LinkedInのAIエージェント「Hiring Assistant」、採用業務の最大8割を自動化

2025年01月17日

AIエージェントは、指示なしで自律的にタスクを実行する技術で、マーケティング、営業支援、ソフトウエア開発などの業務を自動化するサービスが国内外で広がっている。
2024年9月以降、米国のHRテック領域(HRテクノロジー領域)でも各社がAIエージェント機能を次々と発表し、開発競争が激化している。
AIエージェントはほかの生成AIとどう違うのだろうか。
ChatGPTやGeminiなどの生成AIは、特定のタスクを実行するためにプロンプトを入力する必要がある。一方、AIエージェントは、人間が示した目的や目標を基に、必要なアクションを自律的に選択し、自動で実行する。

Salesforceの元共同CEOであり、企業向け会話型AIプラットフォームSierraの共同創設者であるブレット・テイラー氏は、AIエージェントを次の3つに分類している(※1)。
1. パーソナルエージェント(個人消費者向け)
2. 役割ベースのエージェント(従業員向け)
3. カンパニーエージェント(企業向け)

パーソナルエージェントは、個人消費者向けのAIエージェントで、旅行の計画やメールの下書きなどをサポートする。Apple、Google、Metaなどが開発を進めており、たとえばApple は、音声アシスタント「Siri」がiPhone内のほかのアプリを操る「Apple Intelligence」機能の提供を開始した。端末内のデータを基に、ユーザーの習慣、カレンダーイベント、過去のやり取りを分析し、たとえばフィットネスアプリの使用状況に基づいてワークアウトプランを提案したりする。また与えられた質問に答えられない場合はChatGPTが自ら必要な情報を収集し、回答する。
役割ベースのエージェントは、従業員向けのAIエージェントで、ソフトウエア開発者、データアナリスト、パラリーガルなどの役割を担い、契約書のレビューやデータ分析などの定型業務やプロセスを自動化・合理化する。
カンパニーエージェントは、企業向けのAIエージェントで、自社の情報やサービスに関するカスタマーからの問い合わせ対応や営業支援を行う。

今回は、役割ベースのAIエージェントの中から、実用化が進んでいるLinkedInのAIエージェント「Hiring Assistant」を紹介する。

AIエージェントHiring Assistantの注目ポイント

AIエージェント「Hiring Assistant」とは

LinkedInは、2024年10月にAIエージェント「Hiring Assistant」を発表した。このエージェントは、LinkedInの採用ソリューション「LinkedIn Recruiter」に追加された機能で、採用プロセスの最大80%を自動化する。
Hiring Assistantは、LinkedInが保有する10億人のユーザーと6800万社の企業データを学習し、候補者の適性を評価する。「経験記憶(Experiential Memory)」と「プロジェクト記憶」の機能を持ち、採用担当者の検索履歴や志向、候補者とのコミュニケーションなどの過去の活動を蓄積して候補者の検索をパーソナライズする。たとえば、技術職を専門とする担当者とエグゼクティブレベルを専門とする担当者に対して、異なる提案を行う。
さらに、選考基準、メール履歴、候補者のプロフィール、ハイアリングマネジャーからのフィードバックなど、各求人案件に関するすべての情報を記録する。

人事や採用担当者向けの年次カンファレンス「LinkedIn Talent Connect」での製品デモによると、Hiring Assistantは下記のタスクを自動で行う。現時点では①から⑥を実行するが、近日中に面接の日程調整などにも対応する予定である。

  1. 採用要件を定める
  2. 候補者を探す
  3. 候補者を評価する
  4. スカウトメールを送る
  5. フォローアップメールを送る
  6. 候補者に返信する
  7. 電話によるスクリーニングを行う
  8. 面接を設定する

優秀な従業員の氏名を入力するだけで、類似する要件を持つ人材を発掘できる

採用担当者が、「新規求人を作成する(start hiring for a new role)」をクリックし、ヒアリングノートやジョブディスクリプションをアップロードすると、AIエージェントが職歴やスキルなど必須および歓迎条件をリストアップし、「私がレコメンドする項目です」と提示する。採用担当者がこれを承認すると、職種名や勤務地、職級、雇用形態、勤務形態なども含む求人情報を作成し、「どうですか?」と提示する。
また、高いパフォーマンスを発揮する従業員や退職する従業員と類似する経験やスキルを持つ人材を発掘することも可能である。「〇〇さんのような候補者を探してください」とその従業員の氏名をメンションするだけで、AIエージェントが従業員の役割、スキル、経験などの要件を割り出し、求人情報を生成する。

採用担当者の志向を学習し、候補者リストを更新する

採用担当者が求人情報を承認すると、AIエージェントはすぐに「これからソーシングを始めます」とアナウンスし、LinkedInの登録者10億人の中から要件を満たす上位30人の候補者を探してリストを提示する。
AIエージェントは候補者を検索するだけでなく、その候補者を選んだ理由も示す。また、採用担当者が「マネジメント経験を持つ人材が欲しい」などのフィードバックを与えると、AIエージェントはその志向を学習し、検索要件を修正して候補者リストを更新する。

AIが対応できない・わからない問題は採用担当者に相談し、解決に導く

製品デモでは、AIエージェントが候補者のA氏にメールで事前スクリーニングを行う様子が紹介された。
AIエージェントが「毎日オフィスに出社できますか?」と質問すると、A氏は「金曜日の午前は家庭の事情で出社できません」と返答した。
これに対し、AIエージェントは「採用担当者に確認します。わかり次第ご連絡しますのでお待ちください」と応答し、採用担当者に「A氏から問い合わせがありました。どう対応すればいいか指示してください」と確認した。採用担当者が「それで大丈夫です」と承諾すると、AIエージェントは即座に「金曜日は自宅勤務でも大丈夫です。当社は従業員のワーク・ライフ・バランスを重視しています。詳細は面接で相談しましょう」とA氏に返信した。

Hiring Assistantは主要ATS(応募者追跡システム)と連携可能で、最終面接まで進んだが採用に至らなかった次点候補者の情報もLinkedIn Recruiterで表示する。

SAPなど企業10社が試験運用を実施

Hiring Assistantは現在SAP、Canva、Siemens、Zurich Insurance、AMDなど10社の顧客企業に試験提供されており、2025年後半には提供範囲が拡大する予定である。
現在は英語のみに対応しているが、今後は使用言語の増加も見込まれている。
LinkedInも自社の採用にHiring Assistantを利用しており、利用開始後わずか数時間以内に候補者との面接を設定できたという。

LinkedInは、「採用活動をより迅速かつ、候補者にとって魅力的なものに変える」というビジョンを掲げている。Hiring Assistantは、繰り返しの多いタスクを自動化することで、採用担当者が候補者との関係性構築や採用CXの向上、戦略立案などにより多くの時間を費やせるように設計されている。

国内外でAIエージェントの開発が進む

米国では、面接業務を支援するAIエージェントサービス「Apriora」もある。またWorkdayやServiceNow、Oracle、Dayforce、Lever、VisierなどのHRテックもAIエージェントを発表している。しかし、多くのサービス事業者はまだ製品の詳細や具体的な実用例を明らかにしておらず、HRテック領域での本格的な実用化は2025年春以降になる見込みである。
日本でも、人事や採用業務を自動化するAIエージェント機能の開発が進んでいる。2024年11月にはNECが、自律的に仕事を進めるAIエージェント事業を1月から開始すると発表した。たとえば、「育成戦略を立てたい」と入力すると、AIエージェントが必要なタスクを分解し、社内外のシステムを活用して情報を集め、従業員の育成計画書を作成する。

AIエージェントの次のステップとして、複数のAIエージェントが自律的に協力して1つのタスクを遂行する「マルチAIエージェント」システムの開発も始まっている(※2)。
たとえば、富士通グループのシステムでは、販売実績に関するデータを駆使したプレゼン資料を作成する場合、AIエージェントに「前期の売上を分析し、プレゼン資料を作成して」と指示すると、1つ目のAIエージェントが売上データの取得や傾向分析、重要な洞察の特定を行う。次に2つ目のAIエージェントがデータを基に図表を生成する。3つ目のAIエージェントが、テキストやデザインを含むスライドのドラフトを作る。最後に4つ目のエージェントが全体を見直し、複数のAIエージェントが共同で作成した資料が生成される。

企業の約7割が「経験は浅くてもAIスキルを持つ人材を優先的に採用する」意向を示す

企業は、ChatGPTやCopilotなどの生成AIツールを使いこなせる「生成AI人材」を求めている。MicrosoftとLinkedInが世界31カ国で実施した調査「2024 Work Trend Index Annual Report」によると、ビジネスリーダーの66%が、「AIスキルを持たない人材は採用しない」と回答した。また71%がAIスキルを持たない経験豊富な候補者よりも、経験は浅くてもAIスキルを持つ候補者を採用する可能性が高い」と回答し、77%が「キャリアが浅くてもAIを使いこなせる人材はより責任のある仕事を与えられるだろう」と回答した(※3)。

OpenAIの最高製品責任者(CPO)であるケヴィン・ワイル氏は、「2025年にはエージェント的なシステムが主流になるだろう」と予測している(※4)。
ビジネスパーソンが「AI時代」を生き抜くためには、急速に進化するAIの最新情報を収集し、自身の業務のどの部分をどのAIエージェントに任せられるかを考え、実行する必要がある。また企業側も研修プログラムなどを通じて従業員のAIスキル向上を図ることが重要となるだろう。

(※1)Sierra “The Guide to AI Agents” https://sierra.ai/blog/ai-agents-guide
(※2)富士通 広報note「AI同士が自律的にタスクを遂行!AIマルチエージェントとは」https://note.com/fujitsu_pr/n/n2b1b3ebfc78a
(※3)Microsoft “2024 Work Trend Index Annual Report” from Microsoft and LinkedIn https://www.microsoft.com/en-us/worklab/work-trend-index/ai-at-work-is-here-now-comes-the-hard-part
(※4)Financial Times “OpenAI bets on AI agents becoming mainstream by 2025” https://www.ft.com/content/30677465-33bb-4f74-a8e6-239980091f7a

TEXT=杉田真樹