裏切り者から社外資産へ。アルムナイ・ネットワークを企業が「公式化」する理由とは
企業の退職者を意味する「アルムナイ」が、ビジネスパーソンの新しい共助のネットワークとして注目されています。企業側も再雇用や業務委託、採用ブランディングやイノベーションにつながる人材としてアルムナイを捉え始め、彼らの活動を「公式化」する動きも広がっています。退職者を「裏切り者」として冷遇しがちだった日本企業は、アルムナイにどのような可能性を見出しているのでしょうか。企業とアルムナイの関係構築を支援する、ハッカズーク代表取締役CEOの鈴木仁志氏に聞きました。
鈴木仁志 氏
ハッカズーク代表取締役CEO
カナダ・マニトバ州立大学卒業。車載機器メーカーのアルパイン、T&Gグループ、人事・採用コンサルティング・アウトソーシング大手のレジェンダを経て、2017年ハッカズークを設立し現職。企業とアルムナイとの関係を築くためのプラットフォーム「Official-Alumni.com」や、アルムナイに特化したメディア「アルムナビ」を運営している。レジェンダのアルムナイとして、同社のフェローにも就任。
組織を外へ開き、退職者を巻き込む
――アルムナイ施策が活発化した背景には、何があるのでしょうか。
終身雇用の時代、社員は一つの会社で単線型のキャリアを描き、退職するとキャリアはいったんそこで断絶してしまいました。しかし今、多くの企業は終身雇用を維持できなくなり、単線型のキャリアからまず企業内での複線型キャリア、さらに社外も視野に入れたさまざまなキャリアを描く必要があることを、社員にオープンにし始めています。
これに伴いビジネスパーソン側も自分の価値を示すため、前職を積極的に労働市場に向けてアピールするようになりました。アルムナイは退職前のキャリアを断絶させず、可視化する大きな手段になったのです。
――企業がアルムナイ・ネットワークを「公式化」する動きが広がっているのはなぜでしょうか。
企業側にとってアルムナイとつながる最も大きなメリットは、雇用関係で閉じていた組織を、社外へ拡張できることです。近年、元社員を呼び戻す再雇用や、業務を外へ切り出し退職者に業務委託や副業の形で引き受けてもらう動きが広がっています。アルムナイ・ネットワークがあれば、こうした再雇用、外部委託の「予備軍」を容易に把握できるのです。このため企業がアルムナイ・ネットワークを「公式活動」として認定し、人材開発やキャリアデザインの担当者が、積極的にアルムナイとの関わりを求めるようになりました。
――アルムナイが人材としてだけでなく、事業そのものにもたらすメリットはありますか。
例えばアルムナイ・ネットワークを公認することで、退職者を大切にする姿勢が採用ブランディングにつながり、社員のロイヤリティーをも高めるケースが挙げられます。
イノベーションの創出に対する期待感もあります。例えばスタートアップに転職した人が、現在の会社と古巣の橋渡しをすることで新規事業を生み出せば、社会へ与えるインパクトは単なる転職の10倍、20倍にも膨らむかもしれません。イノベーションを生み出すのはどんな場であれ容易なことではありませんが、小規模ながらアルムナイを通じた協働が実現し、新しいサービスを生んだ例はあります。
辞めた後の企業もアイデンティティの一部。社会的評価が愛着を高める
――ビジネスパーソン個人にとって、アルムナイ・ネットワークがあることはどのような役割を果たしていますか。
再雇用や業務請負など古巣からもたらされるビジネスチャンスに加え、退職者同士の交流を通じた物心両面の支え合いがあります。「あの会社がキャリア採用の募集を始めた」などアルムナイ同士の情報交換が、転職につながるケースもあります。
多くのビジネスパーソンにとって、所属していた企業はアイデンティティの一部です。アルムナイであることを公言し、市場に評価されれば自己肯定感が高まり、前職に愛着を抱くようにもなる。そんなシンプルな効果もあると思います。
――企業公認のアルムナイ・ネットワークは、一般的にどのように運営されているのでしょうか。
事務局は社内に置かれるケースがほとんどですが、再雇用に軸足を置くなら人事、イノベーション重視なら事業企画、対外的なブランディングなら広報など、目的をどこに据えるかによって、事務局を担う部署は変わってきます。
また事務局の社員とは別に、退職者の中に活発に活動するコアメンバーがおり、アルムナイと企業、双方のニーズの調整役を務めます。海外のアルムナイでは、最初は事務局主導でも次第にコアメンバーへ主導権が移り、事務局はサポート役に変わっていくことが多いですね。
「マスト・ハブ」へ変わる企業の認識。コロナ禍で逆風も
――ハッカズークを設立してから4年目になりますが、企業の認識は変わりましたか。
退職をタブー視する空気が薄れ、アルムナイが「ナイス・トゥー・ハブ(あったらいいな)」から「マスト・ハブ(ないほうがおかしい)」に変わってきたという感覚があります。
AI技術の進展に伴う第4次産業革命では、企業や業界に関係なく役立つ知識と、各業界に特化した専門知識の双方の重要性が高まり、優秀な人材ほど、業種や規模が違う企業へ移った時、社会に大きなインパクトを生み出せます。このため企業内に優秀な人材を囲い込むより、組織を外へ開いて退職後も事業へ巻き込み続けるほうが、社会にとっても企業にとってもメリットが大きいのです。
また地方企業は都市部との情報格差が大きいこともあり、大企業の知見を持つ人がひとり参加するだけで、大きく成長できる可能性があります。このため当社では、アルムナイと地方企業とのマッチングも始めました。地域とアルムナイがつながることが、結果的に古巣の企業の評価も高めると思います。
――コロナ禍の影響はありますか。
今はさほど影響はないですが、残念ながらコロナ禍で一時停滞した部分もあります。業績が悪化して、早期退職の募集などで人件費を削減する企業も出てくる中、アルムナイ・ネットワークがリストラの悪いイメージを和らげるための方便だと思われはしないか、という企業側の危機感が強まっていたことが背景にあります。また、社員から「退職者より現役社員に注力してほしい」などの不満が出ることを、懸念する企業もあります。
一方で、本来はこういう時こそ退職者のネットワークが重要になるはずです。実際に早期退職の実施に伴いアルムナイ・ネットワークを構築しようとする企業も出てきていますが、起点となっているのは「辞める人に何かしてあげたい」という社員への想い。アルムナイ・ネットワークが早期退職者の不安を取り除く共助の場となり、またネットワークを通じて企業がアルムナイのキャリアの支援をするといったことも考えられます。方便ではなくアルムナイの実利を考え、実際に検討・実施している企業も複数あります。
また、人材の流動化が進む中で人が辞める動きは止められないものとなりました。だからこそ「今のうちにつながっておきたい」と考える人は増えており、むしろ退職者を大切にする姿勢に好感を抱く人のほうが多い印象です。
――多様化する社員の働き方に対して、企業はどのように対応すべきだと思いますか。
「十人十色の働き方」が実現しつつある中、企業が社員を画一的な枠に押し込める、これまでのマネジメントには限界が来ています。たとえ企業にとって負荷が高くとも、個人の人生設計に合わせて柔軟に対応する局面に入ったのです。
特に貢献度の高い人材に関しては、働き方や報酬について、一人ひとり個別の枠組みを用意するくらいの構えが求められると、個人的には考えています。私たちもアルムナイ・ネットワークづくりをお手伝いする時は、企業という集団ではなく、退職者個人を中心に据えて考えるよう心がけています。
「ギブ・アンド・テイク」の関係が社会へインパクトを生む
――企業とアルムナイの関係は、今後どのような形になっていくでしょうか。
マッキンゼー・アンド・カンパニーなど海外の先進事例を見ていると、これからは単にアルムナイと企業の関係にとどまらず、それが機関投資家、顧客、採用候補者など、外部のステークホルダーにどのような印象を与え、社会にどのようなインパクトを与えるかが重視されるようになるでしょう。例えばマッキンゼーは、アルムナイ・ネットワークを採用候補者にアピールすることで採用ブランディングに生かしています。
そのためにも企業がアルムナイ・ネットワークを公認し、戦略的に位置づけることが不可欠です。また、企業を超えてアルムナイ同士が横のつながりを作り、社会に貢献する意識も求められます。
――企業がアルムナイの力を活用するためのポイントは何でしょうか。
まず企業そのものが、活躍する人材を輩出したり社会に貢献したりして「よい会社」としての評価を得ることです。「あの会社にいたなんて、すごいですね」と言ってもらえるからこそ、退職者もアルムナイを公言するメリットが生まれます。
退職者を「脱藩者」「裏切り者」とみなす風土を改めるのも必須条件です。社会で活躍する「卒業生」との関係を再構築し、「今の私があるのはあの会社のおかげ」と社会に発信してもらう必要があります。
何より大事なのは、アルムナイとギブ・アンド・テイクの関係を築くこと。「何を得られるか」よりも「何を提供できるか」を優先することが、社会的なインパクトの創造につながり、最終的には自分たちに恩恵が返ってくると思います。
聞き手:千野翔平
執筆:有馬知子