HRテクノロジーコンファレンス&エキスポ2020参加報告 Vol.1
2020年10月28日から31日の4日間、HR Technology Conference & Expoが開催された。人事向けのテクノロジー製品を展示するイベントとして世界最大規模である。今年は参加費が無料で、さらにライブ配信の後、講演の録画を1カ月間視聴できたため、時差の大きい国の人事担当者にも参加しやすいイベントであった。2021年3月にも無料のオンライン開催が決定している。
コンファレンスは参加者にとって、新製品のチェックと、HR関連の人々とネットワーキングで親交を深めるのに貴重な場である。今回は、申し込み時に入力した自身のプロフィール(職務、興味のあるHRテクノロジー分野、コンファレンス参加の目的など)を基に、AIが自身と似たプロフィールの参加者をネットワーキングの相手として提案してくれる仕組みになっていた。また、バーチャルのネットワーキングラウンジを訪問すると、他の参加者たちとテーマ別に意見交換ができた。
セッションの内容は、 HRテクノロジーベンダーのサービスや機能を知るためのデモ(その後個別のバーチャル空間で商談も可)、HRテクノロジー市場の潮流を整理した講演、最新技術を活用した企業事例、企業のHRテクノロジー利用に関するサーベイ調査結果の報告など、多種多様であった。基調講演は1時間であったが、多くは20~30分と短く、セッションによっては、残念ながら踏み込んだ内容にならないまま終了したものもある。
本コラムでは、多くのプログラムの中から、注目したいセッションを5回にわたって紹介する。第1回は2021年に向けた人事の優先事項、第2回はHRテクノロジー市場のトレンド、第3回はパンデミックによってフライト数が激減したデルタ航空が、社内異動に取り組んだ際のテクノロジー活用事例、第4回は採用にAIと高度なアナリティクスを活用したWalmartの事例、第5回は 「2020 Top HR Products」に選ばれたHRテック企業を紹介する。
2021年、デジタルな人事になるための10カ条
人事が2020年の初めに立てた予算や優先事項の年間計画は、大きな軌道変更を余儀なくされたことだろう。企業のHRテクノロジー戦略と導入までのロードマップ作成を手掛けるコンサルティング企業であるLeapgenのJason Averbook氏(CEO兼共同創設者)とHarry West氏(チームリーダー&顧客パートナー担当副社長)は、より良いニューノーマルに向けて、2021年に人事が優先すべき10のテーマを挙げた。
1.新しい運営モデル へのシフト
従来の人事部は、仕事内容別に縦割り型の組織になっている。HRテクノロジー、労務管理、従業員体験はそれぞれのチームが担当する。2021年は、人事部全体でHRテクノロジーについて議論し、一貫した方針・戦略を立て、従業員をサポートする新しい運営モデルが必要である。 さらに、人事部にとどまらず、部署間の壁を取り除いて協力体制を築くことも必要である。例えば、企業規模にかかわらず、生き残るには、デジタル化が必須である。人事部は受動的にならず、自らリーダーシップをとってIT部署と協力体制を作るべきである。そして、自社が現在デジタル化のどの段階に位置するのかを調査し、デジタル化を推進するために必要な人材を調達する。
2.リスキリング
未来に備えて従業員をリスキリング(スキルの再開発。最近では特にデジタルスキルの習得を指すことが多い)しておく、というのでは間に合わない。これから必要とされるスキルをあらかじめ特定し、従業員に習得させる。いざ必要になった時にそのスキルを生かせる社員にするべく準備をしておくべきである。 そのためには、従業員が保有しているスキルや能力を把握し、マッピングや棚卸しをすることが必要である。物流供給システムのように、必要になるスキルを予測し、必要な時に手配できる体制にすることで、人的資源の価値を最大に上げることができる。
3.最高の従業員体験の提供
人と人がリアルに協働する仕事もあれば、テクノロジーを使ってデジタルに行う仕事もある。仕事の特性によって、どのようなサービスや性能を持つテクノロジーを導入すれば、従業員が積極的に活用し能力を発揮できるのだろうか。
人事は、従業員のキャリアの節目に気を配り、先回りして動くことが重要である。例えば、初めて管理職に就く人は不安があり、何らかのトレーニングを必要とするかもしれないし、新しい機材もしくはメンターが必要かもしれない。従業員が入社から退社までにたどる「経験の旅」を想像し、予測される問題に対して人事が事前に対応策を考える。また、退職の際には面接を行い、そのデータを収集しておく。
4.組織にいる人全員が「労働力」
組織には、正社員や契約社員、ベンダー、労働組合員などさまざまな立場の人がいるが、その全員が会社の成果を生み出す原動力であり、「労働力」とみなされるべきである。正社員だけでなく全員のケアが必要で、互いの立場を理解し、仲間としてデジタルにつながっていなければならない。特に、コロナ禍においては、シフト交替、オフィスに出社する人などを把握するために、従業員と密にコミュニケーションをとる必要がある。人事は、社内の労働力全体の正確なデータを収集する必要がある。
5.従業員中心でデータドリブンな組織づくり
従業員に活躍してもらうには、従業員がどの業務を担当するかではなく、何を考え、感じ、何に対してやる気を持っているかに気を配ることが重要である。従業員体験を軸に仕事を設計することで、エンゲージメントや成果、定着率の向上が見込め、結果的に人事は戦略的に人材管理ができるようになる。
6.全社統一の人材デジタル戦略
人材のデジタル戦略とは、従業員全員が摩擦のないスムーズな経験ができるようにするための計画である。テクノロジー製品をアップグレードするといったテクノロジー計画ではない。人事の仕事は、従業員がどんな経験をしているのか把握することであり、そのためには他の部署とのつながりを深めることも重要である。何をもって成功とするのか目標を特定し、それを数値化して測れる状況を作る。データ収集を全ての側面で行う必要がある。
7.アジャイルなロードマップ
3~5年の長期計画はガイドラインとしては有益であるが、ロードマップとしては使えない。GPSのごとく、リアルタイムで変化を把握し、その都度対応していく必要がある。組織の目標を達成するために、現在ロードマップのどこにいる必要があるのかを確認し、敏捷に軌道修正する。 また、目標の優先順位も日々確認する。社会の状況の変化に応じて、ロードマップ自体の見直しが必要なこともある。コロナ禍においては、実際に3カ月前のロードマップが役に立たなかった。
8.変化し続ける仕事を支えるテクノロジー
在宅勤務では、Zoomを利用してチーム間のコミュニケーションをとるようになった、というように、 従業員の仕事の進め方の変化に合わせて、それを支えるテクノロジーも最適化しなければならない。 テクノロジーは業務を遂行するための燃料のようなものである。常にチューニングをし、燃料を入れてメンテナンスをしなければならない。
9.導入するHRテクノロジーを優先づける
発生した事態に対応するためのHRテクノロジーを都度導入していくだけでは、従業員が重要度の低い製品にも慣れなければならず疲弊してしまう。限りある予算と時間で事業に最もインパクトを与えるHRテクノロジーから導入するには、3~6カ月後、目に見える成果を測定し、予測を立て、優先順位を考慮する。従業員やマネジャーが「今」役立つと感じる製品から導入するべきである。 例えば、良いデータを収集する前にAIを導入しても意味がない。
10.デジタルトランスフォーメーション(DX)
組織によって必要な変革の度合いは異なるが、2021年はDXを実行し成功に導く年である。デジタル改革によって、従業員の査定の方法を変える、入社後の研修内容を変える、コミュニケーションをとる方法を変える、あるいは業務プロセスを少し変える。経営陣は2年ほど前からDXについて考えているはずだが、もし人事がまだその議論に加わっていないのであれば、今すぐに加わるべきである。
TEXT=石川ルチア