選手会会長になって、サッカー以外の世界を知り「大人」になった。
あこがれの職業であるプロサッカー選手。しかし選手たちの多くは、選手寿命が短く、年俸も成績に左右され、決して安定した境遇にいるとはいえません。労働組合として選手の環境改善・キャリア支援をしている日本プロサッカー選手会の高橋会長に話を伺いました。
高橋 秀人氏(たかはし・ひでと)
日本プロサッカー選手会会長 横浜FC所属(MF)
前橋商業高校-東京学芸大学-FC東京-ヴィッセル神戸-サガン鳥栖を経て、2021年、横浜FCに移籍した。2014年に日本プロサッカー選手会の副会長に就任し、2016年から現職。サッカーの地位向上や選手の待遇改善に加え、昨年(2020年)からはコロナ禍の中、選手の安全確保などにも取り組んでいる。群馬県出身。33歳。
コロナ禍で存在感を発揮。オンラインでチェアマンに選手の不安を伝える
――選手会はどのような活動をしていますか。
クラブやJリーグ、日本サッカー協会(JFA)に、選手の過度な負担を避けるため試合日程を過密にしないよう働きかけたり、選手に契約通りの報酬やオフの期間を提供するよう求めたりしています。
個人事業主であるサッカー選手は、賃金に関してはクラブの予算や選手の年間成績に応じた個別交渉が前提で、選手会が介入することはできません。ただ、J3には、他の仕事と掛け持ちせざるを得ない年俸の選手もおりますので、そのような実状をJリーグ側に伝え、より多くの選手がサッカー一本で生活できるよう要望しています。
――昨シーズンはコロナ禍で、約4か月Jリーグが中断されました。再開に向けて、選手会はどんな役割を果たしましたか。
コロナ禍という非常時にこそ、選手会の存在が大事だと痛感しました。リーグ戦が中断され、選手たちはチームの感染対策は十分なのか、自分が感染して家族に迷惑をかけてしまわないかなど、さまざまな不安を募らせました。このため選手会では、Jリーグの村井満チェアマンと、各チームの選手会支部長(各クラブの選手会長)を務める選手たちとのオンライン会議を開き、選手の悩みを伝えました。Jリーグ側と安全確保の仕組みづくりについても話し合い、その結果、選手は2週間に1度PCR検査を受けるなどのルールが設けられました。
昨シーズンを無事終えられた背景には、選手会の努力もあったと自負しています。さらに今シーズンも引き続き、選手やスタッフ、観客の安全確保などを訴えていきます。
組織率100%が強み。選手と経営側の橋渡しを重視
――選手会の強みは何でしょうか。
約1500人のJリーガー全員が加入しているので、選手の総意として経営側に要望を伝えられることです。組織率が半分では「すべての選手の声を反映しているかどうかわからない」などと切り返されてしまうかもしれません。
もちろん、全選手が選手会の存在意義を理解しているわけではありません。僕はプロ12年目ですが、最初の2~3年ぐらいは「労働組合って何?」という感じでした。ただ新人選手も、先輩やクラブのスタッフから「何かあったら選手会に頼るといいよ」などとアドバイスを受け、次第に選手会の役割に気づき始めます。
――選手の声を、どのようにくみ取っているのでしょうか。
普段は選手会のスタッフがチームを訪ね、選手に直接ヒアリングしていますが、コロナ禍ではオンラインで選手の話を聞き、彼らの「もやもや」を解消するよう努めました。必要な時にはオンラインでアンケートも実施しますし、賛成7割、反対3割だった場合、反対する人に納得してもらえるよう説明も尽くします。合意形成についてはかなり緻密に、気を使って進めているつもりです。
また僕が会長になってからは、選手会の決定事項や必要な情報をなるべく早く、全選手にメールなどで伝えるというスピード感と公平性を重視しています。選手会から一方通行で要求するのではなく、経営側の考え方や方向性なども選手に伝え、双方の橋渡しをすることも心がけています。
――会長としての悩みはありますか。
選手会長として、選手の権利と利益を守るために活動するのは当然ですが、クラブチームとJリーグ、JFAなしには、試合が成立しないことも事実。日本サッカー界全体をよくすることは、選手会の理念にも含まれます。ですから、労組として選手の要求を通すことと、サッカー界全体の利益の折り合いのつけ方を、常に自問自答しています。
引退後の生活安定に尽力 セカンドキャリア支援や支援金で
――選手会が重視している取り組みを教えてください。
サッカー選手は会社員と比べて職業寿命が短いので、引退後の生活を安定させることは、家族のためにも、プロを志す子どもたちのためにも大事なテーマです。僕自身「サッカー選手は福利厚生も退職金もない、教員や公務員になった方がいい」という父親の反対を押し切って選手になったので、現状を変えなければ、という使命感を持って取り組んでいます。
このため、数年前にはJリーグが得た放映権収入の一部を選手に還元するよう経営側に要求し、各種支援金の増額を実現しました。また出場試合数が多く、リーグへの貢献度が高い選手に対する、功労金制度も創設してもらいました。
選手会からも、少額ではありますが引退の際に一時金を渡しています。また個人事業主が自ら退職金を積み立てる小規模事業共済への加入を勧め、大半の選手が加入しています。
――セカンドキャリアに対する支援はありますか。
就学支援金制度を設け、サッカー指導者やビジネス関連の資格取得などにかかった費用の一部を補助しています。また昨年はコロナ禍でできませんでしたが、サッカー指導者やビジネス界で活躍する元Jリーガーを招いて、懇親会も開いています。最近は、就職や起業などサッカー以外の領域に関心を持つ選手も増えているので、多彩なOBのアドバイスが役に立つのです。
多くの人にパワーをもらえるからこそがんばれる。会長職を通じて成長できた
――どのような経緯で選手会の活動に力を入れるようになったのですか。
2012年に選手会のFC東京支部長になった時、当時の会長たちが「サッカー界をよくするにはどうすればいいか」を熱く語っている様子を見て、選手会の幹部がリーダーとして選手を引っ張ることが、サッカー界の発展につながると気づいたのがきっかけです。
とはいえ、選手会長は無給のボランティアですし、会議などで拘束されて家族との団欒や練習時間を削ることもあるので、後輩たちには簡単に勧められないですね(笑)。ただ企業の経営者などさまざまな立場の人と交流できるし、サッカー界の枠組みも理解できるので、僕自身は引き受けてよかったと思います。副会長たちにも「会長職はやりがいがあるし、のちのち『やってよかった』と思える仕事だよ」と伝えています。
――選手会長の経験を通じて、最もよかったと思うことは何でしょうか。
サッカーだけをしていた自分が、いかに狭い世界で生きてきたかがわかり、世界が広がりました。会長として選手会を運営する中で、マネジメントをもっと知りたいと思い、これまで出会った経営者の話を参考にしたり、サラリーマンの漫画などを読んだりするようになりました(笑)。サッカー以外のセカンドキャリアに対する興味も生まれ、もっと勉強したいとも思います。
何より、昔はプレーの上達や成績など自分のことばかり優先し、子どもだったなと思います。会長職を通じて、選手とクラブ、Jリーグ、JFA、スポンサー、サポーターという歯車のどれか一つが欠けてもサッカー界は成り立たないことがわかり、成長できました。今は多くの人に支えられ、エネルギーをいただいているからこそかんばれるのだと思います。特にサッカー選手を目指す子どもたちの応援には大きなパワーがあり、心の支えになってくれています。
聞き手:中村天江
執筆:有馬知子