自分を削らない働き方へ 挑み続けた40年
皆さんは「労働者協同組合」(ワーカーズコープ)をご存じでしょうか。組合員が出資して学童保育や介護サービスなどさまざまな事業を運営し、自らも労働者として働く組織です。実に40年を超える歴史がありますが、働き方の多様さが増す中、雇用とも自営とも違う「第三の働き方」として、今改めて注目が高まっています。
日本労働者協同組合連合会の古村伸宏理事長は、ワーカーズコープを「自分を削らない」働き方ができる場だと話します。組織の実態や将来性、課題などを聞きました。
古村伸宏氏
日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会理事長。1964年、京都府峰山町(現・京丹後市)生まれ。86年大学卒業後、当時の中高年雇用福祉事業団全国協議会に入る。同協議会は同年「中高年雇用・福祉事業団(労働者協同組合)連合会」へと発展。30年以上にわたり、ワーカーズコープという組織の確立から、法整備に至る道のりを共に歩んできた。
働き手の成長、地域貢献を目指す「第三の働き方」
――ワーカーズコープとは、どんな組織ですか。
営利追求ではなく人間としての成長や事業化、地域貢献を目指す人が集まって作る職場です。同じ非営利のNPOなどとの最大の違いは、組合員が出資すること。お金(出資金)と同時に、手(労働力)も口(経営への意見)も出すというわけです。
日本労働者協同組合連合会に加盟するワーカーズコープの事業所で働く人は、2019年度末時点で約1万6000人に上ります。多いのは介護・福祉と子育て関連の事業ですが、このほかにも配食サービスや緑化事業、若者・困窮者の自立・就労の支援などに取り組む団体もあります。
――ワーカーズコープが社会で果たしている役割とは何でしょうか。
現代社会において、働くことの「しんどさ」は大きいと思います。企業ではしばしば、自分の価値観に反する仕事をせざるを得ませんし、特に非正規社員の場合は、取り換えができる「部品」のように扱われることもあります。若者と話しても、自分を削ってその見返りに賃金をもらうというイメージを持つ人が多いと感じます。
株式会社は、利益を最大化し株主へ還元するというミッションがあります。高度成長からバブル期にかけては、企業の論理に従っていれば所得が増えたので、豊かさが歪みをカバーした面もありました。しかし今や、実質賃金の上昇は頭打ちで格差も拡大し、経済成長モデルが限界に来ているのは明らかです。ワーカーズコープはこのような時代に、雇用でも自営でもなく自分を削ることもない「第三の働き方」を提供できるのです。
始まりは失業対策 よい仕事をして愛される組織へ転換
――日本労働者協同組合連合会は、どのように成立したのでしょうか。
活動の発端は、第二次世界大戦後の失業対策事業です。政府は当時急増していた失業者を、インフラ整備の公共事業に「失業対策事業」の日雇い労働者として直接雇用し、復興事業に従事させました。彼らの賃上げや待遇改善のために組織された労働組合が、ワーカーズコープの前史です。
1970年代に入ると事業は縮小・打ち切りが検討され、失業者は再び失職の危機に直面しました。しかし、「雨が降ったらお休みで」という、どこかの歌のような怠惰な働き方が目立っていたこともあり、世間の同情は得られませんでした。
――彼らの賃金は税金ですから、働きぶりが悪ければ批判が高まるのは当然ですね。
失業者を抱えた労組は方針を一転し、「よい仕事」をして地域から愛される存在になろうと取り組み、失業対策事業として行われていた業務の一部を引き継ぎ、組織を衣替えしました。その後欧州の事例などを参考に、働き手が「雇われ者根性」から脱して主体的、意欲的に仕事ができる組織形態を模索しました。その結果、1986年にワーカーズコープという形をとるようになりました。
人中心の組織 話し合いが重い意味を持つ
――かつて「株式会社はお金が中心、NPOはボランティアが中心、ワーカーズコープは人間中心」という文章を読んで、納得したことがあります。企業は営利を追求しますし、NPOは「受益者のため」という色彩が強いように感じます。
そうですね。働き手が主体性を持つという点は自営業も同じですが、ワーカーズコープは仲間がいる点が大きく違います。主体性と人間関係の構築が活動の両輪になっているという意味で、確かに人間中心の組織と言えるでしょう。
ワーカーズコープは、組合員の意見を事業運営に反映させることを最も重視しています。事業における話し合いの位置づけが、非常に重いのです。
仕事の合間にメンバーが集まる時間を確保し、全員が安心して意見を言える場を作るのはなかなか難しいことです。反対意見が多数を占めたり、複数の意見に割れたりすることもあります。しかしそれでも、多数決に頼らずに意見の背景にあるその人の個性、経験などを理解し、話し合いをまとめることが大事だと考えているのです。
――企業なら「コミュニケーションコスト」として敬遠されてしまうやり方ですよね。あえて話し合いを重視する理由は何でしょうか。
確かに、意見反映は時間がかかる難しいプロセスです。組合員の意見で頻繁に事業のやり方や理事などの人事が変わり、経営が不安定になるリスクもあります。しかし何度も話し合うことで多くの知恵が出され、最善に近い選択に近づくことも多いのです。また、意見の背景にあるその人の経験や考え方を理解し合うことが、組織の柔軟性を高め、結果的に強くすると思います。
意見反映は民主主義を実現できるか、という探求のプロセスであり、ワーカーズコープだからこそ挑戦すべき手法です。学童保育や児童館の現場でも、ルールを子どもたち自身に決めてもらうなど、対話を重視しています。20年後、30年後に子どもたちが成長し、民主主義的なあり方が、地域の礎になってくれればと願っています。
法整備で広がる可能性 農業、林業や副業の支援も
――2020年12月、労働者協同組合法が成立しました。法整備によって、何が変わりますか。
ワーカーズコープはこれまで、法律上の「法人」として規定されていませんでした。このため行政から事業を受託する時などは、法人格を得るため別組織としてNPOを作るなど、煩雑な手続きが必要になることもありました。法人格が認められたことで、民間企業や自治体との協働が格段にスムーズになると思います。
働き手の「労働者性」が明記され、雇用保険や労災給付の対象であることが明確に規定されたのも、組合員やボランティアの安心感につながります。法的に認められることで社会での認知度も高まると期待しています。
――ドイツでは再生可能エネルギー事業が、フランスではITベンチャーが、それぞれワーカーズコープの仕組みを活用していると聞きます。日本でも法整備を足掛かりに、新たな領域へと活動が広がる可能性はありますか。
小規模ではありますが、学童保育に農作業を取り入れる活動などが始まっています。また兵庫県豊岡市では、子育て中の母親が林業のワーカーズコープのメンバーとなり、自治体の協力も得て森の幼稚園を作ろうとしています。大型機械を使わず、ユンボ(油圧ショベル)で環境に優しい山道を作ることにかけて、彼女の右に出る人はいません(笑)。
10年以上前から東京都や千葉県などで、廃食油を集めてバイオディーゼル燃料を作る事業も始まっています。今後は林業や農業、環境などの分野に加え、ひきこもりの人たちに就労の場を提供することなどへも、活動領域を広げたいと考えています。
また企業に副業・兼業解禁の動きが広がる中で、半農半Xのように、「半ワーカーズ半X」という働き方も出てくるのではないでしょうか。
――地方では、高齢者の排他的、保守的な振る舞いが若い世代の取り組みを阻害し、閉塞感の一因になっているとの調査結果があります。ワーカーズコープが風穴を開ける可能性はありますか。
政府が推し進めるシニアの活用や地方創生には、経済政策としての枠組みを整備するだけでなく、人同士のつながりに着目するというワーカーズコープの視点が欠かせません。
特にシニア活用のカギは、子どもとセットで動いてもらうことではないでしょうか。例えば我々の経験によると、子ども向けの就農体験や林業体験で最も頼りになるのは、地元の高齢者です。彼らの持つ「自然はままならないものだ」という価値観や体験談、山の知識は子どもたちの心に「刺さり」ます。高齢者の側も、子どもたちに慕われることで人の役に立てる喜びを感じ、ワーカーズコープの活動を受け入れてくれるようになります。
――海外にはスペインのモンドラゴンのように、何万人もの労働者を抱える組織もありますが、日本ではワーカーズコープの存在自体があまり知られていません。活動を広げる際の課題はありますか。
社会的な認知度の向上に加え、今後は新たに加入するメンバーのフォローも必要になるでしょう。例えば広くメンバーを募ろうとすると、参加したくても出資金が壁になる恐れもあります。金融機関と協働し、お金に余裕のない人も参加しやすい仕組みを検討したいと思います。
失業対策から始まった日本労働者協同組合連合会の究極の目標は、「働きたいけれど働けない人をゼロにする」です。多様な就労機会を提供することで、自分を削ったり犠牲にしたりしないで働ける人を増やすことが、最も大きな使命だと考えています。
聞き手:奥本英宏
執筆:有馬知子