経済・身体・メンタル面で従業員のウェルビーイングを向上させる高評価のアプリ
ウェルビーイングとは、「個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念」であり、日本企業でも心身ともに幸福なウェルビーイング経営の重要性が指摘されている。Gympassが9カ国で従業員のウェルビーイング向上に取り組む企業の人事リーダー約2000人を対象に実施した調査によると、ウェルビーイングの向上は人材の獲得や定着、従業員の満足度向上などのメリットをもたらしているという。
欧米では経済・身体・メンタルの3つの側面から従業員のウェルビーイングをサポートするサービスが多数存在する。この中から、導入実績が多く、企業からの評価が高いアプリ「Wagestream」「Wellable」「Wysa」のサービス内容を紹介する。
1. アプリで給与を管理する:Wagestream
Wagestream(英国)は時給制労働者向けの給与管理アプリで、主に下記のサービスを提供する。
- 収支の管理
- 給与の前払い
- 少額から始められる自動積立貯金
- 認定ファイナンシャルコーチによる匿名でのコーチング
収支の管理
銀行口座とWagestreamを接続し、給与や支出を管理する。時給で働く従業員は、毎週どのくらい稼いだかを確認できるため、働く意欲が高まる。また、シフト管理システムとの接続により翌月の給与の見込み額を把握できるため、月のシフトや労働時間によって給与が変動する場合でも、適切な予算管理を行うことができる。
給与の前払い
アプリで受け取りたい金額と日付を入力すると、給料日を待たずに働いた分の給料の最大5割までを最短翌日に受け取ることができるため(ただし1回当たり1.75ポンドの手数料がかかる)、急な出費が発生しても金利の高いカードローンやペイデイ(給料日)ローン(※1)を利用せずに済む。
自動積立貯金
給与支給1回当たり5ポンド(約930円)から積み立てができる。また、Wagestreamが積立貯金を利用する従業員の中から毎月抽選で1名に対し、前月の積立額を2倍に増やす特典もある。
ファイナンシャルコーチング
認定ファイナンシャルコーチからチャット経由で、貯蓄や家計管理などに関する目標を達成するにはどう行動を変えればいいかなど匿名でコーチングを受けることができる。
人事は、アプリの登録率や各サービスの利用率などを把握できる。
Wagestream は、Bupa、Asda、Pizza Express、Burger King、Crate & Barrel、Holiday Inn、Rosewood Hotels & Resorts、シカゴ大学、NHS(英国国民保健サービス)など、介護、食品スーパー、飲食、小売、宿泊業などの企業や組織が導入し、世界で約300万人に利用されている。企業の月間利用料金は利用者1人当たり1.50~5ポンドで、導入企業の従業員は無料で利用できる。物価高などの影響で生活の不安を抱える従業員が増えているが、導入企業では、お金に関する不安や悩みが減少し、従業員エンゲージメントの向上が見られるという。
2. 全社員の健康意識を向上させる:Wellable
Wellable(米国)は法人向けのウェルネスアプリで、主に下記のサービスを提供する。
- 個別アセスメントでウェルネスの状態を多面的に評価
- 自身の活動記録を確認
- 個人やチーム対抗の社内イベント「ウェルネスチャレンジ」の実施
- 禁煙支援コーチング
個別アセスメント
質問に答えると、8つの側面(身体的健康、ストレス、社会的つながり、経済的ウェルビーイング、仕事上のエンゲージメント、ライフスタイル全般など)について、アドバイス付きの評価レポートが作成される。
活動記録
Fitbit、Apple Health、Runkeeper、Garmin Connectなどウェアラブル端末や健康管理アプリとの互換性があり、ウォーキングやサイクリングなどの距離・歩数などのデータを同期し、自身の活動記録と活動ごとに獲得したポイントを確認できる。
ウェルネスチャレンジ
個人・チーム・部署でポイントを競う「ウェルネスチャレンジ」に参加することで、ウォーキング歩数や瞑想・ヨガなどエクササイズの実施回数などを基に、ポイント上位のチームや個人に賞品が贈られる。
禁煙支援コーチング
Mayo Clinicニコチン依存症センター監修の訓練を積んだコーチから、禁煙成功に向けた個別アドバイスや禁煙補助薬の服薬指導など、チャットでコーチングを受ける。
そのほか、ハイキング同好会といった社内コミュニティに参加することで、同僚と楽しみながら健康的な習慣を続けられる。
人事は、ダッシュボードで社内全体のイベント参加率やポイント獲得状況などを把握できる。
35カ国でHSBC、P&G、BCGなどの企業がWellableを導入している。企業の利用プランは2種類あり、月額利用料金は利用者1人当たり75ドルからで、導入企業の従業員は無料で利用できる。
3. 「AIセラピスト」が人のこころに寄り添う:Wysa
Wysa(米国)はAIを活用したメンタルヘルスアプリで、CBT(認知行動療法)などに基づくサポートを提供する。CBTとは、ストレスを感じる出来事が起きたときの「頭の中に浮かんだ考え(認知)」「感情」「体の反応」「行動」に着目した心理療法である(※2)。自分の思考や行動パターンに気づき、それを変えることでストレスに負けないマインドフルネスな状態を目指す。Wysaは主に下記のサービスを提供する。
- AIや人間のセラピストとの完全匿名によるチャット
- セルフケア用コンテンツ
- ヘルプラインに接続する「SOS」機能
AIや人間のセラピストとのチャット
AIチャットボットが「AIセラピスト」の役割を担い、「最近はどう?元気?」「ストレスは辛いよね、わかるよ」と共感を示したり、「そのときなぜストレスを感じたの?」と問いかけたりする。そして、前向きな気持ちを維持するためのナイトルーティンやエクササイズなどを提案する。
AIセラピストは「批判的・威圧的でない」と安心感を持つ人が多い。完全匿名で、夜中でもすぐに感情を吐き出せるため、悩みやストレスが深刻になる前に対処することができる。
ただ話を聞いてもらいたい、考えを整理したいときはAIセラピスト、より専門的なサポートを得たいときは人間のセラピストと使い分けができる。
セルフケア用コンテンツ
ガイド付き瞑想やストレッチの動画、BGM、ストーリーの読み聞かせなど、感情のコントロールに役立つ150種類以上のセルフケア用コンテンツを掲載する。
SOS機能
AIがチャットの内容から、従業員のメンタルヘルスが深刻な状態であることを検知し、地域や国のヘルプラインとつながるリンクを自動表示する。
人事は匿名データを基に、ダッシュボードで社内の利用状況や効果をリアルタイムに確認する。
有料版アプリの利用料金は月額780円で、導入企業の従業員は無料で利用できる。Accenture、Bosch、Colgate-Palmolive、Aetna International、L’Oreal、オハイオ州建設業界労働組合のLocal 18、シンシナティ小児病院医療センター、シンガポール保健省、NHSなどの企業や組織がWysaを導入している。利用者数は95カ国で500万人を超える。
従業員が求めているのは、必要なサポートをすぐに受けられる環境
日本企業のウェルビーイング関連の取り組みにはいくつかの課題がある。
たとえば特定保健指導を受ける際には、スポーツクラブなどの専属トレーナーや管理栄養士との初回面談を受け、実際に指導プログラムを開始するまでに約1カ月以上かかることがある。
メンタルヘルスケアについては、従業員数50人以上の事業所では、年1回以上のストレスチェックの実施や産業医の配置が義務づけられているが、年1回だけでは不調の発見が遅れてしまう。
お金や心身の健康に関する不安が減れば、従業員は仕事に高い集中力を持って取り組めるようになり、会社全体の生産性向上にもつながる。企業は、状況や症状の悪化を未然に防ぐために、上述のようなデジタルツールを活用して、家計・健康の管理やメンタルケアを従業員自身が日常的に行ったり、実践的な方法を学んだりできる機会を提供する必要がある。
(※1)ペイデイローン(Payday loan)とは、消費者金融機関が給与を担保に貸し出しを行う、短期の小口ローンを指す。
(※2)出所:国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
TEXT=杉田真樹