WorkTech by LAROCQUE ジョージ・ラロック氏(創設者兼主任アナリスト)
人材の定着に、オンラインコーチングや従業員サーベイを導入する企業が増加
ジョージ・ラロック氏は、HRテクノロジーの分野で米国内トップクラスのアナリストである。有識者の立場から、退職者の再雇用や、従業員の離職防止策、注目されるテクノロジー分野の展望など、近年の米国企業で見られる傾向について伺った。
【WorkTech by LAROCQUE】2009年設立、本社所在地はニューヨーク市。HRテクノロジー専門の調査会社。企業の人事リーダーやHRテクノロジーのベンダーに、テクノロジーの活用戦略や開発に関するアドバイザリーサービスを提供する。
――米国では人材獲得競争の激化により、退職者を再雇用する企業が増えているそうですが、実際にこのような傾向は見られますか。
現在、人材の採用や定着は危機的状況にあり、企業は数多くの対策をしています。退職者の再雇用もその1つです。現在の採用難のなかで、クリエイティブな企業は従業員の再雇用に注力しており、今の状況を乗り越えてもこの策を継続すると思いますが、そのほかの多数の企業はやめてしまうでしょう。
――採用難に加えて、従業員が大量離職する「Great Resignation」が起きていると言われていますが、企業はどのように対処していますか。
以前から従業員の大量離職は始まっていて、パンデミックの影響でさらに深刻化しました。一般的に、企業は社外からの採用が難しくなると、従業員の定着を重視する傾向があります。そのため、2019年頃からは、従業員のアップスキリングやリスキリングなどのキャリア形成支援を通して人材の定着を図る方法が、リクルーティング業界で注目されています。たとえば、Amazonは従業員のリスキリングに1人あたり1000ドルを投じると発表し、話題になりました(※1)。
最近では、学習中心のコーチングやメンタリングを通じて、従業員に将来必要となるスキルを習得させる「従業員ファースト」な制度について多くの議論がされています。
ほかにも、従業員と社内のプロジェクトやポストをマッチングし、キャリア形成や社内の人材モビリティを活性化する「タレントマーケットプレイス」の領域に進出するHRテクノロジーのベンダーが増えています。今、企業の多くが人材の定着に大きなエネルギーを注いでいることは間違いないでしょう。
代表的なベンダーの1つは、アプリでコーチングを受けられるコーチングマーケットプレイスの「BetterUp」です(※2)。そのほか社内のリソースを活用するメンタリングやコーチングツール、AIボットによるコーチングなど、ベンダーによってアプローチはさまざまです。
従業員サーベイで課題を可視化し、離職を防止
――従業員の離職防止や生産性を向上させる取り組みとして、EX(従業員体験)が近年重視されています。従業員の満足度を測る従業員サーベイには、どのようなツールが使われていますか。
従業員サーベイには、Culture Amp、Lattice、中小企業向けの15Five、Small Improvements、TinyPollなどがあります。小規模企業には、SurveyMonkeyがコストも抑えられるのでよいツールだと思います。企業文化に対する従業員のエンゲージメントを測るには、Culture Ampのような高いアナリティクス機能を持つプロバイダーをお勧めします。そのほかでは、採用プロセスについての満足度を測る自動サーベイプラットフォームのSurvaleなどもあります。
――ギグエコノミーの拡大は今後も続くと予測されていますが、ギグワーカーやフリーランスで働く人にとっての課題はなんでしょうか。
個人事業主向けの医療保険や健康保険が課題となっています。最近では、フリーランサー版PEO(Professional Employer Organization、共同雇用)のようなソリューションが出てきました。これは、個人がPEOのような団体に所属して、医療保険に加入するものですが、保険料が非常に高額なため、個人では大きな負担になります。
私は、人事担当者向けのFacebookグループ「HR Shares」の管理をしていますが、複数の個人事業主が、グループ内で「退職後に、COBRA(退職後も勤務先の保険に引き続き加入できる任意継続制度)を利用した」というやりとりをしていました。継続加入できる期間は最長18カ月ですが、このような、転職後も持ち運び(ポータビリティ)できる福利厚生制度は、非常に有効だと思います。
HRテクノロジーの機能の統合が進む
――企業の多くが対面からリモートによる採用にシフトし、テクノロジーの活用がさらに進んでいます。HRテクノロジーは近年、どのような傾向が見られますか。
オンライン面接プラットフォームの多くが、最近ではアセスメント機能を追加しています。たとえば、Modern Hireは、シミュレーションテストによるアセスメントサービスのShaker Internationalを吸収合併しましたし、HireVueも産業・組織心理学にもとづく独自のアセスメント機能を開発しています。また、AIチャットボットのParadoxは、iPhone用アプリで性格診断テストを受けられるTraitifyを買収しました。カスタマーサービスセンターや小売り、飲食店に大量採用ソリューションを提供するHarverも、買収によって複数のアセスメント機能を取り入れています。さらに、行動科学やアセスメントを取り入れたリファレンスチェックのベンダーや、構造化面接の機能を追加するATS(応募者追跡システム)もあります。
このようにテクノロジーの統合が進んでいく一方、それらの機能を使い分けることが難しくなっています。企業がさまざまなツールをうまく活用するには、まずは一度頭をまっさらにすることです。そして、今使用しているツールのなかで本当に必要な機能はどれなのか、機能が重複するものはないかを見直すことからはじめるとよいでしょう。
――企業におすすめのテクノロジーツールはありますか。
対話型のAIチャットボットです。一般的なサイトのほとんどが、サポート窓口としてチャットを導入しています。企業の採用情報サイトにチャットボットを導入すれば、求職者が応募状況を確認したり、知りたい情報をすぐに得たりすることができるため、採用CX(候補者体験)の向上にもつながります。
ブロックチェーンやWeb3.0の発展に期待
――今後、どのテクノロジー分野の発展が期待されていますか。
ブロックチェーンやWeb3(Web3.0)です。ブロックチェーン技術を用いることで、求職者の職歴や資格といった情報をデジタル化し、ブロックチェーン上で改竄(かいざん)できないように安全に管理できます。企業は求職者のリファレンスチェックを一つひとつ確認する必要がないため、コストを削減できます。たとえば、英国の身元調査プラットフォームのVeremarkは、個人データのポータビリティといった機能を低料金で提供しています。そのほかに、Talent ProtocolというWeb3.0技術を活用したプロフェッショナル向けのコミュニティサイトもあり、非常に面白い取り組みを行っています。Web3.0は、ブロックチェーン技術を基盤とする分散型インターネットを表し、メタバースと関係性があるなど、次世代のインターネットとして近年注目を集めています。
インタビュアー=ジェリー・クリスピン(CareerXroads) TEXT=杉田真樹
- 従業員の大量離職が企業の大きな課題となっている。従業員のメンタリングやコーチングが注目されており、BetterUpなどのコーチングプラットフォームが成長している。企業は、Culture AmpやLatticeなどの従業員サーベイツールを利用して、人材の定着を図っている。
- オンライン面接プラットフォームのModern HireやチャットボットのParadoxがそれぞれアセスメントサービスのShaker InternationalやTraitifyを買収するなど、HRテクノロジーの機能の統合が進み、使い分けが難しくなっている。
- 職歴や資格といった求職者の情報を改竄(かいざん)できないように安全に管理できるブロックチェーンの技術や、次世代の分散型インターネット「Web3.0」が近年注目を集めている。
(※1)報道では、2019年にAmazonが2025年までに従業員10万人のリスキリングに7億ドルを投じると発表。1人あたり7000ドル。
(※2)BetterUpは、メンタルヘルスやリーダーシップ能力などを強化するコーチングやラーニングを法人や個人に提供する。アセスメントの回答内容をもとに、AI が個人の目標やニーズに合ったコーチを3人レコメンドする。
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