人の幸せを大切にする経営への転換 坂本光司 氏

2020年11月09日

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坂本 光司 氏

人を大切にする経営学会会長・千葉商科大学大学院商学研究科 中小企業人本経営(EMBA)プログラム長
静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授などを経て現職。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長など多数。専門分野は、中小企業経営論、地域経済論。主な著書に『日本でいちばん大切にしたい会社7』『人を大切にする経営学講義』などがある。


自己喪失に陥る企業

いい会社とは「人を大切にする会社」である

今の日本では「いい会社とは何か」という本質が問われていません。企業経営では、どれだけ儲けることができたのかが重視され、過度な業績への追求、ライバル企業との競争に重きが置かれています。いい会社とは、人を大切にする会社です。人を経営や企業の業績、効果・効率を高めるための道具と見るのではなく、目的と見ることが重要です。業績や効果・効率というものは、本来は手段にすぎません。しかし、残念ながら今日の企業には、目的と手段を誤っている企業が少なくありません。

成果主義の見直しが必要

本来会社とは、スポーツにたとえるとチーム戦、団体戦です。団体戦の場合、エラーやミスをした人、三振した人がいても勝利した暁には、チームで美酒に酔いしれることができる。しかし、今日の企業経営は団体戦ではなく個人戦になっています。

たとえば、今、再び成果主義が議論されています。議論が再熱している理由の1つに、今日の右肩下がりの時代において、十分なポストや昇格・昇進、賞与などといったインセンティブを提供できなくなっていることが挙げられます。しかし、成果主義は、会社のコミュニケーションや仲間意識を寸断させ、組織の中に勝ち組と負け組をつくります。つまり、組織や個人の過度な競争意識を煽り、連帯感やお互いさま風土を弱めてしまうのです。しかも、成果を公正に測ることが難しい。このようなことをしていたら、関係性が崩れるばかりか、生産性を高めていくこともできません。

経営の本質を教えない教育

また、大学で教わる経営学やビジネススクールで教わることが、マーケティング、イノベーション、人事や労務などの「やり方」中心になっていることも問題です。経営はどうあるべきかの教育が抜け落ちたまま、いきなり戦略論とか、戦術論を教えているのが今日の教育なのです。企業の目的は人を幸せにすることであり、人を幸せにするためには、正しい経営が必要です。そのような「あり方」を教えていない教育が、経営やリーダーの問題を引き起こしていると見ています。

企業観が変わりつつある

社会における企業観の変化

しかし今、会社のあり方について新たな流れが生まれています。「いい会社」とは何かを判断する物差しが変わりつつあるのです。会社の規模が大きいとか、上場しているとか、業績が高いとか、給料や休みが多いとかではなくて、その会社の社会的な価値への関心が高まってきています。
ダボス会議でも会社の存在価値、社会価値が重視されていますし、2019年8月には米国の経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルで、行きすぎた株主資本主義から顧客、従業員、サプライヤー、地域社会、株主といったステークホルダーへのコミットメントを高めていく宣言が行われました。

企業における企業観の変化

数年前までは、講演などで人を大切にする経営学について話をすると、途中で席を立つ人が散見されました。しかし、近年は参加者の姿勢にも変化が見えます。これは実務を担う企業も同様です。人を大切にする経営を志向する企業からは、どのように経営を進めたらよいのか、具体的にはどの観点に着目したほうがよいのかといった質問を受けます。そういった質問は、日本企業に限ったことでなく、海外の企業からも寄せられています。
人を大切にする経営は、なにも日本に限定された話ではありません。幸せになりたいという想いは、世界共通です。私のところには、国内企業はもとより、中国、タイ、ベトナムなどの海外企業からも、人を大切にする経営についての相談が多数寄せられているのです。

若者における企業観の変化

もう1つの流れは、若者の企業観の変化です。情報がオープンになり、誰もがたくさんの情報を得ることができるようになりました。ある程度豊かさを享受できるようになる中で、精神的な幸せや充足度を大切にする方向に変わってきています。
中でも東日本大震災は人間の価値観や企業観、就労観を大きく変えました。高度成長期はある意味、経済優先の価値観で致し方ない面がありましたが、頑張って積み上げたものが一瞬のうちに流れ去ってしまった。そのような中、物質的な豊かさや経済優先の価値観ではなくて、人として大切にしたいことを大事にする方向に変わったと考えています。

また、これまで学生が入社したい企業を選ぶ理由は、主にブランドや規模、給与、福利厚生などといった表面的な部分に着目したものでした。しかし、企業の過度な規模や業績を追求する姿は、学生のみならずその家族の企業観に対して、大きな変化を与えています。つまり、かつてのような企業のハード面に対する関心が薄れてきているのです。

人の幸せを起点にした経営

幸せや生き方を支援する

企業の目的が人を幸せにすることであるなら、経営においてもその人その人に最もふさわしい幸せを感じる働き方や、その人が大事にしている生き方を支援することが大切です。

福岡県のA社の例を挙げましょう。その企業では一人ひとりの社会貢献・地域貢献活動をとても重視しています。地域で、子どものソフトボール部や剣道部などの監督やコーチ、自治体の会長、PTAの会長をしている場合には、業務の1つとして認め、会社で認知していることを示すために手当まで支給しています。

なぜここまで会社が支援するのか。会社であれば命令一つで進められることも、主従関係のないネットワークの中で、皆の意見をまとめ導いていくのは大変なことです。そこでの経験は人間として成長するし、それが結果として必ず会社の役に立つという考えがあるとのことです。

人の幸せをとことん考え抜く

しかし、何でも支援すればよいというわけではありません。たとえば、兼業・副業、NPOやPTA活動に携わるにあたり、大前提として、属する企業で生産性高く仕事をしていなければ筋が通りません。そうでないのにほかの活動をあれこれしては、根なし草になってしまいます。よって、会社の中である程度の地位や力を発揮する中で取り組んでもらうこと、そのための支援がよいと考えています。

企業も個人も幸せになるためには、リーダーや経営者が変わる必要があります。そのためには、経営のあり方を教える教育が重要です。そのうえで、人の幸せをとことん考え抜き、個人が幸せを感じる働き方を工夫することが求められています。

働く人が幸せを感じる働き方や生き方を実現していくときに、企業にはまだまだできることがあります。30年、40年かかっても変えないといけません。子どもや孫たちの時代にいい社会を残したいじゃないですか。だからあらゆる方法を通じて、働きかけています。これから点から線、線から面になって、世の中が変わってくると思いますよ。

(執筆)千野翔平

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