特定分野の業務を定期的に請け負うことで専門領域ができれば、別のクライアントからも同じ分野のより高度な業務を請け負えるようになり、ステップアップの余地が広がります。
――ママトコラボが、地域の女性たちの活躍に果たす役割は何だと考えていますか。
出産や育児を機に離職した女性のなかには、今後のキャリアチェンジや、将来の自分のキャリアについて不安を抱えている人も多くいます。こうした女性たちに、自分は何がしたいのか、どんな暮らしと働き方をしたいのかを見つめ直す機会と、必要なスキルと知識、そして実践的な経験を積む機会を提供することで不安を解消し、自分に合った働き方を選ぶ一歩を踏み出してもらうことが私たちの役割です。糸島市という比較的小さな「箱」のなかで地道に人間関係を築き、自分たちだけでは解決が難しいときには他地域の団体ともつながりながら、活動を続けていきたいと考えています。
聞き手:大嶋寧子
執筆:有馬知子