真のキャリア自立には、共助・公助による支援が必要だ
第2回(揺らぐ企業社会、日本人は「キャリア孤立」に陥っている)のコラムでは、働く人のキャリア形成を支えてきた企業社会が揺らぐ一方、失業時の公的な所得保障や就労支援は弱いままであること、そのために個人がキャリア選択において周囲の支援を欠き、孤立している問題を指摘した。このような視点を欠いたまま自助努力が強調されてきた結果、日本では自己責任を過剰に求める「見せかけのキャリア自立」が広がっている。
日本型雇用がキャリアを支えた「過去」
「見せかけのキャリア自立」を脱し、「真のキャリア自立」を実現していくために、必要なものは何だろうか。それを考えるために、「過去」「現在」「今後」の時間軸にそって、個人のキャリア選択を取り巻く状況を(1)就業、(2)人生の組み合わせ、(3)キャリア形成を巡る主体と支援の3つの軸で整理したものが図表1だ。
「過去」において、就業の基本的なパラダイムは日本型雇用であり、できるかぎり一つの企業に長く勤め、組織の中で必要とされる能力を身につけるとともに、昇進することが良しとされた。男性には家族を養う責任や職場での長時間労働が、女性には家事・育児の責任がのしかかり、人生は多様な役割や居場所の「組み合わせ」というより、ワークかライフのどちらかを優先することが求められ、企業と家庭の両方で居場所を確保することはとても難しかった。また、企業が強力な指揮命令権の下で個人のキャリアを主導・支援してきたため、個人のキャリア形成は受け身になりやすかった。
図表1 「過去」「現在」「今後」の時間軸で見たキャリア選択
キャリアの支援が弱体化する「現在」
それでは「現在」はどうか。第2回のコラムや冒頭でふれたため詳述は避けるが、人材の流動化により、生涯に複数企業を経験するキャリアが主流になりつつある。男女問わずワーク・ライフ・バランスの重要性が叫ばれ、個人が企業と家庭の双方に役割と居場所を持つ必要性が理解されつつあるものの、人間関係はこれら二つに閉じる傾向が見られる(※1)。
このような変化とともに、個人にはキャリアを主体的に選択する「キャリア自立」が求められるようになった。しかし、企業が生涯を通じて個人のキャリアを支えることが難しくなる一方、公的な支援は弱いままであるため、個人のキャリアは自己責任になってしまっている。
多様なキャリア選択が当たり前になる「今後」
「過去」や「現在」と比べると、「今後」、個人のキャリア選択はより多様なものになっていくだろう。テクノロジーの発展やグローバルな競争の激化、想定外の災害などの要因は企業の寿命を短縮化させており、労働市場で求められるスキルも急速に変化している。働く人にとって、生涯に複数の企業に勤めることはもちろん、職種転換を経験すること、副業を通じて次のキャリアを模索すること、いつかの独立・起業を念頭に置きながら働くことは、今よりもっと当たり前になるだろう。
「現在」のワーク・ライフ・バランスは、仕事とケア労働のバランスという意味合いで用いられることが多い。しかし、これから到来するようなキャリアの先行きが見えにくい時代には、仕事とケア労働だけでなく、継続的な学び直しや、新たな喜びや視点、成長の機会をくれる人間関係の重要性が高まる。そのため、個々人が求める人生は、ワークとケア(家事、育児、介護など)、そしてセルフ(地域や趣味、学び直しなど自分自身の喜びや再生のための活動)を、その時々の希望や必要に応じて組み合わせるものへと変わっていくだろう。それは、個人の居場所が企業と家庭に閉じず、第3の居場所(サードプレイス)により大きく開かれていくことを意味する。
多様なキャリア選択を支える「共助」と「公助」
とはいえ、個人のキャリアが孤立する現状のままでは、上記に述べた「今後」にスムーズに移行できず、働くことをあきらめる人や、納得感のある仕事に就くことが難しい人が増えかねない。個人の多様な選択を可能にしていくためには、現在は「欠けたピース」となっている個人のキャリアへの支えを、社会の中に再構築していく必要がある。
そのときに最も期待できるのが、新たな「共助」であり、それを支えるものとしての「公助」である。なお、「共助」や「公助」の意味は必ずしも定まっておらず、政府の用法ですら変わってきている 。ここでは、公的な制度としての支援や育成に関わるものを広く「公助」、企業、組合、地域、家族などの私的領域における助け合いを「共助」と整理している(図表2)。
図表2 本稿で用いるキャリアの「共助」と「公助」
共助に期待する最大の理由は、海外では「共助」を通じて個人のキャリアを支え合うことが、決して珍しくないためだ。たとえば、デンマークは充実したセーフティネット(失業時の所得保障)や再就職支援が、流動的な労働市場を支えるフレキシキュリティ(※2)の国として知られている。しかしその基礎にあるのは、労使交渉で賃金やワークルールを決める社会の構造であり、失業保険は労働組合が管理運営し、政府が補助する方式が取られている。また民衆による民衆のための成人教育機関であり、社会人が新たな学びやコミュニケーションの場として入学できる「フォルケホイスコーレ」が設立されており、政府が資金援助を行ってこれを支援している。
このほかスウェーデンも、労働市場の流動性が高く、またキャリアの途上での大胆な職種転換が珍しくない国として知られているが、失業やキャリアチェンジを支えているのは、労働組合が運営する失業保険が提供するセーフティネットだ(※3)。さらに同国では、労使の協約に基づいて設立される非営利の財団(雇用保障協議会)がホワイトカラー向け、現業部門で働く労働者向け、あるいは特定の職域の労働者向けなどとして設立されており、これが求職者に伴走しながら、本人主体の活動を支えている(※4)。また社会人の学び直しを支えるため、大学入学の際に社会人の優遇枠が設けられているほか、公的制度としても学生向けの給付金が整備されている。
要するに、個人がキャリアを柔軟に選択し、大胆な職種転換も可能な上記の国では、キャリアの選択は決して自己責任においやられず、共助による支えがある。そのうえで、公助が個人を直接、あるいは共助を支えることを通じて個人の選択をサポートしているのだ。そのことは人材が労働市場でニーズの大きい分野に移動することを通じて、国全体の競争力の向上にも寄与している。
キャリアを支える新たな共助はすでに広がりつつある
もう一つの理由は、日本ではこの領域を広げる余地が非常に大きいことだ。確かに現時点で日本は、国際的に助け合いの意識が弱いことで知られ(※5)、労働組合の加入率も17%(※6)にとどまっている。その一方で、大学による社会人のキャリア支援講座の増加、企業横断的なコミュニティによる個人のキャリア支援、フリーランスとして働く人のインフラとコミュニティの整備に取り組む協会の存在など、助け合いを通じてキャリアを支え合う動きは社会の中に確実に増えつつある。
さらにコロナ禍においては、産業別労働組合が産業や企業を横断した人材のマッチング支援に取り組む動きもみられる。日本においても、個人のキャリアを支える共助を再構築し、それを公助が支えていく素地が広がりつつある。
多様な共助が個人のキャリアを支えていく社会を
共助の大切さを強調する議論に対して、しばしば家族や地域の助け合いを強調することで、公助に対する国の負担の圧縮をしようとしているのではないかと批判されることがある。
しかしこのコラムの問題提起は、それとは全く立場が異なる。これまで繰り返し述べてきたように、現在は企業社会が担ってきたキャリアに対する支援が消失し、個人のキャリアが孤立している(図表3)。だからこそキャリアの支え合いとしての共助を社会の中に本格的に育て、より多くの人が自由で柔軟な選択ができる環境をつくる必要がある。公助は共助があれば縮小しても構わないのではなく、共助と連携することや、個人の挑戦をよりよく支えるための見直しを行うことが大切である。
個人のキャリアが孤立する社会から、共助・公助の支えによって個人がキャリアを柔軟に選択できる社会へ。次回以降は、そうした社会への移行には何が必要かを、有識者へのインタビューから探っていく。
図表3 「過去」「現在」「今後」の時間軸で見る、個人のキャリアへの支えのイメージ
(執筆)大嶋寧子
(※1) リクルートワークス研究所「5カ国リレーション調査」では、日本・米国・フランス・デンマーク・中国の民間企業で働く人の人間関係や企業との関係性について調査している。この調査によれば、どの国でも「家族・パートナー」「勤務先の同僚」が二大人間関係となっているものの、特に日本は家族・企業に人間関係が集中する傾向が見られた。
(※2)フレキシキュリティとは、1.流動的な労働市場、2.手厚い失業保険、3.充実した職業訓練などの再就職支援の組み合わせにより、一つの企業で雇用を守るのではなく、労働市場全体で働く人の雇用の場を守ることを目指す社会の仕組みを指す。
(※3)山本(2013)によれば、スウェーデンでは職域別の失業保険金庫に任意で加入するゲント式の失業保険が運営されており、保険者の大部分が労働組合と結びついている。失業保険金庫の財源は企業からの賃金税と保険料に基づいている。(山本麻由美<2013>「スウェーデンにおける失業保険の役割」『海外社会保障研究』No.183)
(※4)福島淑彦(2019)「スウェーデンにおける再就職支援」『日本労働研究雑誌』No.706
(※5)英国の非営利団体が主催する「世界寄付指数(World Giving Index)」では過去一カ月間の「見知らぬ人への手助け」「ボランティア」「寄付」に関する調査をもとにランキングを作成しており、2019年版の調査では日本は126カ国中107位であった。
(※6)厚生労働省「労働組合基礎調査」によれば、労働組合の推定組織率(雇用者数に占める労働組合員数の割合)は低下傾向にあり、2019年は17%であった。