ともに成長し、企業を変えるコミュニティに 「ONE JAPAN」約50社1600人が集結
トヨタ自動車にパナソニック、NTTなど、日本を代表する大企業の若手・中堅社員を中心とした企業内有志団体が集う実践コミュニティが「ONE JAPAN」です。単なる異業種交流にとどまらず、メンバーが知恵を出し合ってオープンイノベーションを生み出す「実践」を重視し、活動を通じて参加企業同士の協業も実現しています。
ONE JAPANでは、どのようにして成長機会を生み出しているのか、またメンバーはどういった価値を受け取っているのでしょうか。副代表の神原一光氏に聞きました。
神原 一光氏(かんばら・いっこう)
ONE JAPAN 副代表
1980年東京生まれ。早稲田大学卒業後、2002年NHK入局。番組ディレクター、チーフ・プロデューサーとして「NHKスペシャル」「おやすみ日本 眠いいね!」「平成ネット史(仮)」などの制作に関わる。現在は2020東京オリンピック・パラリンピック実施本部副部長。2012年局内で「NHKジセダイ勉強会」を立ち上げ、2016年のONE JAPAN設立当初から参加している。
大企業の力を生かし社会変革を目指す 主体性を持った社員の集まり
――ONE JAPANは、どんな人たちの集まりなのでしょうか。
ONE JAPANには「辞めるか、染まるか、変えるか。」という言葉があります。社会にインパクトを出す力がある大企業という組織にいる以上、仕事を通じて社会を変えていこう。それには、まず自分がいる企業を変えていくことから始めてみようという考え方です。
大企業の社員は、よく言えば「真面目」、悪く言えば「しゃくし定規」で、主体的にキャリアを築こうとする人が少ない傾向にあります。刻一刻と時代が変わっている中、企業のあり方も問われています。それなのに組織に対して受け身でいるだけで、「辞め」も「染まり」も「変え」もしない社員は、職場の「お荷物」と言われても仕方ありません。ONE JAPANは、今企業に何が必要か、どんな貢献ができるかを考え、主体的に動ける仲間が多いですね。
――具体的には、どんな活動をしているのでしょうか。
毎月1回、参加団体の代表者が集まる会議を行い、各社の事例共有や外部講師による講演、ベンチャー企業によるピッチなどを行っています。また、年に1回、企業の幹部や各界の有識者・研究者をゲストに招いた大型のカンファレンスを開催しています。コロナ禍前の2019年は、1100人が参加。コロナ禍の2020年はオンラインで開催し、2000人以上が参加しました。会場の手配、受付、各種パンフレットのデザイン、イベント運営などONE JAPANに参加する各社のエキスパートがそれぞれの得意分野で助け合い、ボランティアで運営しています。
例えば、カンファレンスのステージ進行は、NHKや日本テレビが担当、受付・接遇は、三越伊勢丹、パンフレットのデザインはマッキャンエリクソン、参加者に配る書類まとめは郵便物の差配が得意な日本郵便、オンライン配信は、野村総研や富士ゼロックスのメンバーがそれぞれリーダーとなり、プロボノのような形で、一つのイベントを作り上げていくという感じです。
このほか、ONE JAPAN加盟団体の所属企業社員1600人を対象とした「働き方」意識調査を通じた社会への提言などに取り組んでいます。
――「人づくり」や「支え合い」については、どんな活動をしていますか。
大企業を変えていくドライバーとして、事業開発と組織開発という2つがあると考えています。その中で去年、「CHANGE」という社内起業家を育成するプログラムを実施しました。計12回のセミナーやワークショップを通じて、企業変革を目指す参加者同士や、サポートする80人のメンターたちとのネットワークを作ることが狙いの一つです。また「CHANGE」で生まれた新規事業プランは、事業化に向けて動いているものもあります。
また大学生とメンバーが交流する会も定期的に開催しています。学生に大企業で働くことをイメージしてもらうとともに、近い将来のONE JAPANメンバーになってくれたらいいなという思いで取り組んでいます。コミュニティ自体を若返らせるという新陳代謝も念頭に入れた取り組みでもあります。コロナ禍で対面からオンラインに切り替えたところ、地方からの参加者も増えて学生が100人に倍増し、オンラインならではのよさも実感できました。
ONE JAPANは「挑戦の場」 相次ぐ協業事例
――ONE JAPANの活動が、イノベーションを生み出した事例はありますか。
三越伊勢丹と富士通のメンバーの協業で、アプリを通じてドレスなどを有料レンタルできるサービス「CARITE」が生まれました。東芝デジタルソリューションズとエイベックスが合弁で作り出した音声合成サービス「コエステーション」、NTT東日本がスタートアップに人材や資金などを提供する「アクセラレータープログラム」なども、立ち上げにONE JAPANメンバーが関わっています。
5G、IoTで全産業がつながり、違う領域の企業と協力して新たなビジネスを作り出す必要性を、誰もが認識しています。オープンイノベーションには、他社のために知恵を絞るというある種の「お人よし」になることも必要。ONE JAPANが企業同士の「お見合いセンター」になれればと考えています。
――ONE JAPANが日本の産業界で果たすべき役割は何でしょうか。
「挑戦の場」を提供することだと考えています。実験場、リトマス試験紙としての機能ともいえるでしょう。ONE JAPANで新しいことに挑戦し、手ごたえを感じたら実際の職場にも提案する。ONE JAPANで、失敗しても上司に怒られたり、評価が下がったりするリスクはありませんから。
かつて大企業には、ひそかに研究開発を進める「闇研」と呼ばれるセクションがありました。働き方やコンプライアンスなどの事情から、こうした闇研が消えていった結果、イノベーションが生まれづらくなったという側面もあると感じています。メンバーの皆さんには堂々と挑戦できる「挑戦の場」として、ONE JAPANを徹底的に活用してほしいですね。
――ONE JAPANの活動が、メンバーにもたらすメリットは何でしょうか。
事業開発や組織開発の事例を知ったり、実際にイベントの企画・実行などに取り組む中で、主体的な働き方を身につけたりしながら、組織内で柔軟に身を処しつつ、目標に確実に近づいていく行動様式が身につきます。これを「圧倒的当事者意識」と呼んだりしています。また、こういったメンバー同士が支え合い、安心して過ごせる「心理的安全性」があるのも、大きなメリットだと思います。
また本業でも、大企業約50社の若手中堅社員とのネットワークは、協業相手、事業提携先、投資先などを探す際の大きな強みになります。僕自身もNHKで番組プロデューサーをしていますが、ONE JAPANの活動を通じて大手素材メーカーとつながり、独自の取材ルートを開拓することができました。メディアがいることで、企業の皆さんにとっても通常の広報・PRとは異なるルートができ、双方にとって、Win-Winの関係を作れていると感じています。
コミュニティが拡大 運営人材の確保がカギに
――組織はどのように運営されているのでしょう。
9人の幹事と26人の事務局、各社のリーダーが中心となって活動しています。業種別で見るとメーカーが多いですね。財政的には手弁当で、カンファレンス開催などの大きな支出は、参加費とスポンサー・パートナーからの協賛金で賄っています。
また、ONE JAPANに加盟できるのは個人ではなく、複数の部署、社員で作った「有志団体」としています。これは、企業を変えるには、個人ではなく団体戦でいかないと厳しいということと、社内のさまざまな部署にメンバーがいれば、ONE JAPANがきっかけで生まれた事業アイデアが実現する可能性がおのずと高まることになり、結果として、組織を動かしやすくなるのではと考えているからです。
――運営の難しさはありますか。
参加団体が増え、コミュニティが拡大していく中で、十分な運営メンバーを確保できるかが肝です。設立当初、幹事が中心となって目標を立て、推進してきましたが、メンバーから「幹事との意識の距離感があり、ついていけない部分がある」と指摘されたことがありました。立ち上げ当初、一気に走り出したからということもあるのですが、規模が大きくなるにつれて、やり方を変えようと話し合い、現在事務局を設置し、20~30代の若手・中堅メンバーに多数入ってもらい運営を任せることで、円滑に情報交換ができたり、活動を進められるよう配慮しました。
また、コミュニティは、メンバー個人の成長と同じ分しか成長できないと考えているので、常にメンバー個々の成長を促すようにしています。企業の組織論にも通じるのではないかと思うのですが、マラソンに例えると先頭集団ではなく、第2・第3の集団に集中的にテコ入れし、「成長感」や「圧倒的当事者意識」を実感してもらうことが大切です。この集団を刺激すると、先頭集団も「一層がんばろう」と思いますし、最後尾の集団は「このままではまずい」と焦り始めます。すると全体が奮起し結果として、組織全体の底上げにつながりやすいと考えます。「組織全体の3割が変わると、大きな流れが変わる」と言われますが、まさにそのやり方を目指しています。
――これから取り組むべき課題は何でしょうか。
熱気を実践に変え、結果を残していくことです。ONE JAPANのような年齢層が比較的若いコミュニティは、熱気と活気はありますが、中長期の目標を持って行動しないと、単なるイベントだけのコミュニティで終わってしまう恐れもあります。今後はメンバーのキャリアの選択肢を広げる活動にも力を入れたいですし、経団連や経済同友会のような経済団体として注目されるような存在にもなっていきたい。ONE JAPANは、今年9月で設立5年を迎え、僕も含めて所属する企業でマネジメントを担う人も増えてきました。その中で、管理職を集めたコミュニティづくりの必要性も感じています。
大企業では若手・中堅が新しいアイデアを出しても、管理職が「ヒト・モノ・カネが足りない」と潰してしまうことが多い。ONE JAPANに参加する管理職が「未知なる判断」をして、どんどん意思決定していく新しい像を示し、企業を変えていかないと、激変する世界に対応できませんし、イノベーションも加速できないと思います。
聞き手:千野翔平
執筆:有馬知子